[11〜19話]

□11話
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コンビニ『マリーン2号店』オープンにつき、ただいま豪華賞品が当たるスクラッチ実施中。今日は土曜ということもあり、昼時ともなると結構な賑わいを見せていた。

「ハズレ! はいこれハズレのあめ玉。残念だったわね〜お客さん! また来てね〜♡」
「……」
「お客さん……?」
なにやらキョロキョロしている土建の男(おそらく向かいの建設現場の)に、オレンジ髪の店員は首を傾げる。スクラッチもどうでもよさそうだったし、さっきから一度もこちらを見ない。
こんないい女が目の前にいるってのになんなのかしら……。
ナミはこっそりと目を眇め、さっきから何かを探している風な黒手拭いの男にそれでも営業スマイルを浮かべ、「あの〜〜」と声をかけた。
が、無視され、しかし幸い謎はすぐ解明された。
「ロロノアさん!!」
奥から駆けて来たのは同じくバイトの……確かルフィとか言う男子高校生。年はナミの一つ下。今朝初めて顔を合わせたのだが、人見知りもなく物怖じしない態度はとても喋りやすい。
「ナミ! この人がロロノアさん!」
「ああ……今朝言ってた、1号店の頃の常連さん?」
「そうそう。……あ、ハズレだったのかロロノアさん。残念だったなァ……。おれあの3等のチョッパーのでっかいぬいぐるみ、欲しかったのに」
「この人、あんたの為にスクラッチやったの……?」
「へ!? んなわけねェじゃん!!」
「そうにしか聞こえなかったわよ?」
「そ、そうか……?」
チロ、と眉を下げたルフィが“ロロノアさん”とやらを見上げる。どうやらこの男にはものすごーく気を遣っているように見うけられる。空回り気味な気もするけど……。
「くじ引き、何日までやってんだ」
あ、喋った。
「賞品がなくなるまで!」
「なんとか、頑張ってみる」
「ホントか!? 店員はやらせてくんねェからさァ〜。ししし、あんがと」
「いや」
「あ、今日は4時上がりだから! 店の前で待ってるな?」
「覚えてたか……」
「覚えてるに決まってんじゃん」
ぶう、とルフィが頬を膨らませる。なにやら約束しているらしい。ただの常連ではないのかも。
“ロロノアさん”はそしてようやく満足いったらしく、ルフィにあめ玉を握らせるとレジ袋片手に店を出て行った。
次の客が業を煮やしてごっほんと咳払いするので、ルフィが慌ててナミと同じレジに入る。
「仲いいんだ」
バーコードをスキャンしながら、こそっとナミは隣に立つルフィに耳打ちした。のだが、なぜかルフィが思いっきり首を横に振るのでびっくり……。どう見てもあの男、ルフィを甘やかしてる風だったのに?
「おれが追っかけてるだけ」
ぼそっとルフィが呟いた。
「はァ……?」
「だってかっけーじゃん!?」
「そうかしら」
別にタイプじゃないもので。
「二人とも! 私語は慎んでください?」
「うわ、支店長……ごめんなさい」
「すいませェん〜。ほほほ」
ナミは愛想笑いも返しておく。
彼女はカリファと言って、真面目でカッチリしてていつも事務的な『マリーン2号店』責任者である。少々苦手な部類かも……。
眼鏡をくいっと上げながら事務所へ戻って行ったカリファを確認し、ナミはまたまたルフィに耳打ちした。懲りてない。
「ま、せいぜいロロノアさんに頑張って貰ったら。まだ3等は残ってるわよ?」
にっこり、と微笑んで。ルフィがそんなナミの言葉に目をぱちくりさせ、そしてニィっと笑った。
この子とは、仲良くやっていけそう。
その三日後、“ロロノアさん”は見事3等「でかチョッパーのぬいぐるみ」を当て、ルフィを大いに喜ばせた。


ルフィは頭の中で、昨日の別れ際、ゾロに言われた“条件”を反芻していた。ルフィがゾロの部屋に入るための条件だ。
『台所には立つな』
である。理由はまっったくわからない……。
「ここだ」
「おおー! すっげ、けっこー奇麗じゃん!!」
「まァな。おれんちじゃねェけど」
「うははっ」
時刻は17時を回っていた。辺りはもう薄暗い。なので外装の色はハッキリ見えないが、多分ブルー系。海と空の色だといい。
「あ、ごめん荷物おれ持つ!」
ルフィが買い物したたくさんの品物は4袋にもなり、それを全部ゾロが持ってくれていたのだ。ルフィが持参してきた大荷物を見かねてだったのだが、ゾロの両手は塞がっていて鍵が取り出しにくそうで……。
んもー、なんでおれってこんな気が利かねェんだろ。あー凹。
「いや平気だ」
言ったとおりゾロは器用に玄関のドアを開けた。
そうして中へ招かれ、現金なルフィはまたワクワクしてくる。他人の家だけれど今はロロノアさんが住んでんだ……と思うだけでドキドキする。
ロロノアさんのこと、今日はいっぱい解るかも……。
昨日からずーっと、ルフィの胸は期待でいっぱいだったのだ。
ゾロが部屋の電気をつけ、買ったものをテーブルに置くと台所でお湯を沸かし始めた。ルフィはとりあえず家から(勝手に)持ってきたシャンペンを袋の横にでんと並べる。そしてゾロの言いつけ通り台所へは近付かず、ここはまず部屋散策と言うことで、お約束の。
「あっちの部屋は寝室かな……」
2DKと言ったところか。ダイニングに続く居間はモスグリーンのカーペット敷きで、真ん中には正方形のコタツ机があった。しかし布団は掛かっていない。あとは本棚とテレビとコーナーラック、至って普通の独身男性の部屋だ。
ルフィはぐるぐる〜っと部屋を回って、最後に本棚の前で立ち止まった。マンガはない。ちっ。
「……ん?」
しかしルフィは見つけてしまったのである。その真ん中にぽつんと飾ってある、銀のフレームに入った写真……。
映っているのは笑顔の女の人、だった。
「美人だな。ロロノアさんよか随分年上に見えるけど……これって、やっぱ、あれだよな」
彼女、だよな……?
