[1〜10話]

□9話
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コンビニ『マリーン』開店前、ルフィはビビから衝撃的事実を聞かされ愕然としていた……。

「へ? ロロノアさんが来なくなったって……なんで? 休んでんの? 一昨日の夜だって送ってもらったのにおれ……」
「一人だけ現場が変わったんですって……。リーダーに昨日聞いてびっくりしたの」
「現場が変わった……」
「ええ」
実は昨日、ルフィは丸一日寝込み、その日の夕方ビビからのメールで「明日から元のシフトに戻るって」と知らせを受け、今日は朝から出勤したワケなのだが……。
「昨日の夜、バイトが終わってリーダーと少しだけ会ったんだけど、そのとき『今日はロロノアさんお休みだったのね』って聞いたら『アイツは現場が変わったんだ』って……」
「も、戻ってくんだろ?」
「それが……解らないって」
「どこの現場? どこ行ったら会えるんだ!?」
「そこまでは私には……」
「こ、今夜! リーダーと会う約束取り付けてくれよビビ!! おれからリーダーに聞いてみる!!」
「わ、わかった……!!」
さっそくピポポっとビビがメールを打ってくれる。ルフィもリーダーのメアドは知っているのだがまだ送ったことはない。それになんとなくビビ抜きで会う気にはなれない。
「送信OK! 返事はだいたいお昼休みに来るから、私達のあがる時間には返事が来ると思う!」
さすがに店の中で客と堂々会う約束はできないのである。
ルフィはうんと大きく頷き、「ありがとな」とルフィにしては神妙な顔つきで頭を下げた。


ルフィは一日をこんなに長いと思ったことはない。
夏休みなんか特に、あっと言う間に過ぎ去っていたように思う。ゾロを店で見るようになってからなんて、午前中が本当に早く過ぎて……。
それが今日の長さと言ったらどうだ、ルフィは待ち合わせである『マリーン』前で、駐車場の縁石に座り込んでもう何度目になるか解らない溜息を吐いていた。
「ロロノアさん、なんであのとき言ってくんなかったんだろ……」
最後となった日のことだ。
もし今すぐゾロに会えるとしたら、一番聞きたいのがそれだった。
「キ、キスして忘れちったんかな……?」
キス、したんだよなー……、と、ルフィは思いだして真っ赤になる。そしてブンブンと頭を振ってほっぺたをベチ!ベチ!と叩く。
ビビは一旦うちに帰ってから来るらしいので、ルフィにはあと数時間ひとりで考える時間がある。考えるのは不得意とかいう以前の問題なのだが、昨日は熱でうんうん唸っていたので何の考えもまとまらなかったのだ。
あの、雨の日。ゾロに突然キスされたあの夜……。
ルフィは10秒で家に帰れるところをボーッと歩いていて家を通りすぎて、結局町内一周して戻ってきた。タイミング悪くその日は家人が不在で、ルフィはずぶ濡れで身体が冷え切っていたにもかかわらず、風呂にも入らないでキッチンであり合わせのものを食べながらまたひらすらボーッとした。例えショックなことがあろうと食べることは忘れないのだ。
そうして翌朝、スゴイ熱で起きあがるのもままならず、やむなくバイトをお休みすることに……と、繋がるのだった(けれど体力自慢のルフィは一日あれば全快する)。
無意識にルフィは自分の唇に指で触れていた。感触なんか覚えていない。口の中を舐められたような気もしたけどそれすら不確かだ。
あのときはただただびっくりして緊張してドキドキして、それからちょっと怖くって……記憶が所々抜け落ちている。でも同じ男にキスされてイヤじゃなかったことも、“ロロノアさん”がちゃんと謝ってくれたのも覚えている。ルフィはそれに「いいよ」と言ったのだから、ゾロが罪悪感を抱く必要はない。が、ひょっとして会わす顔がないから黙って去ったのだろうか……なんて思うと、なぜあのときすぐに車を降りてしまったんだろうと後悔せずにいられなかった。
「ハァ〜〜〜、ロロノアさん……」
また溜息を吐いてしまった。
だってもし本当に、このまま会えなかったら……?
