[1〜10話]

□5話
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コンビニ『マリーン』内、事務所兼応接室兼休憩室では、約1名にのみ、季節外れのブリザードが吹き荒れていた。

「おれ、嫌われちったみてェ……、ロロノアさんに」
「えぇ!? まさか!」
ルフィとは2時間遅れでバイト先にやって来たビビが、出勤早々そんなことをルフィに告げられ素っ頓狂な声を上げる。
「ホントだもんよ。だってな? 今日もロロノアさん来たから、おれ『こんちは!』って挨拶したんだ。したらさァ……、会釈すんだよ、会釈」
「それで“嫌われた”になるのォ?」
「いつもだったら『あァ』とか『おお』くらい返ってくるもんよ! なんつーかさ……よそよそしい、っての? うんそうソレソレ」
「あ〜〜、でもあの人もともと愛想はないわよね!? き、気にすることないわルフィさん! たまたまよォ、たまたま! あははっ」
「ビビのが気にしてそーだぞ……」
「あはー……」
「ハァ……、ぜってーおれが馴々しいから怒ったんだ……。うっとおしいって。どうしたらいんだろ……」
「私、ルフィさんの馴々しさは愛敬だと思うの!」
「だから?」
「つまり欠点じゃないってことよ! ロロノアさんがルフィさんを嫌うハズないわ!!」
「……ありがとなァ、ビビ。おまえいいヤツだなァ」
「気を落さないで。大丈夫だから!」
「んー…。でもやっぱ嫌われたと思う」
「ち、違うってば!!」
「おれ……謝ってくるぞ」
「はい?」
「ごめんって言ってくる!!」
「えぇ!? いまから!?」
「うんだってこのまんまじゃ仕事になんねェし! んじゃなビビ!! 店長にちょこっと出てくるって言っといてくれ!!」
「それはいいけど、でも……、ちょっと! ル、ルフィさん!?」
ビビの制止の声も届かず、ルフィは制服のまま猛然と『マリーン』を飛び出していた。


「あれ? ラキか……?」
ラキだ。コンビニ『マリーン』の正社員のひとり。今は産休でお休み中なのだ。
「ゾロォー!! あたしだよ、こっちこっち!」
ラキが遠くの方へ声を掛けている。大きく手を振って、もう片方の手に何か紙のような物を持って。
コンビニの近所にある土建屋の事務所はプレハブの二階建てで、舗装されていない結構な面積の空き地に立てられていた。そこへ、とりあえずルフィはロロノアを探してやって来たわけなのだが……まさかラキがいるとは。
ゾロっての、旦那の名前か?
なんとなく声を掛けそびれてルフィは成り行きを見守った。が、プレハブの影から駆け寄ってきたその“ゾロ”と言う人はどう見ても……。
「ロロノアさん!?」
「あ……、レジ」
やっべ気付かれた!! とか思いつつ、てけてけっと近寄って行く遠慮のないルフィなのだが。
「ごめ……お邪魔だったか? ど、どうぞ続けてください……」
「誰かと思ったらルフィじゃないか。ゾロと友達?」
物珍しそうにラキが首を傾げた。艶々の黒髪が揺れる。
ラキは“ゾロ”って呼んでんだなァ……。
ちょっと羨ましいけれど、やっぱりルフィには“ロロノアさん”なのだ、だって――。
「と、友達とかそんなたいそうなもんじゃねェんだラキ!」
ぷるぷるとルフィはかぶりを振った。
「ふうん」
「あ、でもなでもな! ロロノアさんはマリーンの恩人なんだぞ! 強盗やっつけてくれたんだ!! すっげェかっこよかったんだぞ!?」
「え、そうなの!? あの人なんにも教えてくれなかったよ。お手柄だったんだ、ゾロ」
あの人? て誰だ? くっそー二人の世界かよ!
「別に。店のためじゃねェし、それにコーザ以外に話してねェしな」
「店のためじゃなかったらなんなのさ」
「こいつが……」
不意に視線を向けられ、ルフィの心臓がドクンと跳ねた。そういや職場のロロノアさんって初めて見る……。
汗が、こめかみからシャープな顎にかけて伝い落ちていく、そんな一瞬の様にもついうっかり見惚れそうになったりして……、素直に男臭くていいなァと思う。
おれなんか冷房利きっぱなしのコンビニ店員だもんなー!
