[1〜10話]

□7話
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コンビニ『マリーン』へは、いつもバイト学生ルフィはマイチャリ通勤なのだった……、が。

「だーっ!! 間に合わねェかと思ったァ!!」
「こらこらルフィくん? ギリギリなのは解りますけど、声が大きいですよ!」
さっそくレジにいた店長にたしなめられた。またやっちまったか……?
ルフィは大汗をしたたらせたまま、にひひと愛想笑いを浮かべ「はよーござーまーす」と業界あいさつをしていそいそ更衣室へ向かった。
昼2時といえば真夏は30度を軽く越す。その猛暑の中、いつもの自転車ではなく走って来たのだ。自転車ならば5分の道のりだが坂道の多いこの地区は徒歩のものには結構きつい。しかもルフィは余裕をもって家を出るタイプでは決してないので、出掛ける時間になってマイチャリ「メリー2号」がパンクしていることに気付いてしまったのである。
ルフィは走った。足には自信がある。
しかし暑かった死ぬかと思った。途中、工事現場で働く“ロロノアさん”が見れないかと4歩分くらい立ち止まりはしたがそれどころでないとまた走りだした。
更衣室では休憩中のビビが迎えてくれた。ビビの笑顔と青い髪は涼しげで(ついでに冷房もきいていて)、ルフィの汗もさっと引いていく。ありがたしありがたし。
「今日はたいへんだったのね、ルフィさん」
「うん……。メリー直してやんねェと」
「メリー?」
「自転車の名前」
「ぷっ、かわいい!」
「ベルが羊の形なんだぞ! すっげかわいいんだ」
「へェ! 気付かなかった!」
「あーあ、帰りは歩きかァ」
「ルフィさん、今週は閉店時間までだものね。夜道危なくないかしら……」
「そんなん平気だぞ。おれ強ェから」
「あら、後ろから抱きつかれでもしたらどうするの!? 人なんていざとなると何もできないものなの!」
「つか何で抱きつかれるんだ?」
ルフィは思わず眉根を寄せて首を捻る。
「だから痴漢とか変質者に……」
「あのなァ! おれは男だって!!」
「暗かったらわかんないわよルフィさんなんか!」
「なんかとはなんだなんかとは!」
「なんかだからなんかよっ!!」
なぜかケンカになってるし……。
ビビは「心配してあげてるんじゃない! なによロロノアさんに会えないからってルフィさん機嫌悪いんだわ!」と言うだけ言って、お嬢様らしくなくバタバタ店へ戻っていった。
「ちぇっ、なんだよビビのやつ……。そんなん知ってるよ」
ビビが心配してくれてるのも、自分がちょっと気が立ってるのも……。
なにがいけないかってもう3日もゾロに会っていないからだ。顔を見てない。ルフィは簡単な話し、“ロロノアさん”不足なのである。
それもこれも、シフト変更のため。
夕方から閉店までのシフトに就いていたパートの双子姉妹が揃って入院したとかで、退院までの間、ルフィが代わりに入ることになったのだ。
基本的に店長は未成年者を20時以降に働かせることをよしとしないのだが、“店のピンチは自分のピンチ”なルフィにとって黙っておけることではなかった。他にバイトや正社員はいたが、たしぎは主婦や学生の事情をすべて考慮しようとするものだから今回適任者がいなく……、店長が「一人でもなんとかなります!」なんて言いだすので、ルフィは自ら立候補したと言うわけだ。結果、勤務時間を増やさない方向で14〜22時出勤に当面の間変更、となった。
が、このときルフィにとって、たいへん大事なあることを失念していたのだ……。
ゾロが現われるお昼の時間帯に店に入れない、ということを。
「あ〜〜あ〜〜。ロロノアさん見てェよう」
会いに行こうかいっそ、なんてちょっと考えてしまう。……かなり重症だ。
制服に着替え店へ入ると、レジにいた店長に「ルフィくんここお願いします」と言われた。
ビビがレジを打つ横で、ルフィは品物を袋に詰めた。しばらく客が続いたがやがて途切れ、二人でほうと一息吐く。
「お客さんて波があるわよね〜」
「そうなんだよ、混むときは一気に混むよな」
「……」
「……」
「さっきはごめんなさい!」
「おれもごめんなさいっ!」
ペコペコ、と頭を下げ合い、無事に仲直り。顔を見合わせていひっと笑う。商品棚の向こうからコニスのクスクス笑いが聞こえてきて、ビビが事情を話していたのだろうと察した。
「ビビの言う通りなんだ……。おれロロノアさんに会えなくてくさくさしてんの!」
「実は昨日ね、ロロノアさんに聞かれたの。レジは?って。ルフィさんのことよ!」
「ホ、ホントか!? で、で!?」
「訳は話しておいたから、今日あたり夜にでも顔出してくれるんじゃないかしら?」
「え〜〜? あのロロノアさんが? そっかなァ……」
「昨夜リーダーと電話で話したところによるとね、ロロノアさん、なんかイライラしてるって」
「イライラ!?」
「きっとルフィさんの顔見れないからよ!」
「わっはっはっ! ないない! ねェってそんなこと〜〜」
「あ、そっか。ルフィさんにはまだ伝えてなかったんだわ」
「ん?」
「でも言っていいのかしら……」
「それよかビビ、リーダーとラブラブじゃんか!! 電話って携帯か? メールとかやってんの!?」
「うふふ、うんっ! ルフィさんの携帯も教えて欲しいって。教えていい?」
「いいぞー。……あ〜あ、ロロノアさんも携帯持ってたらなァ! したら多分こんな気分になんねェのによ……」
「私……! お店に顔出すようにリーダーから言ってもらうから! だから元気出して!?」
「や、いいよいいよ! そんなんおれがかっこ悪ィじゃんよ! 会いたかったら会いに行くし、来てほしかったら自分で言えるぞ? でもあんがとなー、ビビ」
「ううん……。そ、そうよね。ルフィさん、男の人なんだものね! その辺は女の子と違ってモジモジすることないかァ!」
「ま、まァな……」
はっはっはっ、と笑ってみせるルフィだったが、たかが3日されど3日……。
ルフィにしては不思議なことに、嫌われたらどうしよう、とか思ってしまい、いまいち行動に移せないでいるのだった。