――もう一つ、ルフィは聞きたいことがある。
「なんでキスしたんだ? おれに……」
友達にもなりたくないような男の自分に。あんな風に無理やり。
「なんとなく、とか? 気紛れとか? んん〜〜、あとなんかあるかな」
嫌がらせとかからかわれたとかは、なぜか思えなくて。
おれってやっぱポジティブすぎる……。
結局よい考えはまとまらないまま約束の時間になった。ルフィはリーダーとビビが来るまでの間、ジュースを3本も飲んだせいか(だって炎天下だったのだ)、お腹がたぽたぽゆっていた。


リーダーのすすめで3人は駅前の居酒屋にやってきた。ついでにメシを食うのだ。大賛成だ。
「ごめんなリーダー、突然……」
眉を下げ、一応ルフィは向かいのコーザにぺこりと詫びる。ちなみに隣はビビだ。
「いや、おれも聞きたいことがあった」
ラッキーストライクを灰皿でもみ消し、コーザがそれに返した。
「おれに?」
「えっ、そうなのリーダー。ロロノアさんのことで……?」
「もちろん……」
ちょっとした沈黙があったが、店員が飲み物のオーダーにきて話しは一旦中断。
コーザは生ビールを、ビビがオレンジジュースを。ルフィは一刻も早くゾロのことを聞きたかったので、悩みもせず「ビビと同じヤツ」と早口に言い店員が去るなり話しを切り出した。
「リーダーの質問はあとで聞く! おれ先な!!」
「ル、ルフィさんたら……」
「あぁ、いいぜ。聞きたいことはだいたい察しが付くしな」
「うん、ロロノアさんの新しい現場教えてくれ」
「それは口止めされてる」
「えぇ―――っ!! なんで!? つーか……おれに、ってこと?」
「……あぁ、悪い」
「リーダーが謝ることねェけど……そっか、そうなんだ」
ルフィはぎゅっと心臓が痛くなって、俯いてしまった。下を向いてる自分なんてらしくないとは思ったけれども。
ホント、ロロノアさんのことになるといつものマイペース崩れちまうんだよな、おれ……。
「おれだって現場変わるの聞いたのは前日だったんだぜ? ロロノアに『おれの代わりにルフィを送り届けてやってくれ』って、それがなかったらおれにも言わなかったかもしれない、アイツのことだから」
「私わからない!! そんなにルフィさんのこと大事に思ってるのにどうして黙って行っちゃうの!? しかもどうして行き先を隠すの!?」
気の強いお嬢様ビビが、バンとテーブルを叩いた。しかしルフィはそれに救われる思いだ。
でも本当に大事に思ってくれていたら黙って行ってしまうだろうか……。ルフィには考えられない。
「ルフィ」
「ん?」
コーザが少し声のトーンを落とすので、ルフィはふっと顔を上げた。
「自分のせいだとか思ってるか?」
「少し……」
「え? どうしてルフィさんが自分のせいって思うの?」
「それは……えっとー」
「その辺の事情はおれがルフィに聞きたいことと関係があるってことであとにしよう。で、これだけは言っとくが、ロロノアは現場を変わりたくないとおれには言ってた」
「ホント!?」
「あぁ、ルフィと離れたくなかったからだと思う。『アイツ見れなくなんのが辛ェ』って言ってたからな」
「そ、そうなんだ」
だったらすっげー嬉しい。
「それ本当なのリーダー! 良かったじゃないルフィさん、それなら会いに行ってもいいんでしょ!?」
「でもビビ、ロロノアさんはおれには行き先内緒なんだって、さっき……」
「あ、そうか……。離れたくないのに秘密なんて……、やっぱり私には理解できない!」
「うん、怒ってくれてあんがとな、ビビ」
「ルフィさん……。ルフィさんが怒ればいいのに」
ぷくっと膨れてしまったビビにルフィはどうしようかと思ってしまう。女の子の慰め方なんか知らないのだ。