と、それよりも。
「なんだ、ルフィのためだったんだね?」
そのラキの言葉には、大いに反応を示したルフィだった。
「え、やっぱそうなんか!?」
「………」
おわーっ、否定しねェー!! やったァ――!!
現金なルフィの顔がぱァっと輝いた。けれどもすぐにラキとの関係性を思い出し、表情を暗く曇らせる。ラキの服の裾をつんと引っ張って眉を下げ、ルフィはラキを見た。
「そんときはそうだったかもしんねェけど、今は違うんだラキ……」
「違うって……どう?」
「そんでおれ、嬉しくって調子んのっちまってさ。だから……なァ、ロロノアさんは、おれんことうっとーしくなったんだろ?」
それからチラとゾロを見上げた。
「あ? なに言いだすんだお前。ワケわかんねェよ」
「違うみたいだよ」
「へ!?」
違うって……、今どこらへんからそう取れたんだ!?
「だよねェ、ゾロ」
こく、とゾロが頷く。
「えー! マジか? ホントか!?」
「あ、それよりゾロ」
それよりじゃねー!
「ん?」
“ん?”だってよ! なんかいいなァ……。
さっきから一人百面相のルフィである。
「ワイパーにこれ渡しといて。保険証、帰り病院寄るって言うから。あたし赤ちゃん待ってるから急いでるんだったよ! じゃあね頼んだよ!?」
「あァわかった」
「そうだ、また晩ご飯でも食べにおいでね!」
それだけ言うと片手を軽く挙げ、ラキは足早に立ち去ってしまった。
「ワイパー? ば、晩ご飯?」
ルフィの頭は新たな情報に追いつかない。
「ワイパーはラキの旦那。そこんちへおれは2年ほど前に下宿させて貰ってた」
「ラキの!? 旦那!? ロロノアさんがラキの旦那じゃねェの!?」
「なんでおれだよ! おれァ独身だぜ」
「下宿って……あのォ、いくつんとき?」
「17」
「ふーん……」
てことは今19……だよなァ? うわーい、歳知っちった!
「つーかロロノアさん! 未成年飲酒!!」
「気にするか? なら買わねェよ」
「うえ!? き、気にしません……。それよか気になると言えば……じゃあ、か、彼女は……? いる?」
「いねェけど?」
「そっかァ! しししし!!」
「なんでんな嬉しそうなんだよ……期待すんぞ」
「ん? ホントだな。なんで良かったーとか思ってんだろおれ?」
う〜む、とルフィは顎に手をあて“考える人”ポーズ。そして首を傾げ、いつもの「?」マークを3つばかし飛ばした。
でも嬉しいものは嬉しいのだからしょーがない。
「お前は? レジ」
「お?」
「女、いんのか。……あのコニスって店員とか。前に客が絡んでたとき睨みまくってたじゃねェか」
「んー? よく覚えてねェけど、コニスは彼女じゃねェぞ!」
「そうか……、そんならお前の片思いか」
「い゛!? なんでそうなんの??」
片思いと言うならば、ルフィのゾロに向けるこの気持ちの方がよっぽど似ている、と、思う……。男同士だから似てるだけだけど。
「またおれの勘違いか……」
あーあ、と溜息混じりにゾロが額を押さえた。
……また??
「見てるだけってのはいいのか悪ィのか……」
「も、もしかしてロロノアさん、コニス狙い!? だ、だめだぞ! コニスには気になってるヤツがいるんだぞ!」
て、なに言うかおれー!? やきもちかァ!? ギャー、かっこ悪ィー!!
