Novel

□最後に後ろ姿を残して
1ページ/1ページ






 神様は、意地悪だ。






「――…‥ホントに、行っちゃうの?」

「うん」

「どうしても…別れなきゃいけないの?」

「…‥うん」


 僕が頷けば、彼女は悲しそうに目を伏せた。

 冷たい秋の風が僕と彼女の間を通り抜け、彼女の長い髪がなびく。ヒヤリとした冷気を運んで来るその風は、僕らの空気をよりいっそう重くした。


「――僕は今カメラに集中したい」

「そう、だよね。そのためにアメリカに行くんだもんね」

「うん。…‥だから、正直言って僕は君のことに構ってられなくなる」

「でも、私はそれでも…‥っ」

「ダメだよ」


 僕は笑って、彼女に別れを告げる。


「約束は、僕の写真を陰らせる。…‥僕達は、縛られてちゃいけない」


 "恋人"という約束に縛られてはいけない。…‥彼女を、僕の勝手なエゴで縛り付けちゃいけない。


「だから――…‥僕を待たないで」


 君は泣いた。
 涙を流して何回も嫌だ、と僕に訴えた。僕はそんな彼女を幾度も宥めた。

 風が僕らの脇を絶え間無く通り過ぎる。零れた涙は風に消えた。泣き止んだ彼女の頬には、涙の筋が残された。


 僕は彼女の手を離す。


 もう彼女に触れることは無いだろう。僕と彼女の人生はここで別れる。

 もう決して、交わることは無い。


「それじゃ、ね」

「…‥」

「『さよなら』くらい、言ってくれないかな?」

「…‥」

「ね、お願い」


 頑なに拒否をする彼女に僕は努めて穏やかに笑いかける。


「最後だから」


 彼女の顔が険しく歪む。頬に残る涙の跡がやけに目立って見える。


「…‥さよ、なら」

「さようなら」


 僕は彼女に背を向ける。

 絶対に振り返ったりなんかしない。絶対に、彼女の姿を視界に入れたりなんかしない。

 彼女の啜り泣く声が、後ろから聞こえてきた。









 僕は彼女に一つ、嘘を吐いた。







 僕がアメリカに行くのは、カメラのためなんかじゃない。

 僕が彼女に"約束"を残さなかったのは、夢のためなんかじゃない。


 僕が嘘を吐いた理由は――…‥







最後に後ろ姿を残して
僕は死ぬために、彼女の許を去る。
病に侵された身体は段々と僕の言うことを聞かなくなり、
今も走ることさえ許されない僕の命を、
神様が奪いに来るんだ。






『xxx.IV』提出作品

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