「ロロノアはな、実は家出中の身なんだ……。だから上に頼まれるとイヤとは言えなかったみたいだ」
「ええっ!?」
二人でハモる。
「自分に負い目があるからルフィのこと、積極的になれなかったのかもしれない。憶測だけどな」
「でもだからって……!」
「あぁ、確かにおれにもハッキリした理由は解らない。だからルフィに聞きたい。ロロノアとなにがあったのか……。アイツ、お前を送って帰ってくるなり『マジで怖がらせちまった』って、そうとう落ち込んでた。アイツ、お前に何したんだ……?」
「や、それはだから……キ、ぁあー、えっと〜〜、う゛う゛……」
「珍しい、ルフィさんが言い淀むだなんて」
「失敬だなビビ……。えと、そ、それはな? ……あ、そうだ! ロロノアさんは『コーザの言う通りだった』って言ってた。こ、これでだいたい解る……?」
チロ、とコーザの出方を伺う。
「……わかった」
「私には全くわかんないんですけどっ!?」
ビビだけが喧々囂々となったのだが、タイミングがいいのか悪いのかドリンクが運ばれてきてまたまた一時休戦。ルフィの為に料理を鬼のように注文して(ヤケ食い用)、なにはなくともとりあえず乾杯した。
そして閑話休題。
「もー! 男の人ってなんで大事なことはだんまりなのかしらっ」
「あー、悪かったってビビ! でもこれはルフィのプライベートだから、な? ビビなら解るよな」
「わ、わかるけど〜〜!」
ぷんぷん! とリーダーにそっぽを向いてしまうビビがなぜだかルフィにはかわいく見え、そして羨ましく思えた。
「いい感じだな〜〜、お前ら! いいなァ……」
ルフィはチラチラと交互に二人を眺めて、自分もロロノアさんとこうなれたら……と思って首を傾げた。
それって彼氏彼女のことじゃねェよな……? いやそんなんあったり前だよな……、なに考えてんだおれ。
「そ、そうかしら……?」
ルフィの言葉に、はにかむカップルがまた微笑ましい。
「で、ど〜〜〜しても、教えてくんねェの? リーダー」
「あぁ、約束は約束だからな。ロロノアは見るだけで終わりたかったんだ、本当は……。なのに悪かったなァ、ルフィ。お前のこと、そういう風に見てたアイツのことなんか腹立つだろうけど…」
「だーから! リーダーが謝ることねェし、おれはロロノアさんのこと怒ってもねェよ!? そういう風ってよくわかんねェけど……。つーか!! おれは見てるだけで終わりたくねェんだ!!」
「…てルフィ……、イヤじゃなかったのか?」
「なんでイヤなんだよ」
「なんでって……、『殴られた』とも言ってたからてっきりおれは……」
「う゛、まァ……、ち、違う人みたいだったからな……! そ、それよかおれは理由を聞きてェの! だからもっかい会いたい!! ……いやもっかいじゃなくて、やっぱ友達になりてェ! ……いっぺんフラれたけど!!」
どーん。と胸張って言うことでもないが。
「友達になりたいって言ったの、ルフィさん!?」
「おお、言ったぞ。でもムリって言われた」
「うんうん」
となぜか、二人に同時に頷かれてルフィはむう〜っとする。なんで??
「私、ルフィさんの応援やめてロロノアさんの応援しようかしら……。ね、リーダー?」
「ビ、ビビ……」
「えーっ、なんでだよーっ」
一人納得のいかないルフィだけがじたばた暴れてテーブルの上のグラスがガタガタ揺れたけれど、それはそれとして、ルフィはこーなったら自力で捜すしかねェ!と、ひっそり誓いを立てていたのだった。
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