しかしてその夜、閉店間際。
「ロロノアさんが来たー!!」
「な、なんだよ……。来たらいけねェのかよ」
暇なので雑誌の整理整頓なんかをしていたルフィのもとへ、下だけジャージ姿(なぜジャージ?)のゾロが現われたからルフィが喜ばないハズがない。
「い、いけねェわけねェじゃん! いらっしゃいませー!」
「とってつけたようないらっしゃいませだな」
いつもの仏頂面。だけどよいよ! ぜんぜんよいよ!!
そこへ、たしぎ店長がなにやらコンテナを抱えてやってきた。
「あ、ロロノア……くん、いらっしゃいませ。先日はどうも」
花火大会のことらしい。あれは確かに楽しかった! またみんなでどっか行きてェなァ〜〜。
「ルフィくん、すみませんがこれを陳列して……キャー!」
が、つるーんと足を滑らせたたしぎが二人へ向かって突進してきて、ルフィは咄嗟に両手を差し伸べた。
「おわ店長ー!!」
どさっ。
「お?」
けれど手にはコンテナのみ……。
「ったく、相変わらずそそっかしいんだなあんたは」
「ギャー!!」
と、叫んだのは、実は抱き留められたたしぎと、なぜかルフィもなのだった。
「は、早く離しなさいっ、ロロノア!」
「あのなァ……」
呆れた態でゾロが彼女を立たせてやっている。
「こほん、あ、ありがとうございました」
「ダ、ダイジョブだったか? 店長」
「ええ、ルフィくん。商品が無事でよかったです」
「そっちかよ……」
とはゾロの呟きだ。
たしぎは「やっぱり自分でやります」とルフィからコンテナを奪い、「事故ですから!」と囁いて棚の間へとそそくさ消えて行った。よっぽど気まずいらしい。女性はたいへんだ。
それよりもルフィは実に物欲しげに指をくわえ、突っ立ったままのゾロを見上げてしまうのだった。
だって……。
「いいな、たしぎ店長……」
「あ?」
いいなーいいなー。抱っこだよ抱っこ。ちぇー!
これが、ルフィがおたけびをあげてしまった理由である。
「おれも事故でいいから抱きつきたかった……」
との訴えはしかし、やっとこ買い物を開始できたゾロには残念ながら届かなかったのだが。
「あ! そうだ店長!」
てけてけとルフィが店長を発見して駈け寄る。
「はい?」
「もう閉店時間だしさ、ロロノアさんに賞味期限切れたおにぎり、あげていいか?」
「はい構いませんよ」
にっこり頷いてくれた。
「ありがとう!!」
やったぜラッキー♪ これで話し掛ける口実ができるのだ。次はいつ夜に来てくれるか解らないし、見だめ見だめ……。
「ありがとうございました〜〜」
そうしてゾロの会計を済ませたルフィは、ワクワクしながら「んっ」と別のレジ袋も差し出した。
「買ってねェよ」
「いいんだ! おまけだ! エビマヨおにぎり売れ残ってたからさ!!」
「なら……、サンキュ」
「おう!」
「レジ」
「ん?」
「もうバイトあがりだよな、外で待ってる」
……はい!? 聞き間違いか!?
「そ、外って……。なんでロロノアさんがおれ待ってんの……?」
動揺が隠しきれなくて、どぎまぎしてしまうし。
「家まで送る」
くい、とゾロの指した親指の先には、果たして駐車場に停められたダンプが一台。ゾロとコーザがいつも乗ってくる、例の……。
「へ!? アレで送ってくれんの!? でも車だったら3分で着くぞ!?」
「徒歩だと?」
「10分以上は……」
坂だしな。
「なら送る」
「………」
送られることにした。
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