今日という日もあと2時間弱で終わるという頃、俺はまだ大学にいた。構内には、俺の他に人の姿はない。それはそうだ。この時間の学生による立ち入りは、本来であれば禁止されている。教職員だって、もうとっくに帰宅しているはずだ。
部活が終わり、大学近くの定食屋で先輩に夕食をご馳走になっていると、携帯電話がないことに気が付いた。ジーンズのポケットに入れてあったのだが、きっと袴に着替える時に落としたのだろう。
それにしても、今日の部活は頗る調子が良かった。掛り稽古では完全に打ち手の動きが見えていたし、練習試合では実力伯仲の先輩から会心の一本を奪った。
監督に掛けられた言葉を思い出す。
「『期待しているぞ』、か」
いつもは怒鳴られてばかりなので、余計に気分が高揚した。普段なら歩くだけで軋むような体の疲労も、今日は心地よく感じられる。
 好調の原因はわかっている。愛する人との約束は、何物にも勝るパワーを与えてくれる。
 事情を説明すると、顔見知りの守衛は怪しむことなく門を開けてくれた。部活をやっていると帰りが遅くなることも多く、警備関係者とは親しくなりやすい。部室の鍵は持っているので、付き添いは遠慮する。
足取り軽く歩いていると、25m程先にふたつの人影が見えた。遠目からだが、それらが誰だがすぐにわかった。2人ともよく知る人物だったからだ。
綾瀬さんとミカが、向かい合っていた。
誰が為に君は笑う・・前編G

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