[11〜19話]

□12話
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コンビニ『マリーン2号店』のバイトは本日お休み。店員ルフィはロロノア宅での二日目を迎えていた。

11月12日、日曜日。
「おはよ〜…、ロロノアさん」
「ルフィおは……。待て…それ、おいてこい」
「んー?」
「毛布、引きずってこなくていいから」
「ん〜〜……」
眠そうな目をこしこし擦って、ずるずる毛布を引きずりながらルフィが寝室へ戻っていく。
いったいいくつのガキだよお前は……。
「朝から可愛すぎる……」
ゾロはうっかりくらくらしながら、立ち上がるとベランダの戸を閉めた。空気の入れ換えをしていたのだがルフィが寒がるといけない。
それから朝飯の準備をしてやろうと、台所へ行きかけたとき。
ドタドタドタ。バタバタバタ。
……こんどはなんだ?
「ロロノアさん!!」
「どうした」
「おれ……、おれ! えっとごめんなさい!!」
「は?」
目の前でガバッと下げられた黒髪をゾロは呆けながら見た。なぜいきなり謝られるのか。
「ベッド、占領しちったんだろ……?」
そしてチロッと伺うような目が上がった。
「あぁ、別にいいぜ。おれが運んだんだし」
「ロロノアさんが運んでくれたのか!?」
「まぁ……。悪ィ」
「……抱っこして?」
「そうだな。うん」
軽かったな。うん。
「なんで覚えてねェんだおれ……もったいねェ」
急にしゃがみ込んでブツブツ言っているルフィに首を傾げ、ゾロは再び台所へと向かった。
「朝飯、食うだろ?」
「食う!!」
すでに拵えてあったので、温めて並べるだけだ。ルフィはゾロの言いつけを守っているのか台所へは近づかずにダイニングテーブルへ大人しく着いた。ゾロの言いつけとは『台所には立つな』、である。これにはゾロなりの深い意味合いがあるのだが、ルフィにはとうてい言えない……。
目の前に並んでいく焼き魚や卵焼きやみそ汁に、ルフィはしだいに目をキラキラさせた。
「うわー、日本の朝メシ!!」
のりにつけもの、佃煮に納豆。ゾロは朝が資本なのである。
「そうか? おれらの仕事は朝きちっと食べねェと持たねェからな。ヘタしたら命に関わることもある」
「そ、っか〜〜〜。そうだよな、危ねェモンだらけだもんな工事現場って。へぇ〜〜〜」
妙に感心しているようだが既に涎をたらさんばかりのルフィだ。
「うちなんか毎朝パンだもん」
「眺めてても腹は満たされねェぞ。食え」
「ん! いただきます!!」
行儀良く手を合わせるルフィに、こいつは育ちがいいんだろうな、とゾロは思った。自分もかなり厳格な家庭ではあったのだが……。そう言えばルフィはゾロの家族のことやこれまでのことを何も聞いてこない。助かるからいいけれど。
「なァロロノアさん、今日は仕事休みなんだろ? 何する!?」
食べる手はとめず、ルフィが聞いてきた。
「あー…、悪ィ。今日は人が来るんだ」
「えー!!」
「ごめんな」
「ん……。そうなんだ」
箸をくわえてしゅうんとしてしまったルフィに、ゾロは急激に罪悪感を覚えた。別にルフィがいて困る客でもないし、すぐに帰ると思うので……。
「なら、会ってみるかルフィ? たいした奴じゃねェけど、とりあえず驚くんじゃねェかな」
その確信は、ある。
「お、驚く!?」
「あぁ」
「???」
ルフィにはさっぱり予想がつかないらしい。
「何時頃来るんだ!?」
「昼前には……。昼メシ作ってくれるって言ってたからな。ホントに作れんのか怪しいもんだが」
「ってことは……女?」
「ま、性別だけは」
「……??」
「会えば解る」
「ん〜〜〜。楽しみだ!!」
にかっと笑うルフィにゾロも釣られて笑んだ。ルフィはなんでも楽しみに変えてしまえるからスゴイ。
それからルフィはおかわりをごはん・みそ汁共に3杯ずつして、おかずも全部平らげ、やっと腹8分目!と豪語して箸を置いた。ぽんぽこと腹を叩いている。
「ごちそーさまでした!!」
そして“いただきます”と同じくパンと手を合わせた。
「おそまつさま……。つかよく食ったな。まぁ昨日の食いっぷりを見れば当然か」
「おれそんな食った!?」
「食った食った。しかも酔っぱらいだし」
「よ、酔っぱらい……覚えてねェや。ごめんなさい……」
「いいよ。あんなに楽しかった誕生日は久しぶりだった。ありがとな、ルフィ」
「どういたしまして! …あ、ロロノアさん……」
「あ?」
「酔っぱらいってことは……、おれになんかした?」
「はぁ!? す、するわけねェだろ」
本当にやましいことなどなかった。が、目が泳いでしまうのはとっくに下心があるから……。
いやちょっと寝てる間におでこ触ったけど、それだけだし。でもそれもダメと言われてしまえばそれまでだ、ここは謝っておくべきだろうか?
「じゃなかった、おれなんかした? その、ロロノアさんにメーワクかけるような……。まぁベッド取っちゃっただけで充分メーワクだけどさァ。う〜〜っ」
「ぜんぜん。ねェよ」
軽く首を振ってやる。
ほう、とルフィは安心したように胸を撫で下ろした。
「次は一緒にベッドで寝ような! ロロノアさん!!」
「ぶはっ」
危うくゾロは茶を吹くところだった。来た、ルフィの天然爆弾投下……。笑顔でそんな危険なことを言わないで欲しい。
「遠慮しとく……」
「えーなんでっ。だってこれからますます寒くなんだぞ!? 風邪ひいちまうじゃん!! くっついて寝たらあったかいだろっ」
さも名案、と言わんばかりにうんうん頷いているルフィに、ゾロは今度ばかりはこの天然が許せなくなりそうだ。
「襲うぞ」
思わずぼそっと呟いてしまう。……やべェ本音が。
「ん?」と首を傾げたルフィには意味が通じなかったようで、救われたのだが。
「つーか、また泊まりに来るつもりか? やめといた方がいいと思うぞ」
ルフィの身のために。
「ヤダ!!」
「…………」
何を言ってもムダだったりして。
「あ、ロロノアさん」
「はい」
「おれシャワーしてェ」
「どうぞ……」
もう好きにしてください……。
なんだか急にわがまま度がパワーアップしたような気がするのだがきっと気のせいだとゾロは自分を慰めつつ、ウキウキと風呂支度を始めたルフィを頬杖をついて眺めた。それでもふっと笑みが零れてしまうのだから、そうとう嵌っている証拠だろう。
「なにしても可愛いもんなァ……。どうしようもねェよな」
「なんか言ったかー?」
「こっちの話し」
「んじゃ! 風呂借ります!!」
「はい、ごゆっくり」
ひらひらとルフィに手を振って見せた。


