Short storise

□Long long ago
4ページ/4ページ


気付いた時、私は横になっていた。

辺りにはコーヒーの香りが漂っている。

多分リビングのソファにでも寝かされてるんだろう。

起きたいのは山々だが、指一本、瞼をピクリとも動かせない。

………飲み過ぎた。

2本目を空けた所までは覚えてるんだけどなぁ。

「済まんな、アルバス。片付け手伝わしちまって。それに……コーヒーも」

「いえ………僕の方こそ、ありがとうございました。ぁの。デヴィッド。僕、笑って生きていきます」

「あぁ、生きろ。俺はお前がこれからどんな風に生きるのか、ずっと見ている。お前の………両親の代りだ」

「僕の両親をご存知なのですか?」

「まぁな。俺は世界中に知り合いがいるからな。例えば………この家の隣のバチルダもその一人だ」

アルバスの息をのむ気配がした。

「僕の家で何が起こったか、正確にご存知なのですね?」

「いや。おおよそだ。だからあんな話をした。いいか、アルバス。間違いは誰にでもある事だ。それを訂正する事が出来る人間になれ。過ちを認め、許しを請い続けろ」

「はい………デヴィッド、これは?」

「俺からのプレゼントだ。お前がこれからの生き方に迷った時、この封筒を開けろ。一つの指針が入っている。選ぶかどうかは自由だ。但し、中途半端な気持ちで選ぶな」

「分かりました。ありがとうございます」

「いいものが入っている、とは限らん。より辛い事が待ちうけているかもしれん。そういう道だ」

「はい」

「アルバス、お前にはまだ沢山の時間が残されている。お前が幸運なら別の形で贖罪の時が与えられるかもしれない」

その時が来る事を祈っている、と彼は言った。

アルバスの返事は聞こえなかったが、多分、頷いた事だろう。

「あぁ、弟の……アバーフォースか?彼は『ホッグズ・ヘッド』の二階にぶち込んでおいた。明日にでも迎えに行ってやれ」

「どうして………」

「ん?俺の顔見て逃げ出しやがった。こんないい男を見てだぞ?信じられん」

いや、私にはアバーフォースの気持ちがよく分かる。

………始めての人にはインパクト大な彼の顔には、大小の傷がある。

服の下にも、だ。

知らない人は……近寄る事を躊躇うし、知ってる人は、”冒険”の為だ、と感心する。

アルバスが驚かなかったのは、彼の本を読んでいたからだろう。

”著者紹介”の欄に、彼の顔の傷が良く分かる写真が載っているから。

「アルバス、お前はこの傷が”冒険”で出来たと思ってるな?」

「えぇ、勿論。まさか、アイとケンカして出来た傷じゃないでしょう?」

彼はぷっと噴いて、大声で笑った。

私はアルバスが私をどんな風に見ているのか、その時知った。

きっと………大きな猫だわ。

しばらく彼の笑い声は止まなかった。

そうだったらどんなに嬉しい事か………そう呟いて、彼は話し始めた。

「俺はアイと碌に話した事もない。抱きあげた事も数えられるほどだ。俺は臆病者なんだ、アルバス」

「あなたが?そんな事「信じられないか?」……はい」

「じゃ、信じさせてやろう。俺は”狼人間”だ」

私は息が止るかと思った。

いや、止まって欲しい、と思った。

「は?今何と言ったんですか?」

「俺は”狼人間”だ、と言った。これを知っているのは家族以外……ほとんどいない」

誰もいないかのような沈黙。

私の心臓はバクバクと早鐘の様に動く。

何故この男は、簡単に”私達”の秘密を明かすような事をするのだろう?

