Novel

□徒情け
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 金曜日も深夜。自宅アパートに帰って来れば、玄関先に大きな黒い塊のようなものがあった。

 何だこれ、と思いながら恐る恐る近付いてみると何とその正体はうずくまって寝ている人間である。しかも知り合いかと言えばそうじゃない。全くもって知らない男の人だ。

 あぁ、なんか前にこんなシチュエーションの小説を読んだな、と思いながらそのうずくまっている人間に手を伸ばす。


「あのー、生きてます?」


 我ながら第一声がこれとは如何なものかと思う。だけどこの言葉はどうやら的を射ていたらしい。


 だってその黒い人間は血まみれだったのだ。


 何かヤバい雰囲気がしないでもないし、自分が女であることを差し引いても、普通ならこんな人間は放って置いてさっさと部屋に入って玄関を二重ロックだ。

 しかしどうやら私は小説の読みすぎか、先日読んだその小説の主人公に自分を重ね合わせていた。小説の通りに行くと、自分はその人間を家に入れてしまうのだ。そしてカップラーメンを食べさせ風呂に入れる。

 まぁ、その主人公は酔っ払ってそんな行動に出た訳だが、こちらは素面だ。しかも拾う相手がどう考えても健康体ではない。何しろ血まみれなのだから。食べ物とお風呂は後回しだ。


「あの、そのー…‥立てます?」


 再度声をかければやっと彼はうっすらと目を開けて私を見上げた。ぼんやりとしたその視線を受けて私は更に同じことを訊く。


「立てます?私の部屋、そこなんで。せめてそこまででも」


 彼がゆっくりと頷いたので私は玄関の鍵を開け、彼が立ち上がるのに手を貸す。遠慮無しに掛けられた体重でよろけそうになった。だが、なんとか踏み止まる。何てったって彼は怪我人だ。私が倒れれば彼もろとも崩れ落ちるのは必至である。

 何とか彼を玄関に押し込んで、鍵を掛ける。そして所在なげに立っている彼を振り返る。


「どうぞ。狭いところですけど」


 彼は少し逡巡した後、よろけながら壁伝いに奥のリビングに向かった。私もその後に続く。

 リビングに着いたら、またもや所在なげに突っ立ってる彼をソファーに座らせた。


「服、脱いで下さい。傷を診ます」


 困ったように固まっている彼と視線を合わせる。血や打撲痕で分からなかったけど、中々の顔立ちだ。顔が良い、という点においては小説と同じだ。


「…‥嫌なら今からでも救急車か警察を呼びますけど、どうします?」


 即行で服を脱ぎ出した辺りを見れば、どうやら呼ばれたくない事情があるらしい。

 私はそれを見て濡らしたタオルと救急箱を準備した。救急箱なんて邪魔になるし使わないからいらないと思ってたが役立つ日が来るとは。持たせた実家の母に少し感謝だ。



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