前にも言ったが、城東大学の図書館は読書家にとって宝の山だ。とてもじゃないが、在学中に全ての本を読み終えることなどできない。当然、それだけの本を保管するには相応の規模が必要で、煉瓦造の建物は、時代の変遷から取り残された港の倉庫を連想させる。
 巨大な迷路のようなその内部でも、彼女の姿を見付けるのはさして難しいことではない。彼女は冷たい蛍光灯の光ではなく、昼下がりの優しい陽光が手元を照らす席を好んでいると思われるからだ。
そして今日も、いつもの指定席で読書に没頭する綾瀬さんを見付けた。
――――――君になら、彼女を救うことができるかもしれない
 先生の訴えは、例えそれが希望的観測にすぎないとしても、俺の背中を押すには十分すぎた。今の俺は先生にとっての頼みの綱であり、最後の希望なのだ。それは、綾瀬さんにとっても。
昨日、俺は先生の研究室から帰宅すると決意を固めた。
まず、あの時俺が居合わせていたことを白状しよう。盗み見ていたことは謝らなくてはいけない。先生の言う通りにするよう勧めるのはそれからだ。
なぜ、綾瀬さんが先生の説得に応じないのかはわからない。だが、先生は綾瀬さんのためを思っているし、先生の言うことが事実であれば、手は早い内に打たなくてはならない。
何より、俺は綾瀬さんを助けたい。
だから、今日は綾瀬さんの姿を確認するとすぐ、俺は声を掛けた。
迷うことなく足が動いたのは、これが最初で、同時に最後のことだった。

誰が為に君は笑う・・後編C

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