私は自分が動けない事を呪った。

が、もう遅い。

アルバスは聞いてしまったのだから。

「この傷は自分で付けたモノだ。小さい頃から他人に不信がられないように、”冒険”と称して怪我する様な事をしてきた。カムフラージュだ」

妻は俺が”狼人間”でも構わない、と言って結婚してくれた魔女だ。

アイも普通の魔女だ。

俺は彼女を傷付けないように、家から出てたからな。

「アイが愛しくて堪らなかった。愛しすぎて………傷つけたくなる。月が満ちるとその衝動は激しくなった。俺は恐ろしかった。だから”冒険”に出た」

そこまで話して、彼はふっと息を吐いた。

「いや、違うな。俺は今でも、満月の夜、森の奥で獲物を探し求めないように、自分を噛み、切り裂く」

そうして出来た傷を、誰かに不信がられないように”冒険”に出る。

自分が”狼人間”だと思われないように、と彼は言った。

「本当に度胸のある人間なら……この事を隠したりしないだろう。自分をカムフラージュする事もないはずだ。な?俺は臆病者だろう?」

「………僕に話したのは、何故ですか?」

「一番の理由はお前の痛みを知ったからだ。お前が背負ったと思い込んでいる罪は、誰にも許してもらえない。だから自分で自分を許すしかない」

そうなる為には、お前は強くならなければならない。

”逃げる道”を選ぶな。

俺とは違う生き方をしろ。

そう教えたかった。

「こんな偉そうな事を言うが、俺自身はもう生き方を変えられん。ニホンへ行くのも、満月の夜は結界を張る、と言われたからだ」

結界の中で、俺は仮死状態になる。

変身できないし、自傷行為も出来ない。

「妻が編み出した。俺の為に、だ。20年だぞ。結界が出来るのに20年………俺、愛されてるだろ?

彼女のおかげで、俺はアイの傍にいれる様になる。贖罪の機会が与えられたって訳だ。彼女には俺の愛を一生分捧げてもまだ足りない」

「アイは……誤解していますよ」

そうだ。

私は誤解していた。

母が悩んでいたのは、彼がいなくなるからではなく、結界が出来ない為だった。

母がニホン行きを決めたのは、彼を縛る為ではなかった。

彼が”冒険”に出たのは、”狼人間”であることを隠すためだった。

それは勿論、自分の為だろう。

が、私達の為でもあった。

私達が”狼人間の家族”である、と人に後ろ指を指されないように。

私が”狼人間の子ども”である所為で、一人にならないように。

彼は………私の事を愛していた。

「分かってるさ。妻に聞いた。”アイはあなたの事をお客さんだと思ってる”って。俺の事、普段の会話で”彼”って言ってんだって。”パパ”じゃないんだ」

「誤解を解けば、すぐにでも許してくれるんじゃないでしょうか?」

「いいや、アルバス。俺はそう思わん。理由がどうあれ、俺が”父親”としての道から逃げていた事実は変わらん」

それに、これからも”冒険”は続ける。

俺のライフワークの一つになってしまったし、俺の本を喜んでくれてる奴もいるからな。

「俺は臆病な上に不器用と来ている。上手くこの事を伝えられないだろう。許してくれるとも思ってない。

ただ、あだ名の様に”パパ”と呼ばれるのは、ちと辛い。友達になれたらそれでいいと思っている」

私はこれからどうしたらいいのだろうか?

勿論、彼が言ったようにすぐに………父親だと思う事は出来ないと思う。

でも、友達なら?

出来る………かな?

今までの様に1歩引かずに、思ったままの言葉をぶつけていけば………

アルバスを相手にしたように、彼の言葉を聞いて行けば、いつかはなれるかもしれない。

「二つ目の理由を聞いても?」

「あぁ、お前なら腰を抜かさずに話を聞いて、尚且つ、逃げないだろうと踏んだからだ」

アルバスの問いに、彼は即答した。

「お前はパーシバルとケンドラの息子だからな。肝が据わってないはずはないんだ。お前たち兄弟はパーシバルにそっくりだ」

中身はそれぞれ少し違うがな、と彼は呟いた。

「それで思い出した。弟と良く話し合え。今回の事について、お互いの心を曝け出した方がいい。弟にもそう言ってある」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?両親と知り合いだったからですか?」

「いいや。俺の心の平穏の為だ。お前の事をアイが何時までも気にかけないようにすれば………お前達はいつまでも友達でいられるだろう?」

「は?」

「アイの優しさに絆(ほだ)されて、お前がアイと結婚したい、なんて思い始めんようにする為だ」

保険だ、保険、と彼は言った。

………この男はっっ!!

