[11〜19話]

□15話
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コンビニ『マリーン』2号店にロロノア・ゾロが訪れなくなったまま、とうとう明日、年が明けようとしていた。

「今日も来なかった……」
ルフィがぽつん、とひとりごちる。まだレジにいて、上がりの時間なので更衣室で着替えをしなければならないのだが、落胆が大きくて指先さえ動かす気にならない。
でも以前のような理由とは違うのだ。だってゾロの先輩らしきゴーグルのやつに聞いたところによると、もう仕事収めで休暇には入っているが転属なんかしていない、というから。
つまり、ゾロはなんらかの理由があって『マリーン』に顔を出してくれなくなった、ということなわけで。
「おれんことに飽きたんかな……」
「ルフィ、普通は実家に帰ったと思うもんじゃないの?」
同じくバイトのナミだ。休憩だとかでルフィを引っ張って更衣室へ連れて行き、わざわざ横槍を入れてくる。
「んー、それは事情があって、ねェと思うんだ」
だってロロノアさんは家出中だから。
「じゃあそうねェ、誰かご飯を作ってくれる人が現れたとか。つまりそれは彼女。だから夜も顔を出してくれなくなった。……あら、やっぱりルフィが飽きられたってことかしら?」
「ガーン!!!」
「でなければ怒ってる」
「……怒ってる?」
「ルフィ、なにか怒らせるようなことしなかった? あるいはそうね、逆に、ロロノアさんがルフィに合わす顔がないと思ってる、とか」
「合わす顔がない……。それはねェと思うけど」
「じゃあ怒ってるのね」
「えー!! なんで!?」
「私が知るもんですか」
「だ、だよな……」
と、そんなわけで。
ルフィはルフィなりに、色々考えてみた。
思い当たることはひとつ。あのイヴの夜……。
──おれが男で、えっちできなかったから?
あのあと、ルフィが着替えて出てきたあとのことだが、ゾロの飲みっぷりはそりゃあ大したもんだった。どうみても自棄酒に見えた。ってことは……。
「そんなにセックスなんかしてェモンかな」
「あ、あんた今何言った……?」
「うえ!? あ、いや〜〜」
さすがにこんなことはナミには言えない。でも自分だけでは答えを導けそうもない。ナミは物知りそうだし、今ルフィがナゾに思っていることに応えてくれるのでは……?
意を決し、それとーなく、ルフィは聞いてみることにした。
「ナミはさァ、男同士でヤれると思うか? あー、セックスだけど」
「はぁ? ……あ! あんたまさか!!」
「へ!?」
まだヤってねェぞ!?
「ロロノアさんのこと、そこまで考えてるとか……。あんたね、いくら慕ってるからってそれはさすがにいきすぎよ?」
「ちちち、ちげーよ! そんなん考えたこともねェよ!?」
「そう、ならよかった。結論から言うとできるわよ」
「えええぇぇぇ!?」
「できたらなんかヤバイの?」
「ヤバイ、ようなヤバくない、ような……」
いやヤバイ。だって男同士でもセックスできることをゾロが知っていて、ルフィに拒否られたのだ、と感じたとしたら?
うん……怒る。ぜってーふつーの男なら怒る!!
「お、おれ……」
「ちょっとルフィ。しっかりしてよ? そんっなにあんな男に一喜一憂されるなんて、あいつってば一体どんなやつなのよ」
「どんなって、だからかっこいーぞ」
「バカの一つ覚え? それともインプリンティング? もういいわよ」
ふう、とナミが嘆息する。
「でもおれ……、もう嫌われちまったんかな。全然来てくんねェし」
「心あたりがあるなら謝れば」
「ん〜〜〜」
でもなんて謝れというのか。「セックスさせなくてごめんなさい」? あ、ありえねェ……。だいたい、ゾロはセックスがしたかったのであって、ルフィとシたかったのではないと思う(男だし)。
「とにかくロロノアさんに会うぞ!! んで初詣の約束取り付けるぞ!!」
「い、いきなりね」
「いきなりだ!!」
諦めが悪いのもルフィの特徴の一つだ。
「そんなルフィにお姉さんがいいこと教えてあげる」
「……いいこと? なんだ!?」
「ちなみにお正月には、男は“秘め始め”したいもんなのよ♡」
うふふ、と含み笑いのナミがいたずら心にそんなことを言い出したとは露知らず、ルフィは「それなに!?」と詰め寄ったのだった。


