[30〜37話]

□34話
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それからゾロは闇雲にルフィを探した(どこに何があるやら解らないので)。途中でウソップたちと合流して手分けをして、ゾロは教えられた特別教室棟の方へ走った。
「ルフィ!! ルフィ――!! いるなら返事しろ!!」
暑くもないのに汗が出てくる。最悪のビジョンが脳裏に浮かんで視界が霞む。胸の中がもやもやした黒いものに覆われていく。それでも頭を振って払拭して、ゾロは血眼になってルフィを探し続けた。
「ルフィ―――っ!! ルフィ!? いねェのか!?」
「おい、そこの緑頭の兄ちゃん」
「……?」
声を掛けられ、渡り廊下の途中でゾロはハッと振り返った。
立っていたのは見たことのない、長身で眼付きの鋭い銀髪の男。
「あんた誰だ……。そいつ……ルフィか!?」
「彼を探してたんだろう?」
その男が横抱きにしていたのがまさしくルフィだったのだ。しかし、ルフィはぐったりと目を閉じ、それどころかシャツがビリビリに引き裂かれていて……。
「ルフィ……! 一体何が!?」
「あの黒髪の教師には悪いが眠って貰ってる。このコに悪さしようとしてたんでな。心配ねェ、薬を嗅がされて気絶させられただけだ。直に目が覚める。まだ何もされちゃいねェから安心していい」
「それは本当か? 怪我とかねェんだな?」
「外傷はない」
「けどこんな……。クソッ、なんてひでェことを……!」
どうしてルフィがこんな目に遭わされなければならないのか。悪ふざけにしても程がある。これは犯罪だ。
しかしゾロは何もできなかった自分が情けなくて、ルフィに伸ばそうとした手をグッと握り締めた。男がひとまずルフィを廊下に横たわらせ、頬をぺちぺち叩く。
破れた布地の隙間から白い肌が見え隠れしていることにゾロは耐えられなくなって、着ていたジャケットを脱いでルフィの上半身にかぶせた。
「ルフィ! しっかりしろ!」
ゆさゆさ揺すってみるも小さな顔に生気はない。イヤが応にも不安にかられる。その時ルフィ捜索隊のウソップと女子数人がルフィの名を口々に呼びながら慌てて駆けつけてきた。
「ルフィ!? な……っ、なにがあったんだルフィ!!」
ウソップが脇に膝をつき肩を揺するも、ルフィに反応はない。
事情を話せば一様に「ロブ先生のやつとうとう……」と生徒間で顔を見合せていることから、ルフィがロブ・ルッチという教師に狙われていたのは周知の事実だったと知る。
「あのやろう……許せねェ!」
ウソップが憤った。
「とにかく保健室へ連れていく」
ゾロが抱き上げれば、「おれも行く!」とウソップも立ち上がった。
しかしルフィの眉根がピクリと動き、大きな目がゆるゆる開いたのだ。
「ルフィ!」
「ゾロ……? あり? おれ水飲もうと思って外に……。あ、そうだ! 確かそのあとアイツに理科準備室に連れ込まれて……」
そんで? とルフィがムツカシイ顔をして首を傾げている。記憶がないのが不幸中の幸いかもしれない。
「大丈夫か。気分はどうだ」
「なんか頭イテェ。ゾロが助けてくれたんか?」
にっこり、とルフィが微笑んだ。不覚にも少しホッとした。
「いやおれじゃ……」
本当は、一番に自分が助けたかったけれど。……ったく不甲斐ねェ。
「ん? ウソップやみんなも、どうしたんだ? そんな深刻な顔しちまって。つ、つーかおれ抱っこされてんじゃん! カッコ悪ィ!! ゾロっ、下ろせっ!!」
「起きた途端騒がしいな……」
「全くだ」
ウソップも同意する。
「相変わらずだなァ、ルフィ」
しかし、地面に足をつけておとなしくなったところへ(上着は肩へ)、例の男がルフィの名を呼ぶのでゾロはルフィの頭上から男を見やった。
どうしてルフィの名前を……?