アルバスが笑い声を上げる。

「父親なんですね、デヴィッド」

「当たり前だ。お前なんか連れて来られた日には、俺、泣く」

「え〜〜、結構いい線いってると思ってたんですけど?」

「そう言う所が好かん。俺は単純だから、単純な男の方がいい」

「”好かん”って………母さんと同じ方言だ」

「そうか?俺、そんな事言ったか?気の所為だろ?」

「そうかも知れません。………ねぇ、デヴィッド。今度、僕の両親の話を聞かせて頂けませんか?」

「そうだな………お前が他人を認められるようになったら、話してやろう」

「他人を認める?」

「そうだ。お前は自分の能力に近い人間以外は、虫けらと同じだと思っている節がある。先ずは弟の事を認めろ」

「認めるって言うのは?」

「弟はお前とタイプの違う人間だが同じ人間だ、という事だ。彼が考え行動する事を自分と違うから、と排除しちゃいかん。受け入れるんだ」

俺を受け入れたように、と彼は続ける。

「アルバス、他人をお前の作った枠で括るな。そんなちっぽけな枠、すぐに壊れてしまう。人は流動的で、一つ所に留まる事は出来ない生き物だ」

きっかけさえあれば、白かった心も黒く染まる。

その逆もある。

「これで分かっただろ?二人の話はその後だ」

「分かりました。明日迎えに行ってきます」

「だな。………さて、長居し過ぎた。俺らしくない説教もし過ぎた。そろそろ帰るか」

私は抱きあげられた。

そのまま歩いて移動しているらしい。

「寝てる時は可愛いんだがな」

「起きてる時も可愛いですよ」

「そんな事は知ってる。お前にはアイはやらんからな」

「誰にも、でしょう?アイに恋した男は大変だ」

「そうでもないぞ。俺はアイの言う事に否を言った事はない。相手の男を1発殴るだけで納めてやる」

アルバスはくすくす笑っているが、私は笑うどころの話じゃなかった。

私のまだ見ぬ夫候補者は、彼に殴られなければならないのだ。

私を軽々運び、魔法使いのくせに腕っ節に相当自信がある男のパンチはさぞかし痛いだろう。

未来の夫候補者さん、がんばれ。

私は心の中で、誰とも知れぬ男に向かってエールを送った。

ドアが開き、外の風を感じる。

「じゃ、またな、アルバス」

「また……今度は遊びに行ってもいいですか?」

「おう!勿論だ。但し、俺に会いたかったら、いるかどうか確認してから来い」

「はい」

玄関が閉まる音がする。

「さて、帰るか」

彼はそう呟いて歩き出す。

「アイ、寝たまんまでいいから聞け。お前はアルバスを救った。俺は色々言ったが、あんなのは……おまけだ」

お前がアルバスの心を引き戻した。

あのままだったら、アルバスの心は壊れていただろう。

罪悪感ってのは、時間と共に募っていくものだ。

押しつぶされて、ぺしゃんこになる前に助けたのは、お前だ。

だから、お前はアルバスの”これから”に責任を持たなければならない。

「アイ、お前は命尽きるまで、アルバスの生き方を見続けなければならない。それが………親友だ」

何でこの男はこんな事を言うんだろう?

私が何を言ったかも知ってるような口調だ。

「ついでに……俺の得意技が”盗み聞き”だって事を告白しとこう」

………この男はっっ!!

「好っか〜〜んっ!なんなん?いつから聞いとったと?」

「なんや、起きとったとや?」

私は無理やり目を開けて、彼を睨みつけた。

体は言う事聞かないから、抱っこされたままってのが締まらないのは置いとく。

「それも知っとったんやろ?いつから?早よ言わんねっ!」

「あ〜〜お前が地下室のドアを開ける前から」

「それって最初っからやん!なんなん?泥棒猫のごたぁ真似して!」

「ばか、心配やろうが。女が男の家に一人で入るんぞ。なんかあったら」

「ある訳ないやん!お母さんに言いつけるけんね!!」

「ちょ、それはいかん。止めてくれ。母さんが怒ったら、俺、泣くしかなかろうが」

「泣きゃぁいいやん。娘のプライバシーを侵害するような父親は、怒られたらいいんよ」

「アイ……お前、今、父親って言うたな?言うたよな?」

「はぁ?言う訳ないやん!ばっかじゃなかろうか!!」

「いいや。俺は聞いた」

「知らんっ!言うとらんっっ!!デヴィッドのばぁっかっ!!」

「おっ!!今俺の事名前で呼んだやろ?」

「呼んどらんっ!頭だけじゃなくて耳まで悪ぅなったんね?」

「いいや。俺の耳は人より良う聞こえるっちゃけん。お母さんに言い付けちゃろぉっと」

「いいよ!言えばいいやんっっ!!」

私達は彼の故郷の方言で、思いっきり言い合いをした。

まるで母と会話する時のように。

家に着いてから、私は母に彼のした事を話し、彼は正座で怒られた。

が、彼は泣いてなかった。

むしろ、楽しそうに怒られている。

「デヴィッドのばぁっかっっ!!」

私は母の陰から小さな声でそう言って、舌を出して部屋に入った。

ばか、と言われても、デヴィッドは嬉しそうだった。

………きっと”M”に違いない。

はっ!自傷行為はその所為か?

その思い付きが可笑しくて、そうだったらいいのに、と切なくて、その日は遅くまで眠る事が出来なかった。




.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