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□Cry Day
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 彼は、いつも気丈に笑っていた。
どんな理不尽なことがあっても、我慢強く、意地を張って。
どんなに辛くても、どれほど苦しくても、悔しくて悲しくて仕方が無いはずなのに。



 そんな彼が泣いた日。

彼は消えてしまった。






進め。何の為に足がある






 こんな晴れた日だったかしら。ふと空を見上げ、目を細めた。懐かしい色の空は鮮やかで、己を心に重く沈んだ過去を思い起こさせる。
きっと、自分の同期も同じように空を見上げているんじゃないか、と思った。

「山中上忍、こっちの書類……って聞いてます?」
「え、……あぁ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃってたわ。えぇと、それは解部、情報解析班の方に明日中に提出よ」

 職場の部下の声にはっとして答える。窓から見えた空が、あまりにも―――。
 首を横に振って、再び沈み込んでしまいそうになった思考を散らせる。そんな私の様子に部下は訝しがる。

「どうしたんです?」
「いえ、ちょっと昔を思い出しちゃってね」
「昔、ですか。……山中上忍って、あんまり過去を語りたがりませんけど、何か嫌な思い出でもあるんですか?」
「語りたくないわけじゃないんだけど。まぁ、あまりところ構わず話したくないのは確かね。あなただって、自分の過去を無闇に公表したいなんて思わないんじゃない?」
「そりゃそうですけど。でも、山中上忍のは……なんていうか、聞くのも憚られるっていうか。山中上忍だけじゃなくて、奈良上忍とか、山中上忍と同期の上忍たちは、皆さんそんな感じですけど」

 あら、結構人を観察するのがうまいのね。
 そんな風に思いながら、誤魔化すように苦笑する。他人からそんな風に見えていたとは知らなかったが、確かに私は未だ、あの日を引きずっている。

「……忘れられないのよね。いいえ、忘れたくないのよ」
「え?」

 あの日を、あの日々を忘れられない。忘れたくない。
今でも鮮明に思い出せる。まるでたった昨日の出来事みたいに。

「人に話してしまえば、私の中から消えてしまいそうで、忘れてしまいそうで。それが死ぬよりも怖いわ。だから、ずっと留めておく。私の、私たちの心の内に。……いつか―――」



 最後の言葉は、声にはならなかった。
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