「しっかし、今日もずいぶんな見惚れっぷりでしたなあ」
「うるせえよ。お前のせいで大恥かいちまったじゃねえか」
ゼミが終わり、俺とミカは学食にいた。昼時には座席が足りなくなるほどごった返すここも、3時前ともなると人影はまばらだ。勉強をする者、おしゃべりを楽しむ者、サークル活動をする者……。その多くが何かしらの飲食物を注文しており、中には遅い昼食を取っている者もいる一方で、俺達の前にはタダで飲み放題の水しかない。ここにいるのは、あくまで暇潰しが目的だからだ。
「このままでいいのか?」
俺のクレームには耳を貸さず、ミカはコップに付いた水滴を指で弾きながら言った。
「は?何がだよ?」
要領を得ない俺に、ミカは溜息を吐く。それからテーブルの上に投げ出していた上半身を起こし、俺の目を見据えた。
「何がって、青葉ちゃんのことに決まってるだろ?」
ミカの言葉に、今度は俺が溜息を吐く。
「ほっとけよ。あと、軽々しく青葉ちゃんとか呼ぶな」
「まあいいけどよ」ミカは不貞腐れたように、背もたれに体を預ける。「彼女は俺と違って短期の留学生だ。夏休み前にはアメリカに帰っちまうぞ」
「……」
確かにミカの言う通りではある。週に一日とは言え、今のように定期的に綾瀬さんと会える時間は、そう長くない。何か手を打たなければならないのはわかってる。でも、
「何かしたところで、結局は帰っちまうんだよな」
俺の独り言を、ミカは鼻で笑う。
「おいおい。手紙が唯一の通信手段だった時代は、とっくの昔に終わってるぜ?メールに電話、チャットに掲示板。連絡取り合う方法はいくらでもあるし、会いたくなったら飛行機乗って会いに行けばいい。……ああ、そうだ―――」ミカは閃いた、とばかりに身を乗り出す。「テレビ電話にしろよ。顔だけは毎日見れるぜ」
「それは名案だな」
こういう時だけは、こいつの流暢な日本語がうっとうしく感じられる。呆れ顔を隠さない俺に、ミカは再び天井を見上げる。
「これだから日本人は社交性がないって言われるんだ」
「お前みたいにキャンパス中の女の子に声かけることを社会性と言うのなら、俺は日本人であることに誇りを覚えるよ」
俺の言葉に、ミカは拗ねたような視線を向け、「まあいいけどな」と話題を切り上げた。
「夏休みへのカウントダウンはもう始まってると思え」
「親切なご忠告、どうもありがとうございます」
捨て台詞には皮肉で返してやる。傍から見れば険悪なやり取りかもしれないが、仲が良いからこそできる会話でもある。
「さてと」ミカは隣の席に置いてあったリュックを手に取り、立ちあがる。「お前、この後どうするんだ?俺はバイトだけど」
「そうだな」
言われて俺は、腕時計を確認する。俺達がここに来てから、時間はそれほど経っていなかった。
「部活までは時間があるから、図書館にでも行くわ」
「お前、ほんと本読むの好きだよな」
「まあな」
ミカは半ば呆れたようだが、俺も抗議はしない。事実、俺の毎日は講義と部活の時間以外はほぼ全て、図書館での読書に費やされていると言ってもいい。
「うん?もしかして本当の目的は読書じゃなくて……」
「うるせえ!とっととバイト行け!」
誰が為に君は笑う・・前編D

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