Novel
□最後に後ろ姿を残して
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神様は、意地悪だ。
「――…‥ホントに、行っちゃうの?」
「うん」
「どうしても…別れなきゃいけないの?」
「…‥うん」
僕が頷けば、彼女は悲しそうに目を伏せた。
冷たい秋の風が僕と彼女の間を通り抜け、彼女の長い髪がなびく。ヒヤリとした冷気を運んで来るその風は、僕らの空気をよりいっそう重くした。
「――僕は今カメラに集中したい」
「そう、だよね。そのためにアメリカに行くんだもんね」
「うん。…‥だから、正直言って僕は君のことに構ってられなくなる」
「でも、私はそれでも…‥っ」
「ダメだよ」
僕は笑って、彼女に別れを告げる。
「約束は、僕の写真を陰らせる。…‥僕達は、縛られてちゃいけない」
"恋人"という約束に縛られてはいけない。…‥彼女を、僕の勝手なエゴで縛り付けちゃいけない。
「だから――…‥僕を待たないで」
君は泣いた。
涙を流して何回も嫌だ、と僕に訴えた。僕はそんな彼女を幾度も宥めた。
風が僕らの脇を絶え間無く通り過ぎる。零れた涙は風に消えた。泣き止んだ彼女の頬には、涙の筋が残された。
僕は彼女の手を離す。
もう彼女に触れることは無いだろう。僕と彼女の人生はここで別れる。
もう決して、交わることは無い。
「それじゃ、ね」
「…‥」
「『さよなら』くらい、言ってくれないかな?」
「…‥」
「ね、お願い」
頑なに拒否をする彼女に僕は努めて穏やかに笑いかける。
「最後だから」
彼女の顔が険しく歪む。頬に残る涙の跡がやけに目立って見える。
「…‥さよ、なら」
「さようなら」
僕は彼女に背を向ける。
絶対に振り返ったりなんかしない。絶対に、彼女の姿を視界に入れたりなんかしない。
彼女の啜り泣く声が、後ろから聞こえてきた。
僕は彼女に一つ、嘘を吐いた。
僕がアメリカに行くのは、カメラのためなんかじゃない。
僕が彼女に"約束"を残さなかったのは、夢のためなんかじゃない。
僕が嘘を吐いた理由は――…‥
最後に後ろ姿を残して
僕は死ぬために、彼女の許を去る。
病に侵された身体は段々と僕の言うことを聞かなくなり、
今も走ることさえ許されない僕の命を、
神様が奪いに来るんだ。
『xxx.IV』提出作品