20000HITSリクエスト企画部屋

□STAY GOLD (更新中)
1ページ/7ページ


あの日、あの刻に、目裏に灼きついた金。
廻る季節の中で、また出会う色を抱いて、多分ずっと。
この先も。

◆◆◆

「いいから、今は休みなさい」

尊敬する上司の楊修からそう言われても、絳攸は中々首を縦には振らなかった。
絳攸が16歳で史上最年少状元及第を果たし、様々な部署を経て、念願の吏部に配属されて1年半。
悪鬼巣窟の噂に違わぬ仕事量に、不眠不休で何日も泊り込んだことも、食事を忘れたことも、何度だってある。
これしきの不調などと訴えてみても、楊修が相手では手痛い返り討ちに遭うだけだった

「この報告書の内容は何だ?ここには使えない者はいらない。さっさと耄碌した頭をどうにかして来いと言ってるんだ」

そう言われてしまえば、絳攸にはグウの音も出はしない。
朦朧とする意識を必死で繋ぎ止めて、絳攸が朝廷内で唯一気の抜ける府庫を目指そうと席を立つ。
楊修と自分の会話は聞こえただろうに、吏部官は誰も絳攸の離席に気を払う者はいなかった。
ただ、手元の書翰を鬼の形相で裁いて行く。
これが、吏部。
楊修も既に手元の書翰へと目を向けていた。
それでも、絳攸はなけなしの体力を振り絞って礼を取ると、かの人がこちらを見ないことはわかっていても、せめて後姿だけでもと、精一杯背筋を伸ばして吏部を後にした。

◆◆◆

外朝を抜けると、途端に人の行き来は少なくなる。
絳攸は、少しだけ肩の力を抜くと、気が緩んだ為か、下腹部が鉛を飲んだように重く痛んだ。
あまりの痛みにその場に座り込みそうになるのを、丹塗りの柱に手を突いて必死で耐えた。
こんな痛みは、男の官吏にはないもの。
そう己に言い聞かせ、ジワリと浮いた脂汗を袖で乱暴に拭う。
吹き抜ける風が絳攸の頬をひやりと撫ぜ、その心地良さに幾分表情を和らげる。
いつしか、季節は秋になっていたのだと、絳攸は思う。
月の障りの痛み。
本来、官吏に女人はいるはずもない。
絳攸は、性別を偽っていた。
幼い頃に捨てられた絳攸を、紅家の当主である黎深が拾い、育ててくれた。
それは、養い親のほんの気まぐれであったかもしれないけれど、絳攸にとっては、一生尽くしても尽くし切れない感謝の念がある。
少しでもその恩に報いることができたらと、自らできることを模索した結果が、国試の受験であった。
かの人は、好きにしろと言ってくれた。
16のあの時は、それがどれ程無謀かも知らずに。
男だけの閉ざされた世界は、絳攸の不自然を容易く浮き彫りにする。
例えば、年々変化する肉体とか。
この、痛みだとか。
人によって症状の差があるとはいえ、絳攸もそこまで重い性質ではない。
ただ、不摂生に次ぐ不摂生で、数ヶ月に一度、自分ではどうにも制御出来ぬ位痛む時がある。
そんな時、決まって楊修が気付く。
顔色なんて、官吏になってから良かった試しもないのに、いつも絳攸の限界を見抜いてしまう。
その聡さに、背筋が凍るような気分を味わう。

(あの方は、俺の秘密を知らない筈…)

絳攸が女だということは、ごく身内しか知られていない。
知られては、いけないものだ。
公になれば、恩に報いたいと思う養い親や、その一族をも巻き込むほどの罪となるだろう。
多分、以前同じように月経に伴う貧血で倒れた時に、楊修に助けて貰ったことがあるからだろうと、絳攸は己に言い聞かせる。
まだ吏部に配属される前に、それと知らない楊修が、絳攸を介抱したことがある。
『君はまだ成長期だから、そういうこともあるだろう』と、吏部で再会してから、絳攸が同じ症状になると、楊修はそう言った。
男でも、中には血の足りない症状を持つ者もいると。
そう、言ってくれた。
だから、気付かれていない筈だと自らを奮い立たせると、絳攸は無心で府庫を目指した。

◆◆◆
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