Novel
□恋人でグループ分け
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世間的に今日はクリスマスらしい。
そんなことに気付いたのは塾の自習室に一人取り残されてからだった。
「そりゃみんな帰るわなぁ…‥」
何てったって高校生。青春真っ盛りな年代なわけでクリスマスなんてそんなもの遊ぶに決まってる。決まってるだろうに何故気付かなかった、自分。
塾だって言って遊びに行くの断った友人に今更ながら心の中で全力で詫びる。ゴメン。男のいない独り身同士一緒にいたかったんだよね。
窓の外のイルミネーションに溜め息を吐く。うっかり窓際に座った私が馬鹿だった。クリスマスのイルミネーションが嫌でも目に付く。
「よぉ、姫野。クリスマスだっつーに何で遅くまで塾残ってんの?」
廊下側から唐突に響いた声に驚いて振り返る。見知った声の主に私も笑った。
「いや、今日がクリスマスだって今さっき気付いたもんで…‥達城先生こそ。大学生のバイトさんはもう帰る時間じゃ?」
私のクラスで数学を教えてくれている達城先生。いつ見ても見目好いな、羨ましい。
「今まさに帰るとこでお前見付けたんだよ」
苦笑しながら窓際の私に近寄る。
「に、してもクリスマス忘れるとかお前も意外と抜けてんのな。一緒に過ごす友達も恋人もいねぇのか?」
「あっはっはっ。痛いとこ突きますね、先生。友達には塾だからって断りのメール送っちゃったんですよ。恋人にいたっては人生でいた試しがありませんから」
「へぇ。可愛いのに勿体ない」
「はぁそうですか…ってちょ今何て言っ…!」
私より綺麗な顔をしておいてさらっと何をおっしゃるかこの人は!
既に私と机を挟んで向こう側にいる達城先生は平然とした顔でニコニコと笑ってらっしゃる。
何だ、この言いようの無い屈辱感。人生経験が高々4つ5つ違うだけでこんなに大きいのか。
しかも1回だけじゃ飽き足らず、2回目の爆弾を投下した。
「もう遅いから帰りなよ送ってあげるから」
「ぅええぇ!?悪いですよそんな先生こそ彼女いるんじゃ…‥」
「いないよー、好きな子ならいるけどね」
誰だそんな羨ましい奴!…‥まぁ先生に似合いの美少女なんだろうな。
「じゃ姫野、行こっか」
「…‥私が先生と一緒に帰るってことは決定事項なんですね」
「断る理由、ある?」
「無いです…‥」
「それじゃ、帰ろっか」
有無を言わせない笑顔で先生は私の手を掴んだ。
…‥うん。何か、やっぱり今日ってクリスマスなんだね。
周りがカップルだらけだわ…‥
これは目に痛い。ん?でも待てよ。
「俺らも周りから見たらカップルに見えんのかね」
「…‥私みたいなちんちくりんが先生の彼女に見えるわけ無いじゃないですか」
一瞬、ちょっと考えてしまったのは胸の内に秘めておく。
「姫野ってホント鈍いってか無自覚ってか…‥」
「どうしたんですか?頭押さえて。頭痛?」
「いや、大丈夫。――天然って怖いわ…‥」
何だろう。心なしか先生が疲れているように見える。疲れてるのかな?
「先生、疲れてるなら無理しなくて良いんですよ?私一人で帰れますし…‥」
「いや、平気。姫野は気にしないで良いよ。――あ、何か暖かいもん飲もうか。おごるよ」
「ぇえ!?い、いいですよそんな!」
「良いから良いから」
先生に手を引かれるまま、私はイルミネーションの光の中に飛び込んだ。
結局、家の前まで送ってもらってしまった…‥
途中、しっかりとカフェラテもおごってもらっている自分。しかも「ちょっと良いとこ知ってるんだけど」などという言葉にのせられ、穴場の綺麗なクリスマスイルミネーションの中をを二人で歩いた。何だこれ。ちょっとデートみたいじゃないか。
「達城先生ありがとうございました。せっかくのクリスマスなのに」
「いやいや。姫野こそ」
「だって私なんかと一緒じゃあ…‥」
「んーじゃあプレゼントもらおっかな?」
え、私何も持ってませんけど。
目の前の先生は相も変わらずニコニコと笑っている。いや、だから何も出せませんて。
「何も思い付かない?」
「はい…‥すみません、何か色々買ってもらっちゃったり何だりしてるのに」
「んじゃ、ケータイこっち貸して?」
笑顔の先生に怖ず怖ずとケータイを差し出す。ちょ、それアドレス交換では!?
「ほんとはもっと前からメアド訊きたかったんだけどね。姫野俺のこと全然眼中に無いんだもん」
はい、と言いながら私にケータイを返す先生。え、それってどういう…‥?
「俺なんて姫野のこと生徒とか思ったこと無いんだけどね」
「はぁ…‥」
「その顔。俺の言ってる意味分かって無いね?」
くすくすと笑う達城先生。いやだって分かりませんよ。
「ケータイ、家の中入ったらすぐ確認しといて」
「え、じゃあ今確認…‥」
「駄目。流石に俺でも目の前で確認されたら恥ずかしいから」
つい、と先生の手が私の頬に伸びる。耳元を温かい吐息が掠める。
「クリスマスが記念日って、分かりやすくて良くない?」
――はい?
ますます分からない。先生は何を言いたいのか。
「それじゃ、明日ね」
先生が私から離れる。大分背中が小さくなった頃、我に返った私は叫んだ。
「――先生!今日はありがとうございましたっ」
先生は振り向かず、片手を上げてそれに応えた。
玄関先で先生を見送ってから、家の中に入る。言われた通り、ケータイを開いて電話帳を確認。
「――ちょ、えぇぇえ!?」
恋人でグループ分け
タイミングを図ったように先生からの着信を知らせるケータイ。
《気付いた?》
「ちょっと何なんですか!?これ!」
《何…‥って、そういうことだけど?ごめんね。面と向かって言うのは照れ臭くて》
「――…‥何だか色々卑怯です。達城さん」
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