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□Cry Day
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 何故だ。

そう尋ねたところで、すんなりと答えてくれるようなやつではないし、そんな状況でもなかったが、俺は叫びたくて仕方がなかった。
しかし、俺の理性がそれを止めた。
 あいつは、「来るな」と言った。
俺は一瞬黙って、アイツを睨みつけて、反論の言葉を考えた。
そして、口を開こうとした瞬間、あいつは消えた。





薄暗い本棚から静かに、本を引き抜いて






 こんな晴れた日だったか。ふと空を見上げ、目を細めた。
懐かしさを呼び起こす空の色は鮮やかで、己の心に重く沈んだ過去が目覚める。きっと、自分の同期も同じように空を見上げているんじゃないか、と思った。

「…長!……長! ぼーっと空なんか眺めてないで仕事してください!!」
「あ? …あ、あぁ」
「あぁ、じゃなくて! もう、この書類、ついさっき諜報部から届きましたから。解読を頼みたいそうですよ」
「りょーかい、お茶もらえるか?」

 一瞬でも過去へと思い馳せる時間なんない。けれど、もう一度あいつの色を見たくなって、部下が茶を入れる隙に窓へと視線を戻す。
やはり、その空はあまりにも―――。

「長! また、ぼーっとしてますし……」
「あぁ、すまん」
「謝るくらいなら仕事してください。今日は、副長がお休みなんですから」
「わかってる。ただ、……ちょっとな」
「……今日はやけに、窓の外が気になるみたいですね」

 俺がようやく、机の上に山積みになった書類に手を出し始めると、部下はひとつため息をはき、おとなしくなる。
部下も、俺が見ていた窓に視線を向けて言う。

「珍しいくらい、真っ青な空ですね。……長って、空すきですよね」
「お前、俺に仕事をしろといっておいて、話題をするのか? しかも、お前は仕事せずに」
「私は今、休憩時間なので」

 ああ、そうかよ。俺もため息を吐き、一枚の書類に判を押した。

「休む暇さえ与えられない俺に対して、その言い草か?」

 仕事しろ。そう、俺は真っ青な――あいつの瞳みたいな色の――空を背に怒鳴った。




* * *





 俺にとって、あいつは灯火と同じだ。
 変に働きすぎるこの頭に、生まれてからずっと俺自身が弄ばれてきた。
分かりたくもないのに、分かってしまう。知ってはいけないのに、知ってしまう。理解することは幼子には苦痛と同じで、脳は尽きることなく知識を求めた。
 俺自身はそんなこと気にしていなかったが、幼子に過ぎた情報処理能力と許容量、そしてその貪欲な知識欲は、上層部の連中に危険視され、幽閉もしくは抹殺寸前まで話を及ばせたらしい。
 だが、そこで現れたのがアイツだった。
俺の頭ははっきりと覚えている。膨大な知識を得て、理解し尽くした世界で生きる気力を失い、全てをモノクロな光景として眺めていた俺の目の前に、疾風のように現れた金色。
 アイツはひどく平坦な声で言った。

「何を見てるの?」

 アイツは分かっていたに違いない。
俺が、本当は何も見ていないということに。だが、敢えて聞いたんだろう。
火影岩の上で、寝転び、視線を空に向けていた俺はその時、こう答えた。

「雲、雲を見てんだよ、めんどくせぇ……」
「ふーん」

アイツも、俺の隣にしゃがみ、空を見上げたのが気配でわかった。金色の髪が風になびいているのか、ぱさりぱさりと音がする。
 俺は、雲なんて見ていなかった。ただ、雲の白で視界を満たしていた。それは、眼を閉じているのと同じだった。何も考えなくていいから。
当時の俺は、アイツのことを知らなかった。でも、眼を閉じているも同然の俺には、周りのことはどうでもよかった。
だから、アイツが突然話かけてきても驚かなかったし、眼も向けなかった。
 雲は変わらず、ひどくゆっくりと風に流されていく。
何も考えず、何も思わずに、ただ視界をそれで満たしていれば、俺は知識や情報に埋もれずにいられた。
それなに、アイツは―――。
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