[1〜10話]

□3話
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コンビニ『マリーン』、一部気温上昇中。

やったァ〜〜〜!! と、ルフィは心の中で叫んでいた。
「いらっしゃいませ!」
自然、声が溌剌としてくる。ムダに元気な店員だと思われようが構わない。ついニコニコ笑顔になってしまって、キモイと思われそうだけど気にしない。
だってルフィは3日振り、“黒手拭いのヤツ”の会計に当たったのだから。
ピ! ピ! いつものおにぎり弁当と“お〜いお茶・濃い味”だ。
夜に来てくれたら賞味期限切れのおにぎりとかやれるのになァ、とかよく考えているがそのときになったら見るのに必死ですっかり忘れている。ちなみに今日はビビと一緒に遅番だ。
「あ、」
「へ!?」
“あ”だけではあるけれども、実はルフィは、彼の声を初めて聞くのである。おにぎり弁当と言えどもからあげとコロッケくらいは入っているから、電子レンジでチンしてもいいようなもんなのに黒手拭いはそうしない。いっちばん最初「あっためますか」とお決まり台詞を言ったらば無言で首を振られたことを思い出す。それでも諦めないルフィは悪足掻きして2度3度と聞いてみたことがあるのだが、やっぱり無表情に軽く首を振られるだけで終わった。しかしその仕草だけでもルフィはほわーっとなっていたのだが(格好良すぎて)。
アイツの声も聞いてみたい……と、実はちょっとしたルフィの野望だった。
で、あ、の続きだが。
「ラッキーストライク」
「ん?」
やっぱ声もイイー!
「煙草」
「ああ! ハイ、……えと、これですね」
ピ、っと。
ルフィは高校生だし、煙草は吸ったことがないので銘柄にはとんと疎い。おっさん達がよく買っていく銘柄はすっかり覚えてしまったが、ラッキーストライクのような洋モクは特に覚えていない。
つーか……。
「え! お前たばこ吸うんか!?」
品物をレジ袋に入れながらつい大きな声で驚嘆した。
しまったァ―――っ!! なに聞いてんだおれ!!
ちょうどガチャと奥から店長が出てきたところで、二重にしまった!だ……。
「ルフィくん、私語は……。あ、ロロノア」
ぼそりと店長の呟き。
「え、呼び捨て? おれにはいっつもお客呼び捨てすんなって怒るクセに……」
て言うかロロノアって言うんだ? 黒手拭いのヤツって!? 強そうな名前だな!!
「は、いけない! い、いらっしゃいませようこそ〜」
取り繕ったような店長たしぎの笑顔。も、けれど今のルフィには見えていなかった。黒手拭いへと視線を戻し「そうかーロロノアさんって言うのかー」と感激するのに忙しかったのだ。これはスゴイことだ。なわけで黒手拭いがたしぎを見てイヤーな顔をしているのにもルフィは気付かない。
しかし唐突に始まった店長と彼との会話に、ルフィはハッと我に返って二人を交互に見交わせた。
「こんにちは……ロロノアくん」
「てめェがくん付けなんざ気味悪ィぜ」
「一応お客さまですから。もう剣道はやってないんですか」
「まあ……」
「勝ち逃げですかそうですか」
「ちっ、相変わらずしつけェ女だな。……帰る。おい、レジ」
「へ!?」
レジはおれだよなそうだよな。あ、そっか帰るのか、ハイ、品物品物……。
「ありがとうございましたァ」
黒手拭いはレジ袋をひったくるようにして、不機嫌な顔のままコンビニを出て行った。
「たしぎ店長!!」
「は、はい!? なに大きな声出してルフィくん」
「アイツ! さっきのやつ、やっぱ知り合いなんじゃん!!」
「私が大学のころの話しです。あっちは高校生でした。中退しちゃいましたけど」
「ちゅ、中退!? 高校をか!? アイツ剣道やってたんだ!?」
すっげェ、色々知っちまった。ありがとう店長。
「ええ、まァ。でももうどうでもいいです。ルフィくんは仕事に戻ってください。ホラ、お客さん来ましたよ!」
「あ、うん、ハイ……」
うえーっ、そんなん気になって仕事んなんねェよぉ〜〜〜!!
ルフィは半泣きになりつつ、ロロノアロロノアと心の中で繰り返しながら、「いらっしゃいませ」となんとか笑顔を作ったのだった。


