[11〜19話]

□16話
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ここはひとつ、聞こえなかった振りをしてみよう。
と、“ロロノアさん”は思ったそうな。

「なーなー。聞こえた?」
ルフィがばふばふと羽毛布団を軽く叩いてくる。ゾロは依然、布団を頭から被ったままだ。よしこのまま寝てしまおう(布団越しの重みが気になって仕方ないけれど)。
「ローローノーアーさ〜〜ん!? ロロノアさんてばなーなー! 聞こえてねェの? 練習!!」
ばふばふ、ばふばふばふ、ばふばふばふばふ!!
「だーっ、おれは病人だっ!!」
がばーっとゾロは思わず叫んで布団から顔を出してしまい「あちゃ〜」と額に手を当てた。ずきずきとこめかみが痛い。
そしてベッドの脇に立て膝でこっちを覗き込んでいたルフィの顔を恐る恐る見て、見るからに「ガンッ!!」とショックな顔になっているのにまた頭痛が走った。
「わ、悪い……デケー声出して」
イメトレした“ロロノアさん”はこんなことは言わなかったはず……。
ぶんぶんぶん、とルフィが首を振る。そして俯いて、何も言わなくなってしまった。
怖がらせたんだろうか……熱で正確な判断もできやしない。
とりあえずここは謝り倒そう、そして看病はいいから帰れと言おう、そうゾロが思った矢先。
「おれ、自分のことばっか考えてんだ……」
「え?」
「ロロノアさんとふたりがよくってくいなさん追い返して、看病するとか言って自分がロロノアさんになにしてもらおうかそればっかで頭いっぱいんなって」
「な、なにって……」
そう言えば練習がどうとかこうとか。
「だっておれやなんだもんよ! ロロノアさんに触られるたんびに逃げちまうよーなおれ、やなんだもん! そんなん損じゃんかおれがっ!!」
言ってルフィが「あ〜〜また自分のことばっか!」とせっかく上げた顔をまた突っ伏してしまった。
「損、してんのはどちらかと言えばおれだと思うんだが……」
切実に。
ぼそっと呟いたゾロにルフィがちろっと目だけ向けてくる。小首を傾げるしぐさから意味は通じてないらしく、ゾロは慌てて咳払いした。風邪ではなさそうなのだが。
「いやお前、さっきと言ってること違うぞ」
「さっきって?」
「おれにキスされたりそれ以上のことされんの、イヤなんだろ」
「ヤダって言ってねェじゃん」
「………」
それはそうだけど。
「じゃあいいのか?」
「だから練習してェんだ!」
……今の「だから」って話し繋がってたか?
しかしゾロは咄嗟に悟った。その「だから」がさっきルフィの言った、「ゾロに触られて逃げ出す自分はいやだ」にかかってくることに。
「もしかして、逃げ出さない練習をしたい、とか言い出すんじゃ……」
つまり触ったり抱きしめたりキスしたりetc……してもいいと。
「うんそう! まさにそう!!」
「あ、やべっ、おれ悪化してきたわ。寝るなー」
「えええーっ!! ちょっと待てーっ」
再び布団を被ろうとしたのを必死のルフィに阻止された。まったく、コイツの反省ときたら長続きしないのはなぜだろう……。あぁルフィだからだよな。
「わかった、おれはなにをすりゃいい?」
仕方がないのでもぞもぞダルイ身体を起こす。
ゾロは枕をベッドヘッドに立て、それにゆったり凭れるとルフィに小さく微笑みかけた。
我が侭まで可愛いんだから、抗いようがない――。←重症
「あ……ありがとう!! んじゃそうだな、まず〜」
すっくと立ち上がったルフィが腕を組んだ。そしてムツカシイ顔をして、ムニと口をへの字にする。そんなしぐさも可愛いと思う。
会うに会えなかった数日間は思いのほか長かったようで、高熱があって目はさっきから霞むのだが、こうやって傍にいてくれるのが一番の特効薬には違いない。
「んーんー! どーしよー!」
「あ、けどルフィ。今日は大晦日だぞ? 帰らなくていいのか?」
「あぁ! それなんだけどさ、おれ友達と初詣行くって言って、こっそり夜中抜けてくっから!」
「えーと、くるから?」
「ん? うん。来るから。ロロノアさんちに」
「はァ!?」
「いいだろ? でねェと計画丸つぶれじゃん」
なんの計画でしょうか、とは怖くて聞けねェ……。
「ダメつっても、来るんだろ……」
「来ます!!」
「あとで親に怒られてもおれァ知らねェからな」
とか言ってもしそうなったらゾロが頭を下げるのは必至だろうけども。
「おおっ、へーきだ!!」
「じゃあ先にいっぺん帰って来い。おれは少し寝ておく。んで練習でもなんでも付き合ってやるよ」
「わかった! でもおれちゃーんと看病もすっかんな!?」
と、それなりに健気なことも言ってくれるものだから、
「ルフィの顔が見れるだけで充分だ」
そうろくに考えもせず口を滑らせた所為だろうか、思いのほかルフィが真っ赤になってしまい、ゾロは柄にもなくうろたえた。