「おれは誰も狙ってるつもりは……」
「コニスのお気に入りはなっ、顔にいれずみのモヒカン長髪で既婚者の……、あ!そうだった既婚者だった! やべェなァおれまだ言ってねェんだよ!!」
ややパニック気味のコンビニ店員である。
「そいつってもしかしてアイツのことか……?」
と、ゾロの指差す方向には。
「そうそう! あの恐そうなん!!」
くだんの男がパイプを肩に担いでこちらに向かって歩いてくるところだった。
「うわ出た!!」
「ゾロなにやってんだ。そいつ、どっかで見たことあんなァ」
その浅黒い肌は何人だと言いたくなる、通称“いれずみのヤツ”であーる。
「これ、ラキから」
「来てたのか。悪いな」
「こいつがワイパーだレジ」
「こいつがァ!?」
「レジ? あァ、マリーンの店員じゃねェか。お前ら友達だったのか?」
「ま、また言われた! そんなたいそうなもんじゃねェから!! な、ロロノアさん!?」
正直なれるモンならなりてェんだけど……!
「まァな、お前とは友達じゃねェよな。おれが一方的に見てるってだけで。つーか店員が客の顔覚えてる時点でおれには信じらんねェけどな」
「………」
な、なんか……今ドキッとすること言われなかったか? いや気のせいだよな……。
それよりも“顔を覚えたのはロロノアさんがかっこよかったからだ”と、伝えておくべきだろうか。
「お前は他人の顔ちっとも覚えねェからなァ。あァ、誰か呼んでんな。先行くぜ」
「わかった、おれもこいつと話したらすぐ行く」
続いてワイパーも立ち去ってしまった。やーっとこ、二人っきり。って緊張してくんじゃんか……。
「で? 今日は誰に用事だ?」
「うん、ロロノアさんに! ……おれ、馴々しくてごめん!!」
ぱちん、とルフィは顔の前で手を合わせた。合掌。
「馴々しいか?」
「馴々しくね?」
「あんま思わねェな。人懐こいとは思うが……」
「人懐こいからおれのこと嫌いんなったんか?」
「はァ!?」
「だって今日はよそよそしかったじゃん!!」
ついつい声に怒気が入る。
「……おれは怒られてんのか?」
「あ、わわ、ごめんなさい……」
これがいけねェんだよこれがァ〜〜〜。ハァ、おれのバカ。
「おれは……だなァ、レジ」
「あい」
覚悟はできております。
「遠くから見ててェんだよ。なんかありゃ放っとけねェけど、さっきみてェに余計な誤解しちまってもその方がいいんだ。でねェと……」
「えっと、よくわかんねェ」
眉を寄せ、ルフィは首を傾げた。
それはコニスのこと言ってんのか? それともロロノアさん的に? それとも……おれのこと、じゃ、ねェよな……。うわまたおれってばポジティブー!!
「だからだなァ、なんつったらいーんかな……」
ゾロが考え込むように鼻をこすり足元へと視線を落とした。切れ長の目を細め視線を彷徨わせ、眉間にしわを寄せて険しい表情で……。
うっひゃー、そんな顔もまためっちゃ男前なんですけどー!
「ちっ、うまく言えねェ」
「あ、うん」
「悪ィな……」
「や、ぜんぜん……」
と……、ゾロの片方の手がなんとく伸びてきて、ルフィの軽く握られた手の甲をするっと撫でた。多分、触った本人は特に意識していない。
なのにルフィときたら、その感触にどうしたことか、一気に顔の温度を上げたのだ。
「……っ!」
ついでにビクッとなった。
バッ、バババ、バカ……っ! なんでそこで赤くなるんだ!?
「おっ、おれ店戻んねェと!」
こりゃー一時退却だっ!
「は? いきなりだな。けどおれもいい加減仕事に戻んねェとな」
「うんじゃあな! 邪魔してごめんなっ」
「あぁ」
ルフィは2、3歩後ずさってから、ゾロにバイバイと手を振ってちょっと笑った。そして慌てて踵を返した。
けれどてけてっと走りだしたところへ名前で呼ばれた気がして、ハッと振り返る。
「え、今……」
「いや、あー、レジ」
「うん」
「嫌いじゃねェから」
それにルフィは一瞬だけぽかんとして。
「……うん!!」
破顔し大きく頷くと、今度はブンブン元気に手を振った。
今回はそれだけ解れば充分だ。
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