で、その拒否られたロロノアさんはというと。
ここ数日、ルフィに会うためのイメージトレーニングに精を出しすぎてそろそろ挫折しそうになっている。
もう何日ルフィの顔を見ていないのか……。イメトレの成果は出やしないし、これ以上会わなかったら正直干からびるかもしれない。いや干からびる。むしろ手遅れだ。
けれど自分はならなければならないのだ……、ルフィの言う、“おれのロロノアさん像”とかいうものに。でなけれ合わせる顔がない(こっちが正解)。
なにせ、自分は、なんにも知らないルフィを押し倒して脱がそうとして、しかもヤっちまおうとしたのだ。あれだけ強引に奪うのだけは避けようと思っていたにも関わらず、あの扇情的なルフィ(ゾロフィルター搭載)を前に、理性は崩壊どころか開き直ってくださった。男としてサイテーではなかろうか……。
そこでゾロは思った。
“おれのロロノアさん像”にならない限り、ルフィに会う資格などないと。でなければ傷つけてしまうに違いない、と。
いや既にもう……。
「遅ェかもな。嫌われちまってるかもなァ……」
いくら鈍いルフィと言えどもそろそろ同性から性的対象に見られていることに嫌悪してもおかしくない。現にあれから、ゾロがマリーンに顔を出さなくてもルフィは会いに来ないのだから。
「あーあ、……頭が痛ェ」
この頭痛はイメトレのしすぎだろうか。それとも嫌われたかもしれないことにだろうか。あるいは酒浸りのせいか……?(しかしゾロは酔いつぶれたことがない)
もう考えるのも億劫になってきやがった……ルフィに会いてェ。
「ルフィ……」
自分がこんな風に誰かの名前を呟くことなんて一生ないかと思っていたのに。
そのとき玄関チャイムが鳴り、ゾロはハッと顔を上げた。ルフィかもしれない、という都合のいい期待で。
しかし勇んでドアを開けてみればそこには1ヵ月半ぶりの幼馴染の顔……。
「なんだお前か」
くいなだった。
ああでも、なんだか霞んで見えるのはなぜだろう。目ェ悪くなっちまったか……? ルフィの顔がよく見えなくなんのは困るんだが。
「ゾロ? どうしたの、顔が赤いわよ?」
「頭が痛ェんだ」
「ちょっと、熱あるんじゃないの!? 入るよ。体温計出して!」
家主を取り残し、くいながバタバタと入り込んできた。入れるつもりなんかなかったのにすでに追い返す気力も自分にはないらしい。
どうやら熱があるってのは本当だ……。
「どこにあるかわかんねェ。他人ちだからな」
「じゃあ氷! 氷枕!」
「だからわかんねェって……。いい、寝てりゃ治る。つかなんの用だ?」
「明日はお正月よ? 普通は実家に帰るものでしょ」
「おれは家出中の身だとお前も知ってるはずだが」
「おじさん、寂しそうよ……」
「それはねェな。おれは帰るつもりねェから、せっかく来てくれて悪ィが帰ってくれ」
「ったく昔っから頑固なんだから。わかった、その代わり看病くらいさせるのよ? ほらゾロはさっさと着替えてベッドに入る!!」
「相変わらず勝気な女だなァ……」
「そうよ。だから言うこと聞いておきなさい!」
「わーったよ。どうせなにもする気起きねェしな。幼馴染の世話になるくれェ、いいなずけも許してくれんだろ」
「なによ、そんなこと気にしてたの?」
「おれは気にしねェがふつうの男はするもんだ」
「そうかしら」
くいなはふいっと肩をすくめると、ゾロを寝室に押し込んで台所へ立ったようだった。しかしのろのろ着替えていると「なんにもないじゃなーい!」という素っ頓狂な声が聞こえてきて、次いで「そこのコンビニ行ってくるわ!」と言い置きバタバタと出て行ったのだった。
「素早い……」
さすが女剣士。ってのはちっと違うか?
くいなもずっと剣道をやっているのだ。幼い頃は勝てたためしがなかった。
「……コンビニ、か」
ルフィは果たして今日の大晦日まであそこで働いているのだろうか。
――会いたい。顔が見たい。
できることなら笑顔がいい(滋養強壮に)。
「けどもう近寄ってきてくんねェよな。あーあ」
もう着替える気力も起こらず、ゾロはシャツを肌蹴たままでごろんとベッドに倒れこんだ。



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