「いいなァ、ルフィさん。名前が解って!」
そろそろ閉店間際。客もいない。ので、店内清掃なんかしながらのこそこそ話し開始。今日は急遽時間外労働となっていた。
「じゃあビビ、コニスがこの間もらった花火大会のチケット、おれの分やるから“リーダー”誘えよ! な、そうしろ!!」
「え!? い、いいわよ……だったら私の分あげるからルフィさんが黒手拭いの人誘えばいいじゃない」
「はァ!? ム、ムリムリ!! 誰が男と花火なんか見たがんだよ!」
「あらそうかしら。ルフィさんとだったら楽しいと思うけどなァ〜」
「まあ、おれもそう思うけど。にししし」
「あはは! ルフィさんらしい〜」
「じゃ、おれから“リーダー”に渡してやるよ。この前はあっちから話し掛けて来たし、店員とか客とか気にしねェヤツなんだよきっと! な、そんなら恥ずかしくねェだろ?」
「え、でも……。断られたらショックかも」
「いいじゃん、OKだったらめっけもん、って感じでよ!」
「ん、そうね! そう思ってればいいわよね!」
「よし決まり! さっそく明日の昼に渡してやっかんな!」
「おねがいします」
ぺこん、とビビが頭を下げた。ポニーテールの青くてサラサラの髪が背中から前に流れる。
ロロノアさんだってきっと、ビビみたいな可愛い女の子がいいんだろうなァ……とふと思って、胸の奥がずきずきするのにルフィはちょっとだけビックリした。
「なんだろこれ……」
アイツみたいな格好いい男にビビみたいな可愛い女の子。頭の中で並べてみる。うん、お似合いだな、絵になる。見てるだけでうっとりできそうだ。なのになんでこんな悲しい気持ちになってんのか……。
「どうかした?」
「いんや!」
でもビビが好きなのは“リーダー”だし! へーきへーき! ……てなにが? とまたまた自問自答してみるも、「?」が何個か頭の上に浮かんだだけだった。
そのとき、店のチャイムがお客さんの来店を知らせる。ルフィとビビは声を揃えて「いらっしゃいませー」と、言おうとした、のだが……。
「店員どこだ! 金出せ!!」
タイガーマスクをすっぽり被って出刃包丁を持った、見るからに不審人物ー!って感じの男が一人、店に飛び込んできたのである。
「あああ、あれって……ルフィさん……!」
「おお、いかにも強盗だな」
棚の脇からこっそり顔だけ出し、ルフィは無意識にビビを自分の後ろへ隠す。
「で、ですよねェ……。で、どうすれば」
「ビビはこのまま裏へ入れ。店長に知らせんだ」
「ルフィさんは!?」
「時間を稼ぐ」
「でも刃物持ってるわよ!?」
「だからなんだよ。早く行け!」
「……はい!」
ダッとビビが裏へ入って行ったのを確認して、ルフィはスタスタと男に近付いていった。もちろん刃物が届く範囲までは行かない。
「金だ! レジにある金全部よこせ!! 早くしろ!!」
ぷんと漂う酒の匂い。思いつき強盗なのだろう。
「そこ、退いてくんねェとレジカウンターに入れねんだけど。虎のおっさん」
「あ、そうか……。て言うかおれはまだピッチピチの40代だ!」
「ピチピチって死語だろ」
「減らず口言うと刺すぞガキ!!」
「しょーがねェなァ」
足でも払ってやれば簡単にひっくり転けるとは思うのだが、それで逆切れされてお店のモノを壊されたらたしぎが哀しむと思うのだ。修理代もかかるし。今頃たしぎが警察を呼んだころだろうから、そんなわけでここはのろのろして時間稼ぎするに限る。
「あり、この鍵じゃなかったかなァ」
「早くしろっつってんだろ!」
「はいはい」
さっきからこの酔っぱらい強盗、ブンブン刃物を振り回してはいるがちっとも刺す気はなさそうなのだ。寧ろ本人の方が刃物を持っていることに怖がってるように見える。とは言えこんな事態に落ち着いていられるあたり、ルフィの大物さが伺えると言うものだが。
しかしお決まりのごとく、こんな時に限って客が来てしまったりするのだ……。
カランコローンと、店のチャイムが鳴った。
「お客さん! 入ってきたらダメだ!!」
「あ?」
うっわーっ! ロロノアさんだラッキー♪ って喜んでらんねェよっ!!
「ロロノアさん入ってくんなっ」
「なんでおれの名前知ってんだ」
「店長に聞いた! …じゃなくってさァ!」
「誰だお前」
これは強盗に向けられた言葉。
「ルフィくんルフィくん! 今110番しましたから……!!」
「ちょっ……店長まで出てくんなーっ!! たくもう〜〜、おれだけでいいっつーのに!!」
「あァ!? お前なに言ってんだ!」
どうやらこれはルフィに向けられた言葉だったらしい、ギロ、と黒手拭いに睨まれた。え、なんでおれ……? 
ちなみに黒手拭いは黒手拭いを巻いていない。夜来るときはそうだ。珍しい緑の髪に、いつもなら「触りてェ〜」とか思っているルフィだったのに……。
「ロ、ロロノアさん?」
「そこでじっとしてろよ」
「へ!?」
決着は瞬く間だった。瞬きしなくて良かったとルフィはのちのち思ったくらいだ。
“黒手拭いのヤツ”改め“ロロノアさん”が、入口横にあったビニール傘を一本引き抜いて構え、それから前へ蹴り出たと思ったらバシンと言う痛そう〜な音と共に強盗の手からナイフが落ちた。次いで膝の裏を打ち男がガクンと膝を折る。最後は横から顔面を膝蹴りし仰向けに転倒させたところを、ロロノアはくるんと傘を逆さに持ち替えその柄をドスッ、と男の鳩尾にねじ込んだのだった。
ぐえ、と呻いたっきり、強盗はその場に伸びた。
「かっ、かっこいー!!!」
すっげーかっけーちっくしょー抱きつきてェ〜〜〜っ!!
ルフィは両拳を握りしめてキラキラした顔でロロノアを見た。まるで正義のヒーローを前にした子供だ。
自分の出番がなかったことに関してちょっとだけ悔しいと思ったのだけれど、そんなことももうどうでもよくなるくらい、ロロノアはめちゃくちゃ格好良かった。


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