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□モーニンググローリー
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学期終わりが近づき、朝から全校清掃が始まった。クラス毎に場所を割られたオレ達は校舎裏の掃除だ。



各々に皆が作業を続け枯葉がゴミ袋に溜まって暫く、何気なく顔を上げたオレの視界に一つの建物が入った。いや、正確に言えば、その建物に見える一人の生徒、にだ。

その建物はひっそりとした温室、とは言っても授業で二度程入った事があったが、ひとクラスがやっと入れる程度の大きさ。その温室の直接外に繋がる出口は、丁度今オレ達のクラスが掃除している方を向いていて、そこに立っている女生徒に目を奪われていた。


何でもない普通の女 生徒の後ろ姿だ。
何でかはわからない。保存と整理の行き届いた温室の植物と、ガラスを抜ける光が反射して、その世界はとても幻想的に見えた。


オレは思わず手を止め近付こうとしたが、クラスメイトの声に呼び止められ作業に戻らざるを得なくなる。

もう一度視線を戻した頃には、先程の生徒の姿は見えなくなっていた。




その後の掃除中もオレはどうしてもその生徒が気になってしまい仕方がなかった。後ろ姿でしかなかったが、普段話しかけてくれる女の子の中にはいなかったと記憶する。

目立った特徴もないので先ず先生に温室の掃除をしていたクラスを聞きに行ったが、どうやらあの温室は普段からの保存がしっかりしているのと、一つの作品だからと部外者は基本的に触らないらしい。

一つの道が立たれたにも関わらずオレは興味が俄然増していた。自分でも分からないが彼女の顔が、声が、名前が知りたいと思ってしまったのだ。




それから少し経ち、オレは学食にて席に着く。携帯を取り出し、いつもの番号を選択する。食事時に電話とは、行儀が良いとは言えないが、ゆっくり時間が取れない日中は仕方がないのだ。

巻ちゃんに近況を聞き、話し、と暫くしていると、テーブルの直ぐ前を数人の女の子のグループが通った。

その中にオレはみつけた。

あの子だ!




「あ、待って、」
「?別にオレは何も喋ってないっショ。」
「あ、いや、巻ちゃんではなくてだなっ。」




オレがそのまま彼女を目で追っていると、一つ向こうのテーブルに彼女は座った。しかも、顔はこっちを向いている。

やはり、その顔に見覚えは無かった。学年も分からないが、本当に普通の女の子、だった。

ご飯を食べ、友人と話し、笑っている。
極々普通の事なのに、何故かオレには初めて彼女を見つけた温室の時と同じく、彼女だけが浮かんで、明るく見えた。


「おーい?東堂?どうかしたか?」


オレは耳元に聞こえるその声に、電話をしていたことを思い出す。


「す、すまん!巻ちゃん!また、後でかけ直す!」
「は!?いや、それは別にいいっショ!」


最後に巻ちゃんが何か言ったような気がしたが、オレはそれどころではない。携帯を閉じて横に起き、彼女達の会話に耳を傾ける。
学年、クラス、あわよくば彼女の名前。そのどれかでも分かればいいと思いながら、茶碗に口をつける。

が、グループは女の子らしく、新作のお菓子だとかの話ばかりで、ちっとも彼女の事は分からない。そうこうしているうちに、昼食時間の終りが迫る。
意識が彼女に向いてしまっていたオレの食事は進んでおらず、少し速度を上げる。いつの間にか食べ終わっていた彼女達は片付け始め席を立った。

オレに気付いた数人が、声をかけてくれたので喜んで笑顔で答えるが、当のその彼女は何のリアクションもせずに行ってしまった。






オレはその後も部活のみんなにさり気なく聞いてみたりしたが、やはり特徴が伝えづらいせいで変わらず、彼女が誰なのかも分からない。








それからというものの、学校内で見かけると、つい目で追ってしまう。耳をそばだててしまう。
いつもであれば、直ぐにでも声をかけるのに、良いのか悪いのか、見かけるときはいつもオレが何かをしているか、誰かといて上手く抜けられないのだ。


彼女が一体誰なのか。


オレがこんなにも個人が気に止めることがあっただろうか。
女の子に追われることはあっても、追うことがあっただろうか。
オレは自分が不思議で仕方が無かったが、彼女の姿が見えなかった日は、何かあったのか等と意識を奪われ、姿が見えた日でさえも、また声をかけられなかったと意識が削がれるのも事実だった。


こんなにも何とも言えない、なんというか、ふわふわと足元が覚束無い感覚。

オレはそんな自分の中の違和感に答えを出せないまま、朝起きて、練習して、学校に行き彼女を探す、そんな今までには無かった日常を、今日もまた繰り返すのだ。









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