Short storise
□Picture
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………欲しい。
彼女を見て最初に思った事。
手元に置きたい。
ナデナデしたい。
ぎゅっと抱きしめたい。
私はそれらの衝動を懸命に抑え、”普通”を装った。
彼女は私の前で頭を下げる。
<お初にお目にかかります。ましろ・こうと申します>
彼女は私にニホン語で、ニホン式に挨拶した。
顔を上げると、彼女は申し訳なさそうな表情を作る。
どうしたの?
さっきの笑顔は?
<先生にまでご迷惑おかけしているなんて思っても無くて……お詫びが遅くなって申し訳ありません>
迷惑?
お詫び?
何の事??
私は意味が分からずアルバスを見た。
「彼女は何を言ってるの?」
「わしには分からんよ。英語で話しておらんからのう」
アルバスは肩を竦めた。
ましろは、あっ!という顔をした。
「すみません。ニホン語の方がきちんと謝罪できると思ったんですが……ご迷惑おかけして申し訳なかったと言ったんです」
私は顔の前で手を振った。
「謝罪されてる事は分かってるわ。でも、私、何もしてないもの」
ましろは私の言葉を聞いて、困った様な顔になる。
アルバスは、あぁ、と言って笑った。
「わしが君の手を煩わせた事を話した事を覚えておったんじゃよ。ほら、あさぎの経歴の事じゃ」
アルバスは私にその中身を教えてくれた。
「それに、キモノとお雛様の事も」
ましろが慌てて付け加える。
「あぁ、そんな事もあったわね。ま、忘れてる位だから、そう大した事じゃないのよ」
私の言葉を聞いてましろはやっと笑顔になった。
そう!
その笑顔!!
私は心の中でましろの笑顔に”合格”を出す。
私達はソファにかけた。
「あのキモノ、驚いたでしょう?一人で着れた?」
「はい。以前少しだけ教室に通った事があったから……そうじゃなかったら途方に暮れてました」
ましろは隣に座るアルバスをちらっと見た。
うふふっ。
睨みつけたいけど、私の手前、我慢してるって表情ね。
「今時の若い人はキモノを着る事は少ないから、どうかと思っていたの。それにあの柄、驚いたでしょう?」
「えぇ、まぁ……テレビや映画でしか見た事のない様な……華やかなものだったから……」
「アイは止めたが、わしの見立てに狂いはなかった。皆見惚れておったぞ」
アルバスは何を勘違いしたのか、胸を張った。
「あのね、アルバス。ましろも言ったでしょう?あれはショウビズの世界で着るようなものなの。アレ着て街は歩けないわ」
私は窘めるつもりで言ったのだが、アルバスはにこにこして一枚の写真を私に差し出した。
「正にその通り。ましろの所だけスポットが当たっているかのような錯覚に陥ったもんじゃ」
あぁ、例の写真だ。
私は写真を見て、ほぅっとため息を吐いた。
素晴らしいわ。
ますます欲しくなる。
私は写真から目を上げてましろを見た。
ましろは訝しげな表情を浮かべている。
「あなたの写真よ。良く撮れてる……メイクや髪型も自分で?」
私は写真を彼女の方に向けた。
ましろは驚いた様に目を見張ったが、すぐにアルバスを見た。
「いつの間に撮ったの?隠し撮りなんて趣味悪い。最低だよ」
あらら。
よそいきの表情が完全に崩れちゃったわ。
よっぽど気に入らなかったのね。
「誤解じゃよ。それを撮ったのは生徒の一人。わしは彼からその写真とネガを没収したんじゃ」
「で?何で捨てなかったの?」
「それは……可愛い妹の写真だから?」
「私に聞かない!そのネガちょうだい。捨てるから。写真はあの1枚だけだよね?他にもあるの?」
ましろはアルバスに詰め寄った。
「ましろ、写真くらいいいじゃない」
私は自分の手にまだ残っている写真を眺めた。
素敵な笑顔。
楽しそうにアルバスとダンスしている。
「嫌なんです。その……写真が」
「どうして?いい思い出になるわ」
ましろは頭を振った。
「前に……私の大事な人が私の写真を置いていなくなったんです。私との思い出の全部をその人は捨てたんだって思いました。
その写真を見る度、その事を思い出してとても悲しかった。自分の写真はその人を思い出すんです。だから……」
ましろはとても悲しそうな顔をした。
隣でアルバスまで同じ様な表情。
………全く、ダメじじぃが!
あなたまで暗い顔してどうすんのよ?