『ロロノアさんとお正月計画』の第一歩が成功した。
ルフィはゾロの部屋の台所でレトルトのおかゆを温め、寝室へ運びながらにまにまとしていた。
家族に無事怪しまれず、ゾロのアパートに来れたからだ。けれど残念なことに泊まりは許可してもらえなかった(当たり前だ)。
行き掛けに兄が、そばかす顔をニヤつかせながら『彼女、年上かァ』と言っていたけれど、どうしてそうなるのかがわからない。
「当たってんの年上くらいじゃん。それよか早く元気になってもらわねェとなー」
とにもかくにも、ルフィ最大の難関にして問題の“ヒメハジメ”ができるかどうかは、つまりはゾロの回復にかかっているのだった。
「ロロノアさん? 起きてる?」
実は先に台所に立った為、ゾロの様子を見るのはこれが最初だ。
ルフィはトレイ片手に部屋の電気をつけると、まだ固くまぶたを閉じたままのゾロの元まで歩み寄った。
「寝てる……」
現在23時を回ったところ。今年も残りあと早くも1時間弱。
ゾロは病人なのだからこのまま寝かせてやるのが当たり前なことは解っているのだが、できれば一緒に年を越したい……。
それに何か食べさせて薬も飲んでもらいたい。
ルフィはベッドの端へ腰掛け、膝の上へトレイを置くと、そおーっとゾロの寝顔を覗き込んだ。
「眉間にしわ……」
ずいぶんと苦しそうな寝顔にルフィの眉根も寄った。額には汗、まだまだ熱があるのは火を見るより明らか。
しかしその顔はとても渋く、ルフィは男前は弱ってても男前だと変な感心をしてしまう。
「やっぱかっけーよなァ。目ェ瞑っててもかっけーもんな、いいなァロロノアさんて……」
本人が起きていたら「また微妙な」と言ったに違いない。
「けっこう睫、長いかも」
あ、そうだ、後で氷枕も替えてやんなきゃなー。
そのときうっすらとゾロの目が開き、ルフィは慌てて顔を離した。
「お、起きた? おかゆ食べろ! んでおれ家から熱さまし持ってきた!!」
「あー、悪ィが食欲ねェ。つーか汗かいて気持ち悪ィ……」
「んじゃ先に着替えだな! でもちゃんと食べなきゃダメだぞ。薬飲めねェだろ?」
「……ん」
こく、とゾロが頷いた。お、なんか素直だ。
ルフィははじめゾロが寝ぼけているのかと思ったけれど、そう言えば今日のゾロは今までなら言わない酷いことを言ったり、したりする。素直は素直でもちょっとビックリする……(ホントはちょっとじゃないけど)。
それからルフィはゾロに着替えのある場所を聞き、パジャマの替えと濡れタオルを用意した。指に力が入らないらしくボタンもろくに外せないゾロに代わってパジャマを脱がしてやる。ゾロはたいへん恐縮したが、ルフィは嬉しかったのだ。だってちゃんとゾロの役に立ってる。
「さっきも思ったけどロロノアさんの身体きれーだよな〜」
「あ? それは以前おれがお前に……う、ごほごほ」
「ありゃ、やっぱ風邪?」
「違います」
「筋肉すげ〜。おわ背筋もすんげェ! こーゆーのを肉体美ってんだろーなァ!!」
「もうわーったから! 早く拭いちまってくれ、居たたまれねェ……」
変なの、とルフィは肩を竦め、せかせかとゾロの世話をやいた。断固嫌がるところをおかゆも自ら口へ運んでやった。
「ど、んまい?」
「レトルトはちょっとな……」
「そうなんか」
パク、と自分も食べてみたが確かに美味くはない。
「あ、コラ風邪だったらうつるだろうが!」
「へ? あ〜、間接ちゅーか! いいじゃん今更だし」
「いやそっちじゃなくて……」
ハァ、とゾロがうな垂れている。んん、やっぱ具合悪ィんだな。←救えない
「それよか食ったら薬! はい、飲んで!!」
「どうせならキスでもさせてくれりゃ一発で治ると思うんだがな」
「えっ、キスすんの!?」
「しまった、また口が滑った……。今のナシ。飲みます、薬飲むから。そんな逃げんな」
あ……逃げてたんだ、おれ。やっぱダメだなァ。こりゃーますます練習あるのみだよな!!
「うっし、片付けも終わったし! 練習開始だロロノアさん!!」
準備は万端。心の準備も(多分)万端。
「お手柔らかに……」
「いや練習すんのはおれだから」
にしし、と笑って特に気負うでもなく、ルフィはゾロのベッドに乗りあがった。ゾロが少し横へつめてくれたので、脇にちょこんと正座する。
なんとなく正面は避けた。
でも、早くもドキドキしてくる……つーかワクワク?
「据え膳……」
「ん? なんか言ったか?」
「あー、あのな。先に安心させといてやる」
「うん」
安心??
「おれは今、熱で視界もぼやけてっし、さっきの通り指にさえ力入んねェ。多分あっちの方も今は使いモンにならねェから、だから安心しとけ」
「はぁ……」
ルフィはゾロの言わんとしているところを、約十秒ほど考えて、それからようやく理解してカーッと赤くなった。
「お、珍しく通じたみてェだな。なわけでこの前みてェにうっかり押し倒しちまうことはねェと思うけど、こう近ェと保証はできん。用心だけはしとけよ?」
「は、はい……」
用心……。まさに火の用心。なんちって。
やっぱりお正月になると男って“ヒメハジメ”したくなるもんなんだ!? ナミってすっげー!!
実はルフィ、ゾロにこの計画内容をわざわざ告げようとは思っていない。
だってそのときがくればゾロはイヴの夜みたいに、勝手にその気になるんだから(使いモン、ってやつになったらだけど)。
さっきの“用心”は皮肉にも、ルフィのそれを確信へと変えてしまったのだった。


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