「………」
う、後ろ向けてていいかな……、おれがいる間だけ……。
「ルフィ? 座れよ」
「う、嘘だから!」
「は?」
ルフィが慌てて振り返るとゾロが湯気の立つ飲み物を両手にゆっくり近付いて来るところだった。わざわざ入れてくれたのだろう。
「な、なんでもねェ」
「お前急に喋んなくなっちまったから……。あ、警戒してんのか?」
「へ!? だったら来ねェよ!?」
きっとまた“キスしていいか”と聞かれたら、ルフィは頷いてしまうだろうし。
「いや約束しちまったから仕方なく、とか」
「ムリ言ったのおれじゃんか!」
所在なげに立っている所為かと思い、ルフィはそそくさとコタツ机の一角に着いた。
その目の前にゾロがマグカップをひとつ差し出してくれる。ココアの甘い香りが鼻孔を擽り、空腹を思い出させてくれる。
ゾロのはお茶らしく、渋い湯飲み茶碗なのがちょっと笑った。きっとあれは自前だ。
「……つかルフィ、なんでうちん中でマフラーしてんだ?」
向かい側に座ったゾロが、こっちを指さして不思議そうに言った。
「こ、これか!? 気にしなくていいぞ……」
「すんだろ普通」
「そ、それがさ……。いつものシャツ、洗濯してくれてなくって……。今日の服、首んとこけっこー開いてて、だから……そのォ〜〜〜」
ロロノアさんに嫌がられたら悲しくなっちまうもん……。
「あー……。そっかわかった。なるべく見ねェようにする。やっぱ警戒されてんだなおれは」
「ふぇ!? ち、違うってば! だっておれロロノアさんにわずらわしーとか思ってほしくねんだもん!」
「わずら……?」
「今日だって……! おれが……おれが無理に約束させたから、彼女これなくなったんだろ!? あ〜あ〜、おれってアホだよなァ……。さっさと確かめればよかったのにさ。そ、そうかなァとは思ってたんだぞ!? だって3ヵ月も経ってんじゃん? 好きな人くらいできたっておかしくな…」
「ちょい待った! 悪い、待て。……彼女はいねェよ」
「へ? だってあの写真……」
「…ああ! あれか……。あれはここの家主のだ。悪ィ、知らない女の写真なんか飾っとくなっつー話だよな……」
つーか持って行きゃいいのにアイツ、とブツブツ言いながらゾロは立って、苦い顔をしながら例の写真立てを本の合間に挟んでしまった。
ごめん写真のヤツ……。
「彼女……じゃねェんだ。好きなやついねェんだ……?」
一応、確認。
「ま、まあ……」
「な〜んだ! よかったーおれ!」
ルフィはハァ〜〜っと一安心して、マフラーを取って傍らへ置いた。実は暑かったんだー。
「あぁ。だからお前が責任感じる必要、ねェんだからな?」
「うん! いなくてよかった!」
にっこにっこと笑顔になる。さっきまでのゼツボーテキな気持ちが嘘のようだ。
「そっちの“よかった”かよ……。またそやって期待させんだな」
「ん?」
「ルフィ、一つ訂正。やっぱ嘘はつけねェ」
「え……?」
「そんな不安そうな顔されっと言いづらいんだが……好きなやつなら、いる。この3ヶ月の間じゃなくて、もっと前から」
「……」
一瞬ポカン、とルフィはしてしまった。そうだ、彼女がいない=好きな人がいない、じゃなかったのだ。
どうしよ、しばらく立ち直れねェかも……。
「ルフィ?」
「そ、そうなんだ! んじゃ毎日楽しいだろ!? おれだったら絶対毎日ワクワクしてたいへんだぞ!」
今がそんな感じなんだけどな……。
「でも惚れてもどうしようもねェ相手なんだ」
「……へ!?」
「諦める努力をしなきゃいけねェ……ってとこなんだが、ちっともできてねェ」
「な、なんでどうしようもねェの!?」
せっかくロロノアさんが惚れてんのにもったいねー! おれだったら大喜びで……って喜んでどーすんだおれ。男なのに。
「色々あんだよ、もういいだろ。だいたい彼女がいてお前にキスさせろなんて言わねェ」
「う゛、あ、そっか」
昨日のことを思い出し、ルフィの顔が少しばかり赤くなった。そしてふっとルフィは思ったのだ。
ロロノアさん、諦めるためにおれにキスしたんかな……?