そんな理由で写真を撮らないなんてバカげてる、と教えてあげなきゃ。
「ましろはその人の事、好きだったのよね?」
私の問いかけにましろは頷く。
「その人の写真は持ってないの?」
「持ってないです」
私は大袈裟に頭を振った。
「だから”悲しい想い”しか思い出せないのよ。写真は楽しかった事も思い出させるわ。その時の気分や空気や香りまで」
私はましろに写真を渡した。
ましろはじっと写真を見る。
「見て、あなたの笑顔。アルバスと楽しそうにダンスしてる。お腹の底から楽しいって顔してるわ」
「………この時はご飯の後部屋に戻ろうとしたら、あさぎ兄様に強引に手を取られたんです。
で、ダンスし始めたら楽しくって……最後まで大広間にいたんです。途中休憩でソーダ飲んで……
ジェームズが私の相手しようとしたんだけど、彼とは上手く踊れなくて。リーマスとは手を繋いだだけで曲が終わっちゃった」
ましろは写真を見ながらパーティの時の事をほんの少し話してくれた。
口元には微かに笑みが浮かんでいる。
「ね?楽しい気分を思い出したでしょう?」
私はバッグの中から手帳を出した。
挟んでいた古い写真を差し出す。
「これを見て。私の一番好きな写真よ」
ましろは自分の写真を置いて私から受け取った。
「この人達は?」
「右側のいい男が私の旦那。真ん中が私で……左側の傷だらけの男は私の父よ」
私はその写真の事を話した。
「結婚して3年経ったお祝いの席に父が乱入してきたのよ。レストラン貸し切ってたのに。
ワインボトルを持って”俺の手料理は上手かっただろう?”ってね」
「え?レストランですよね?」
「えぇ。父の友人が経営してる所だったの。何も知らずに私達は美味しいねって料理を堪能してた訳よ」
ましろはクスッと笑った。
「あら、父の料理はその辺のレストランのよりよっぽど美味しかったのよ。ね、アルバス」
「あぁ。デヴィッドの手料理は最高じゃった。彼の選んだワインもな」
アルバスは何度も頷いた。
「そうなの。で……乱入されて最初は怒ってたんだけど、持って来たワインが美味しくて……酔っ払って……
で、レストランのオーナーが私達の写真を撮ってくれたのよ。記念にって訳じゃないわ。後で壊れたモノを弁償してもらう為に」
「弁償?」
「そう。お皿やグラスや……一番高かったのは、壁にかかってた絵の修復費ね」
ましろは目を丸くしてもう一度写真に目を落した。
「でも………誰が壊したの?ケンカした雰囲気はないけど」
そう思うのは無理もない。
私は楽しそうに笑ってるし、両脇の二人は苦笑してる。
「私が一人で暴れたの……らしいの」
”らしい”と慌てて付け足す。
本当は覚えていたが、忘れたふりをしたんだった。
「え?」
「覚えてないのよ。その頃ほんの少し……ストレスがたまっててね。酔っ払ってそれが爆発しちゃったみたいなのよ」
壁の絵は”母が我が子を抱く”絵だった。
その頃私は家族以外の人間から”子はまだか”という無言のプレッシャーを受けていた。
当時、子が出来ないのは女の所為だ、という考えが一般的だった。
それに”跡取り”が必要だ、という考えも。
私も子は欲しかった。
一日も早く、だ。
自分のお腹の中に宿った子を抱き上げ、愛しみながら育てるのは、私の夢だったから。
でも、出来なかった。
お参りもしたし、お祈りもした。
子が出来やすくなるという体操もしたし、食事にも気を付けた。
でも出来なかった。
旦那は”子どもは学校に溢れる程いるからな”と笑ってくれてた。
デヴィッドや母は気にも留めてない様だった。
外では”作らないだけだ”と言っていても、家に帰れば”何故出来ないんだ?”と自分を責めていた。
そんな時だったから、最初にその絵を見た時から気にくわなかった。
私が望んだ店だったのに、何でこの店を予約したんだろう、と旦那にちょっとムカついてもいた。
が、食事は美味しかったし、その絵を除けば店の雰囲気も素敵だった。
デヴィッドが登場して、ワインを飲んで……しばらくした頃、デヴィッドが言ったのだ。
「あの絵がどうも気に入らん」
彼が指差したのは、例の”母と子”の絵。
が、私は店の人の手前、一応同意しなかった。
「そうかしら?素敵な絵だと思うけど?」
「いや、嘘っぽい。本物の母親ってのはあんなに穏やかな顔してない。あれは世の中の理想像でしかない」
デヴィッドはそう言って私を見た。
「世の中の理想ってのは時に大きな枷になる。”こうあるべし”ってヤツだ。それから外れた生き方をする事は、なかなかに骨が折れる。
だが、世の中の型にはまらん生き方は面白いぞ。”自分の理想”を持ち、それに向かって突き進んでいく事は快感ですらある」
何が言いたいんだ?