「え? その声、もしかして……」
くりんと振り返ったルフィが、男を見て首を傾げた。ちょっとの間微動だにしなかったのに、突如「あ―――っ!!」と叫んで男を指さすので驚くなんてもんじゃない。
「副船長だ!! 髪の色が変わったからわかんなかったよ!!」
「ああ、随分年を取った。11年ぶりだなルフィ、大きくなった……」
「副船長〜〜〜っ!!」
歓喜の声を上げながらルフィが男に走りよって行った。不覚にもゾロは呆気に取られてそれを見送る。ルフィが抱きつかんばかりに男の腕を両手に抱え、実に嬉しそうにぴょんぴょん跳ているのをゾロ始めその他一同ア然として見た。
「それ以上接近すんなよ……」
ぼそっと。
ゾロが「お前知ってるか?」とウソップに目配せするも、ウソップは「さぁ」と肩を竦める。
「おれは見たことねェ奴だ。あ、でもロブ先生のあとに出てった奴に似てるか……? 例え親戚だとしても、ルフィんちは謎だらけだからなァ」
「は? お前も親戚だろ?」
「母方のな。父方の方はよくわからん。ガープじいちゃんを知ってるくらいだ」
「へぇ……」
なんなんだそれは。
ルフィが一人興奮気味に男にまくし立てているが、ゾロ達には全く話しかける隙もなく。
「ルフィ、つもる話しはあとにしよう。夜には顔を出しにいくからな。お頭は達者で似合わねェサラリーマンやってるか? それよりどこも痛くしてねェか」
悲惨な有様のルフィを痛ましげに見やる副船長≠ニやらにルフィは「へ?」と首を傾げたが、ようやく自分の成りに気付いたのかビリビリに裂かれたシャツに手をやった。そして「ぅを!?」と己を見回す。
しかしルフィのことだから、あっけらかんと「なんだこりゃ〜」程度だろうと一様に踏んでいたのだが……。
意外にもルフィがガーン!!とショックを受けた顔で固まってしまい、みんなして驚いた。
「……な! どっ!?! ……!!」
しかも言葉になってない。
「ルルルルフィ! 安心しろ、大事には至らなかったみたいだし、そう気にするな! な!?」
「ウソップ……! おれ、でもっ」
「平気だよルフィくん!」
同級生達が口々に言い繕った。何度となく危ない目にあってきたルフィをいつもこうやって励ましたのはクラスメイトなのだろう。ルフィはなかなか友達想いの同級生に恵まれている。
ま、そもそも彼の人気のなせる業なのだろうが。
それがどうしたことか、今回はあっさり慰められてくれなかったようで。
「……ぅえっ」
突如、ルフィがひっくひっくとしゃくりあげるのでまたみんなしてカチーンと固まった。
「ル……」
や、固まってる場合じゃねェぞ、これは……。
いつもならなぜ泣くのかわからないゾロだが(最悪)、もしかしたら何か嫌なことでも思い出してしまったのかも、と内心おろおろした。
ルフィくーんと女子達が涙目になって(もらい泣き)、焦ってルフィを囲む。が、ルフィは大きな目からポロポロと涙を流すばかりで、こんなとき硬直して動けない自分にゾロは幻滅した。
「ごめん……ごめんなぁ……」
しかも被害者であるルフィが謝るとはこれいかに……?
「おいおいなんでルフィが謝ってんだよう!」
「そうだよー!?」
「だって……おれ、触られたかもしんねェ……。ごめん、ゾロごめん……っ」
「は?」
どうやらルフィは、ゾロとの約束ゾロ以外には触らせない≠守れなかったと思って泣いてるらしいのだ。これでは間接的にゾロが泣かせたようなものだ。さ、最低だおれ……。
ゾロはとりあえず「そんなことねェから」と首を横に振ってキッパリ否定した。
「お前が謝るな」
「そうだぞルフィ! お前はなんも悪くねェじゃねェか! ロロノアさんは何とも思っちゃいねェよ!! だから泣くなよ……!」
堪らず駆け寄ったウソップがルフィの肩に触れようとした。途端、ビクッとしてルフィが飛び退いた。こんなルフィは初めてなのか(おれは何度もあるぞ…/ゾロ談)、ウソップがぽかんとした顔になる。
「ルフィ?」
しかし副船長と呼ばれた男がルフィに手を伸ばすも、やはり同じ反応を示すのだ。ルフィ自身も首をかしげながら後退りしていく。
「あ、あれ? えっと……」
自分でも自分の行動がよくわかっていないようだ。「変だな」と頭をかくばかりで、誰も寄せ付けようとしない。相当混乱しているのか。
それとも――。
「い、いや! そうだよな……。悪かったルフィ。さっきの今だもんな、男には触られたくねェよな……」
可哀想になぁ、と人のいい親友は目をうるうるさせた。
つーか、これはヤバイ展開かもしれない。今度こそ本当にルフィの自己防衛本能が発動したかも……?
とか考えている自分にゾロはますます凹む。
ところが女子数人がハンカチを差し出してルフィの涙を拭いてやろうとするも、やっぱりルフィは首をブンブン振って下がっていくばっかりで。
その時、ゾロはようやく思い至ったのだ。
こんなときこそ自分の出番なんじゃないか。今の傷ついたルフィを抱き締めてやれるのは、自分しかいないんじゃないか……。
もっと自分に自信を持てよ、おれ。
「ルフィ」
「ゾ、ゾロ」
「……こっち来い」
両手を差し伸べたときにはゾロの中にもう一片の疑いもなかった。思った通り、とことことルフィが素直に近づいてきて、すっぽり腕の中におさまってくれたのだ。
「ゾロぉ〜〜〜! ごめんなっ!?」
いまだ涙声ですがってくるルフィがゾロは堪らなくなって、そっと冷えた腕をさすってやった。本当は思い切り抱きしめたかったけれど人目がどんどん増えてきたような気がするので。
それから肩に掛かったままだった上着に手を通させてボタンを留める。他人にルフィの肌をこれ以上見せておくのは耐えられない。
二人の仲を知っているウソップは納得いったようにウンウンと微笑ましく見ていたが、女子達はつまらなさそうに唇を尖らせた。しかし数秒後には「そう言えばあのイケメン誰!?」「ルフィ君とどういう仲!?」と素晴らしき立ち直りの早さを見せつけたのだが。
肝心のルフィはと言うと、チラチラ心配そうにゾロを見上げていたが、やがてしゅんと肩を落として俯いてしまった。
何か、声を掛けなければ……。そう思ってゾロが頭の中であれこれ言葉を選んでいたのに。
「ロブ先生が目ェ覚ましたぞ!」
とどこからか生徒の声が聞こえるなり、ルフィはめらめらと闘志をみなぎらせ、猛然と走って行くと例の教師をガツーンと一発ぶん殴ったのだった。


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