けれどゾロは『お前だから』と言った。ルフィだからキスしたんだと言ってくれたのだ。その言葉を信じたい……。
だって勝てばいいし! ホラおれってポジティブだし!!
「聞いていいか? ロロノアさん」
「ん?」
「その……好きなやつとも、キスしてェとか思ってる?」
「してェよ。いつだってしてェ。でももうしねェ……」
「したことあんの!?」
「あー、まァ……」
ガーン……。
「おれ負けてんのかな……」
「は?」
「キスしたの、1回だけ?」
「ああ」
……よっしゃ1対1!! 思わずルフィは机の下でガッツポーズした。
「おれもっと頑張るぞ! うん!!」
友達がダメならせめて“ロロノアさん”の一番になれるように! うん!!
「はァ。……は?」
「あ〜〜〜!!」
「こ、今度はなんだ?」
「そいやプレゼント買ってねェ……! 先制点取れねェじゃん……。つーかごめんロロノアさん!!」
「買いに行く時間なんかなかっただろ。それにあれで充分だぜ?」
テーブルの上の4つの袋。ケーキやらお菓子やらつまみやら……諸々をゾロが笑って指さす。実はクラッカーまであるのだ。
「けどダメだそんなんじゃ!! 点差が開かねェじゃん! なんかねェの? おれ今度買って来るぞ? なんでもいいからさ〜〜」
「あー。じゃあ考えとく……。つか点差って……?」
「ん! 考えといてな!!」
「それよかルフィ、ケーキいったい何個買ったんだ? なんかたくさんあったように見えたんだが……。しかも白いのばっか」
「おう、二個入りのを5個」
「5個!? つまり10個!?」
「うんそう! だってな……?」
説明するより見せた方が早い、とルフィは思って、さっそくセッティングを開始することにした。ついでに二人で宴の準備も済ませてしまう。
ルフィはそして、苺のショートケーキをケースから大皿に移してセロファンも外し、ぴったりくっつけて並べてみる。と……。
「あ……」
「しっしっし。ホールケーキに見えんだろ!?」
「よく考えるなこんなこと……」
「いっぺんやってみたかったんだ」
「自己満足かよ」
「あ、ごめん……」
「いやウケた」
言うなりゾロがぶっと吹き出した。そして声を立てて笑う。ルフィがいつか「かわいい」と評した、屈託のない笑顔で。それだけでルフィはとっても幸せになる。
「よかったァ……ロロノアさんが笑ってくれて。おれのがシヤワセーって感じんなっちまう。ししし!」
「ルフィ……」
「ローソク立てよう!」
しっかり持参してきたきっちり20本のローソクをルフィは所狭しとケーキに突き刺し、これまた持参してきたライターで火を着けた。そして部屋の電気をすべて消して回ればぼおっと浮かび上がる20の灯火……。
“ロロノアさん”の年の数。
「きれーだなァ……。な、ロロノアさん!!」
「花火んときみてェだ」
ゾロがこっちを見てそんなことを言った。
「ん? ぜんぜんスケール違ェだろ?」
「こっちの話し」
「???」
気を取り直し、ルフィはハッピーバースデーの曲を大声で熱唱した。途中でゾロに「演歌みてェ」と笑われてこっちまで笑ってしまったけれど、ルフィが歌い終え「はい消して!」と言ったらゾロは素直に火を吹き消してくれた。
パチパチパチと一人で送る盛大な(?)拍手。ゾロと一緒だと、何をやってもスゴイことのような気がする……。
「えーっと〜」
まず電気つけて。次はそうそう、クラッカー鳴らさねェと!
「もしやルフィ……」
「お?」
「クラッカーも20連発……?」
「なんで解ったんだ!? 心配すんな、おれに任せとけ!!」
しかーし。
「それは結構」
てーちょーに、お断りされてしまった。
ちぇー!!
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