Short storise

□Doll
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コンコン、とノックの音。

「お入り」

僕は声をかけて執務机から立ち上がる。

「こんばんわ〜〜」

ましろがドアを開ける。

「さ。入って。ソファにお掛け」

僕はテーブルにカップを用意してましろが入るのを待つ。

ましろはソファにかけ、出されたカップに手をつけず、僕を見ている。

気付かないのか?

「じじぃ、用件は?どうして手紙を?」

ましろは警戒するように僕に質問する。

全く、僕がましろに何か悪い事をするとでも?

心外ではあるが、今はそんな事より、カップの中身だ。

気に入ってもらえたらいいんだけど………

「珍しい物が手に入ったんじゃよ。それで、ましろも一緒にどうかと思うてな」

これじゃよ、と僕はカップを手に取り、一口飲んで………無理やり飲み込んだ。

甘いっ!!

想像以上の甘さだ。

”かなり甘めの清涼飲料”との説明は、かなり控えめだった事に気付く。

しかも喉越しが悪い。

どろっとして、口中にべたつくような甘さが残る。

僕は必死に笑顔を作って訝しげなましろに勧める。

ましろはそろそろとカップに手を伸ばし、中身を見て、わぁっと声をあげた。

「これ、甘酒じゃない?」

僕が頷くのを確認してカップに口をつけた。

「おいしぃぃ〜〜。甘酒大好きなんだよねぇ。じじぃ、これ、どうしたの?」

ましろは両手でカップを包む様に持って、”アマザケ”を味わう。

僕はカップを置いて嬉しそうなましろを見るだけにする。

「日本に住む友人がくれたんじゃよ」

先日、英国に出張に来たアイと会った時、お土産としてもらったのが、この”アマザケ”だった。

”これ知ってる?”と彼女は小さなバッグの中から白い液体が入った瓶を取り出した。

「3月3日は女の子のお祝いの日なの。知ってた?」

「いや、知らない。アイ、それ、詳しく教えて!」

ハロウィンの時キモノを用意してくれたのも、クリスマスに”あさぎ”の経歴を整えてくれたのも彼女だった。

僕が日本人の女の子の面倒見ている事を知っている、唯一の人。

「そうね………詳しい事は知らないんだけど、”お雛様”という人形を飾って、お菓子を食べて、これを飲むのよ」

元々は”厄”という悪いものを払い落す儀式だったらしい、とアイは教えてくれた。

「こっちで言うと……悪魔払いみたいなものかしら。それが今では女の子が生まれて良かったってお祝いになったのよ」

元気に大きく育って欲しい、人形のように美しく育って欲しい。

「親の願いがいっぱい詰まった愛情たっぷりの……”儀式”と言うよりは、”行事”と言うべきね」

そして彼女はウィンクと共に、バッグから一抱えもある木箱を取り出した。

「アルバスにはいつも美味しい紅茶とお菓子送ってもらってるからお礼。可愛い”妹ちゃん”と一緒にお祝いしてね」

僕は大きく頷いて、彼女に最大級の感謝の意を送った。

今日は3月3日。

僕は紅茶の代りに温めた”アマザケ”を用意した。

これが第一段階。

ましろの幸せそうな顔をもっと見たくて、僕は杖を振る。

テーブルにカラフルなお菓子を出した。

これは、アイからの手紙と一緒に木箱の中に入っていた。

手紙には”アマザケ”と一緒に食べるお菓子だと書いてあった。

「雛あられだ。これ、色がきれいで楽しいよねぇ」

ましろはピンク色の”ヒナアラレ”をポイっと口に入れる。

口を動かしながら、もう一つのお菓子を手に取り、見ている。

「その三色の菱形のもお菓子なんじゃろう?」

「う〜〜ん。そんなトコ。菱餅って言うんだ。なんだかお雛様みたいだね」

ましろは”ヒシモチ”を置いて、今度はグリーンの”ヒナアラレ”を口にした。

僕はもう一度杖を振って、ソファの横にテーブルと貰った木箱を出す。

「じじぃ、その箱の中身、もしかして………」

「その通り。”ひな人形”じゃよ」

僕は立って木箱のふたを開けた。

手紙には飾り方も書いてあったから本当は飾ったものを見せようと思ったのだが、一緒に飾った方が楽しいかも、と思い直した。

ましろは箱の中を見て、わぁっとまた嬉しそうな声をあげた。

「出してもいい?私、飾り方知ってるから」

「勿論。では飾ってわしに見せておくれ」

ましろは頷いて手をきれいに拭いた。

木箱の横に座り、先ずはテーブルに赤い布を敷く。

一つ一つ丁寧にテーブルに出して行く。

「お内裏様とお雛様。三人官女に五人囃子。わぁっ!左右の大臣までいるじゃない」

10p程の人形それぞれに精巧に出来た小物を持たせ、赤い布の上に並べた後、ミニチュアの木や花を置いている。

「ここに橘。こっちが桜。雪洞は横。屏風と……ぁ、菱餅も置かなきゃ」

ましろはテーブルから”菱餅”を持ってくる。

「それは食べ物じゃないのかの?」

”お菓子”って言ったよね?

「うん。飾った後、食べる。焼いたり、油で揚げたりしてね」

このままじゃ固くて食べれないんだよ、とましろは笑う。

「さ、出来た」

テーブルの上には人形がきれいに並んでいる。

皆こちらを向いて、澄まし顔でポーズを決めていた。

美しいキモノを着た人形達はとても華やかで、優雅さを兼ね備えている。

こちらの人形が持っていない美しさに、しばし目を奪われた。



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