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□王の条件、謀士の領分
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「さっき、蘇芳の言っていたことはある意味正しい。」

絳攸はまんまと貴族派の罠に落ちた紅家の失態に対する先ほどの静蘭の冷たい眼差しを思い出し、微かに口の端に苦い笑みを浮かべた。

「紅家の・・・、特に男は矜持が高く、頭も良いが、最後のところで損得や利害を度外視した「好きか」「嫌いか」という自らの感情を優先する。扱い難く、好意を得ることは難しいが、一度好意をもった相手を裏切ることは決してない。その意味では主上は・・・、劉輝様は紅家当主の好意という歴代の王達がどれほど得たくとも得ることの出来なかったものを既に御持ちだ。静蘭、王の資質とは如何なるものだと思う?」
「王の?」
「いや文治の王と言うべきだな。」

静蘭は絳攸の問いに、逡巡しつつ答えた。

「臣下に膝を折らせるに足る器局の大きさと英明さ、他人を魅了する力、そして先を読む力でしょうか?」

絳攸は静かに頭を振った。

「武断の王であられた先王は破壊することによって、古い膿を出し切り、新しい時代を生み出された。確かに先王は名君であられたとは思うが、良君であったとは言い難い。あのような能力のありすぎる苛烈な王は創業期以外はむしろ害にしかならない。文治の国に必要なのは良君であって、覇気や衆に優れた能力故に暴君と化す危険性をはらむ名君など不要だ。その意味では、他人に任せず、自ら率先して先頭に立つ旺季様も名摂政や名宰相の器ではあっても、所詮は王の器ではないということだ。文治の王の資質とは、人材を見抜く目と信任した相手に物事を任すことの出来る度量だと思う。主上に・・・、劉輝様に欠けているのは自信と経験だ。それさえ埋まれば、先王や旺季様よりもはるかに良い王となられるだろう。」

それは同時に公子一、優秀と言われた清苑公子は優秀であるが故に王の器ではなかったのだと言うことを痛烈に評するものだった。

  ***

「静蘭、檎ク可様に今夜お時間を戴くことが出来るか?」
「絳攸殿?」
「黄州に、いや正確には黄本家に行ってこようと思う。だが、例え突貫工事だとしても俺の知識の穴を埋めておかなければ話にならないから。」
「知識の穴?」
「ああ。紅門四家の筆頭姫家については俺もよく知らんと言っただろう。姫家は紅家の秘中の秘だから、紅姓でない俺には知る権利もないのだろうと思っていたし、紅本家の府庫にすら姫家についての資料は置いてなかったからな。今思えば、恐らく百合さんや玖狼様が俺の目に触れないように意図的に隠したのだと思うが、それでも断片的なものからだけでも姫家が紅家の後ろ暗い部分を受け持って来たのだということくらいは推測がつく。静蘭、知識は力だ。だが、同時に不確かな知識は両刃の剣だ。中途半端な知識しか持たずに百戦錬磨の黄家の人間とやり合うなど、武器も持たずに死地に赴くようなものだ。」

怜悧で緻密な頭脳と秀麗とも共通する一旦決断すれば梃子でも動かない意志の強さを露にした絳攸に対して静蘭は無駄と知りつつ説得を試しみた。

「氏より育ちとはよく言ったものですね。絳攸殿、貴方の気質は骨の髄まで紅家の人間ですよ。本当にお嬢様と良く似ている。駆け引きは経験がものをいうと言いますが、絳攸殿、貴方とて主上とそう年に開きがあるわけではないでしょうに・・・。貴方に、海千山千の権謀術数に長けた黄州商人の中でも名人級の黄一族を御すことが出来るのですか?」

王より僅か3歳年上でしかない若年故の経験不足からくる失態を暗に指摘した静蘭に対して、絳攸は自嘲気味に鼻で笑った。

「静蘭、それは違う。確かに、自ら権謀術数を駆使して政局を動かすという意味では俺は圧倒的に経験が不足しているだろう。だが、主上と違って俺は子供のころから、玖狼様や百合さんに目の付けどころ、ものの見方、考え方というものを徹底的に仕込まれている。」

そう言って不敵に笑って見せた絳攸に対して静蘭は諦めにも似た溜息をついたのだった。

   ***
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