ルフィがいないだけで部屋の中がやけにしんと静まりかえっていた。いない方が当たり前の生活だったのに、変なものだ。
そうしてルフィが風呂に入って10分ほど経っただろうか……。
「ロロノアさーんっ! バスタオル貸して、バスタオル!!」
と、声が飛んできた。
「おー」
言って立ち上がる。さすがにかさばるのかそれは持って来なかったらしい。
バスルームはダイニングを出て左にあった。脱衣所の奥には洗面台もある。ゾロはドアの向かいにある棚から洗い立てのバスタオルを1枚取り、「ここにおいとくぞ」とドア越しに声をかけようと振り返った、のだが……。
「ありがとー!」
いきなりドアが開き、ルフィが顔を出したのだ。顔どころか、全部丸見え、と言うか。
ふつー開けるか!?
「あ、いや……」
目を逸らせ、と脳は命じるのだが、身体の方が言うことを聞かなかった。こういうのを“目が釘付け”と言うのだ。
白い湯気がふわふわと、ルフィの裸体を包んでいた。それも晴れてくるといっそうゾロの視界にその白い肌が鮮明に映ってきて……。
み、見ちまった……。
とん、とルフィがバスマットの上におりた。「ん!」と両手を差し出してくる。
「あ、あぁ……」
そりゃ確かに、男が男に裸を見られたからってなんだ、ってことなのだろう。が、ゾロにとってすでに“そう言う”対象であるルフィの生まれたままの姿を見せつけられて、ゾロが平静でいられるハズもなく。いや見た目は無表情なのだが。
ルフィのうすっぺらい胸から目が離せないまま、ゾロはバスタオルを広げるとルフィへと渡した。すぐにルフィがごしごし顔を拭く。そして顔を上げても突っ立ったままのゾロを不思議に思ったのか、上目遣いの目がこちらを見、「ん?」と小首を傾げた。
「ロロノアさん……?」
「ルフィ」
このときのゾロは、自分がいったい何を考えていたのやらさっぱり思い出せない。本能の赴くままというか……ルフィに向かって、そろそろと両手を伸ばしたのだ。
もう少しで、指先がルフィの腕に触れる。
という瞬間、懸命にもルフィが一歩後ずさった。ゾロの手から逃れるためのそれはきっとルフィの無意識による自己防衛だったのだと思う。
ぎゅっとタオルを握ったままじっとこちらを見るルフィの目に、怯えの色はないけれど……ゾロはそこでようやくハッとして手を引っ込めた。
「髪、ちゃんと拭けよ」と普段通りの口調で言って、脱衣所を後にする。ゾロにすれば上出来な方だった。
ダイニングへ戻り、ゾロはテーブルに顔を伏せて、少々どころかけっこう落ち込んだ。寧ろ落ち込まないハズがない。
もしかしたら自分が思っているよりも、もうよっぽどギリギリなのかもしれない……。
やはり、ルフィをこの部屋に泊めるのは今後やめようと思った。ルフィは怒るに決まっているけれど……、襲われるよりはマシだろうから。
それにしても……。
「キレーだったな」
男の身体を見てそんな風に思うのは初めてだ。
なんと言うかルフィの肌は、夏よりずっと白くなっていて、肌理が細かくて、柔らかそうで、その上を透明の水滴が転がるように滑り落ちていって……。濡れた前髪を貼り付かせた桃色に上気した頬とか、堪らなかった。
しっかり脳裏に焼き付けているあたり我ながら浅ましい。サイテーだと思う。なのにどうしてとめられないのか……。
元々ゾロはそういう激しい気性の持ち主なのだ。ルフィには絶対バレてはいけない……。過去も、知られたくない。
なぜだかゾロはそんな風に思っていた。
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