相変わらずこの男の話す言葉は理解できない。
「だからな、アイ。俺はこうする」
デヴィッドは私にウィンクすると、持っていたワイングラスをその絵に投げつけた。
グラスは砕け、中に残っていたワインが絵にかかった。
母親の顔が赤く濡れた。
それを見て、私は何故かすっとした。
「僕もそう思います」
旦那はそう言って自分のグラスを投げつけた。
グラスは割れ、また絵は汚れた。
「アイはどう思う?あの絵………」
デヴィッドは私を見た。
私は自分のグラスにワインを注いでから一口飲んだ。
「気に入らない。嫌い。大っ嫌いっ!!」
私は力一杯グラスを投げつけた。
とたんに何もかもがバカらしくなった。
「なにが子宝に恵まれるお地蔵さんよ?霊験あらたかな神様よ?私には何にも御利益なかったわよっ!」
私はテーブルの上のお皿を絵に投げつけた。
ガシャンっと音がして、私の中にあった”つかえ”の様なモノが壊れた。
「薬草ばっかり食べて子宝に恵まれるなら、ベジタリアンは子だくさんのはずでしょっ?!体操で子どもが出来る訳ないのよっっ!!」
テーブルにあったお皿や花瓶やカトラリーを投げつけ、足りなくなった私は他のテーブルのモノにも手を伸ばした。
「何で子どもが出来ないかなんて私が一番知りたいっていうのっ!みんな好き勝手な事ばっかり言って!」
私は泣きながら絵に当りまくった。
テーブルや椅子を力任せにひっくり返し、時々デヴィッドがくれるワインの入ったグラスを呷っては絵に投げつけた。
デヴィッドと旦那は私が暴れるのを囃し立てた。
「もっと上を狙わなくちゃ」
「頭からワインかけろよ」
終いにはダーツの的を狙う様に、絵に向かってグラスを投げた。
その頃には絵にグラスを当てる事が難しい程酔っ払ってて、でも、とても楽しい気分だった。
写真は楽しい気分のまま帰る間際のもの。
「後で父と旦那が示し合せて絵を運び入れてたのを知ったの。この事がなかったら、私、ノイローゼになってたかもね」
この後、私は我が子を持つ事に執着しなくなった。
家族に心配をかけている事が分かったから。
彼らに愛されている事も。
結局私達の間に子は出来なかったが、代りに数多くの教え子たちが私達の子となってくれた。
「その写真はその頃の全てを私に思い出させてくれるわ。悲しかった事も辛かった事も、楽しかった事も嬉しかった事も全部」
ましろは写真から目を上げて私を見た。
「あなたの大事な人が写真を置いて行ったのは……悲しい事だわ。でも、それを引き摺る必要はないんじゃないかしら?
写真を撮る事は……持つ事もそう悪い事ではないわ。思い出が増える事はとても素敵な事だもの」
ましろはにっこり笑って私に写真を返した。
「ありがとうございます。私……思い出は作りたいと思っています。
私の”生きた証”だから。だから、写真も撮ってみようかなって思いました」
私はましろの笑顔を見て早速行動に移す事にした。
「じゃ、お出かけしましょう。私との思い出作りしましょう」
私はうきうきしながら立ちあがった。
先ずはお店に行って服を着替えなくちゃ。
それから……
「アイ、残念じゃがましろはここから出れんのじゃ」
「は?」
私はバッグを持とうとした手を止めた。
アルバスを見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「ましろは誰かに魔法をかけられてのう。ホグワーツの外に出られんのじゃ」
「どういう事?」
「ましろはホグワーツの外に出たら何者かに捕まってしまう。そういう魔法をかけられた」
「いつ?誰に?」
「夢の中で……魔力を交換しておったらしい」
アルバスは”誰に?”の質問に答えなかった。
が、そんな事が出来るの『彼』以外に思い当たらない。
私はましろを見た。
「ここから1歩も出てないの?夏休み中も?」
ましろは頷いた。
私は立ちあがってましろの傍に行き、足元に跪くとその手を取った。
「可哀想に……囚われてるのと変わらないわ」
「いえ。快適です」
ましろは慌てて頭を振ったが、私はアルバスを睨んだ。
「こんな事にならない様にって言ってたわよね?私との約束は?」
「いや、不可抗力なんじゃよ。わしが知った時にはもう遅かった」
「そうなんです。私が夢で逢っちゃったから」
私はましろを見た。
「何を言ってるの。あなたが悪い事なんて何一つないのよ。全部アルバスの責任なんだから」
全くもってそうだわ。
私の計画が台無しじゃないの。
私はアルバスを睨みつけながら、計画を練り直し始めた。
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