Title

□アクペリエンス2
1ページ/1ページ








(ひえええええ)


私の頭の中には正しくそんな言葉が浮かんでいたけど、そんなふざけた事を言っていられるような状況じゃなかった。

ここは一本外れた路地。私の後ろには壁。そして目の前には見知らぬ男の人3人が、私を取り囲むように立っている。
しかもニヤニヤしながら。


「こんなトコロで、何してんのー?」
「カノジョ、1人?」
「おお!JK?マジでー?!」


マジだよ!そうだよ!JKだよ!何なら、今は高校の一大イベントの修学旅行中なんだよ!そんな時にどうしてこんな事に!!

なんてどうでもいいような言葉はぽんぽん頭に浮かぶのに、肝心のこの目の前への反論はさっぱり私の口からは出てこない。出るのは何の役にも立たない、「あはは」とか「えへへ」とか…ほんっと役たたず!!


「あーわかったぁ、もしかして迷子?」
「なぁる!それならオレら詳しいから連れてってあげるよ」
「ほら、いこーよ?」


そうやって掴まれる手首は、思っていたよりもずっと力が入っていて、私は一瞬で恐怖心が増す。
想像していなかった状況に私が声を上げようとしたその時。







「こんな所で、何してるってショ」


姿を見なくたってわかる。あの声にあの特徴的な喋り方。
突然の第三者の登場に気を取られたのは男の人達も同じだったようで、私をとらえていた6つの視線が移動する。

いかにも「興がそがれました」「テンションがさがりました」という文句たらたらな表情で、ターゲットを移したせいか、私を捕まえていた腕から力が少しだけ抜ける。





あとから考えても、この時の私はよく頭が回ったと思う。





「裕介!ごめん、はぐれちゃって!」


そうして私は今まで一度も呼んだことのない名前を口にしながら彼に駆け寄る。
両手で顔を隠して、3人組から見れば胸に頭を預けてるように見えるくらいのぎりぎりの距離まで近づいて。

顔を見なくても巻島は、明らかに動揺しるのが分かる。小さな息の漏れる音と一緒に私の苗字を呼ぼうとするのに気づいて、咄嗟に私は彼の鮮やかなシャツを握った。
巻島は察してくれたようで、少し間を開けてから、



「探したッショ…名無しさん」



と、呟いた。
苗字だけじゃなくて、名前まで覚えていてくれたことに、こんな状況じゃなければ私は本当なら飛び跳ねて喜びたいくらいだ。






だって、まだ二年生といっても、一度もクラスも委員会も一緒にやったことなんてないんだから。






気づいたら私のお粗末すぎる演技でも、勘違いしてくれて文句を言いながら、あの3人組はどこかに行っていた。
文句を言われる筋合い何て全くないのに。



諦めてくれたことに安心しきっていた私だったけど、今の自分の状況を思い出して、その場から飛びのいた。


「ご、ゴゴゴゴメン巻島!本当にいきなり!!」
「あ、いや…別に」
「でも、ほんとに助かった!ありがとう!!」


うはー!!恥ずかしい!!
私が思わず、恥ずかしさに前屈レベルでお礼をしていても、巻島は黙ったままだった。
お願いだから何か言って欲しい…。


でも、そうだよね、突然迷惑かけて、こんなの変な人だよね…。


「いや、名無しさんも大変そうだったッショ」


決して大きくない巻島の声も、私は聞き逃さなかった。

私の頭上から降り注ぐように聞こえる、身長の高い巻島のその声はとても心地いい。そんな声で、しかもまた、それが苗字でさえも呼んでもらえたことが、私には夢のようだった。






私が巻島をちゃんと知ったのは1年の秋だった。

他のクラスに、とんでもない派手な髪の色の男子がいるっていう噂は聞いていたけど、入学してからしばらく、顔を見ることはなかった。
それが、夏休みが終わって少ししたころ。
他校に行った中学の時の友達の、どうしてもついて来て欲しいというお願いに、“ヒルクライム”と呼ばれるレースを見に行った。


なんでも、友達の先輩が出るとかで応援に行きたいけど一人は心細いという。私は丁度暇だったので、何も下調べも出ずに見に行った。情けなくも、興味のなかった私は、当日友達から言われたことで、自分の高校が出ていることを知ったくらいだった。


そんな“応援”しに行くには失礼な態度だったその日の朝の私に、その日の午後にはその競技に、もっといえばその競技をしている彼、巻島に目を奪われているなんて予想できただろうか。



一年生にして優勝した巻島に、どうしようもなく私の胸は興奮していた。勿論勝ったのが巻島だったので、友達の先輩は優勝を逃していて、友達は心底へこんでいたけど申し訳ない話、あの時の私はそんなことを気にかけている余裕はなかった。




たった一人で誰よりも速く、しかも周りの誰とも違う走り方をする巻島に、私はあの大会の間に、すっかり心を持っていかれていた。







「おい、大丈夫か?」



突然聞こえたその言葉に私はハッとする。あまりにも嬉しくてつい、去年のことを思い出してしまった。


「うん、平気!ちょっと、考え事しちゃって」
「あー、グループのことか?」


全然違うけど、今考えていたことなんて話せるわけないので、私は適当にごまかした。


「そうなの、これからどうしようかなって思って。はぐれたのは本当だし…」


そう、はぐれたのは本当だった。飲み物を買いに自販機に寄っていたら、気づいたらグループの人はいなくなってて。近くのお店に入ったりして、うろうろ探していたらさっきの有様だった。

私がうーん、とうなってみせると、巻島はぽりぽりとほっぺをひっかいている。
このしぐさ、よく見るけど、私は好きな癖だ。




「…名無しさんの班、予定だと次どこ行ってるんショ」
「え?あ、あの宿泊施設の向こうの記念公園の方だけど…」
「…それなら、オレ達の班と一緒ッショ。」
「あ、そうなんだ!」


巻島は黙ってしまった。
やばい、こんなに巻島と話したの初めてだ。
話では、巻島は人と話すのが苦手だって聞いてたけど、そんなことないじゃないか。私の方がおかしくなりそうだ。





そっか…巻島の班もあそこ行くんだ。
特に特別なポイントでもないし、班の中で決めた目的地の中では私が行きたいと思った場所でもなかった。
それでも、高校でも修学旅行なんてイベントごとで、片思い相手と同じ景色が見られるなんて。私としては見られるだけで十分だったし、きっとその公園の写真はずっと家に飾っておくと思う。





ウソ。
前言撤回。
見るだけでいいなんてウソ。そんなので満足できるわけない。
どうせなら今一緒に行きたいし、あ、あわよくば一緒に写真とか…。
そんなこと叶わないと思いつつも、願って。それでも自分から誘えない自分をもう張り倒したい。
この意気地なしめ!




「名無しさん…」
「ひゃい!!」


私が脳内の自分をつねりあげていたところで(殴ることはできなかった)あまりにも突然名前を呼ばれたので、私は思わずおかしな声を上げてしまった。

あー本当に心臓に悪い…。


「…クッハ、今の声、くッ…ふ、」


あああっ!なにこれ!本当に心臓爆発しそう!!
だって、巻島が!目の前で!!



絶対今、私の頭から湯気出てるよ…



私は恥ずかしさに手で顔を覆って俯く。
こんな顔見せられない…。うぅ熱い…。


「あ、わ、悪かったッショ…」
「ううん、巻島のせいじゃないから…平気」
「ほんとか?」
「うん、それより、巻島の用は?」


未だに巻島の顔は見れないままだけど、返事はする。
早く顔の熱よ引いて。


「あーその…」


一度だけそう言うと、巻島は黙ってしまった。
やっと落ち着き始じめていた私は、意味が分からず顔をあげる。

あまり問い詰めすぎるのも失礼かとも思って待ってみると、泳いでいた巻島の目が私を一瞬とらえて大きく見開かれて…目をそらされてしまった。

これ、結構へこむね…。

ちょっと残念に思いながら、私の気持ちが下がり始めると、またさっきみたいにほっぺをかきながら巻島はこっちを向き直した。


「場所…同じなら、一緒に行くッショ…?」
「…へ?」


今のは私の都合のいい聞き間違いじゃないだろうか?
だって一緒にって確かに私は嬉しいけど、どうして…。


「あ、いや、嫌なら別に…」
「嫌じゃない!!」


まさかの巻島からの否定が出て、私は必死になりすぎて、思いのほか大きな声が出た。必死すぎだ、自分。
その声に驚いて巻島は目を丸くしながら、小さく口癖呟いてるし…本当にごめんなさい。





「わ、私も、一緒に行きたい、です…」


私がしどろもどろになりながら返すと、小さくだけど確かに、巻島はまたくしゃっと笑って歩き出した。



速すぎないその速度は私に丁度良くて、嬉しさが込み上げる。




決して少なくはない観光地の人込みに、巻島を見失わないように彼の背中をしっかり見ながら私は後ろをついていった。














[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