[11〜19話]

□17話
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懐かしい夢を見た。
コンビニ『マリーン』で初めてルフィを見たときの、誰よりも輝いて見えた笑顔だった。ただ現実と違う点は、見ているばっかりだったルフィが、こっちを見てにっこりと微笑んだこと。
1月1日に見た夢を“初夢”と言う。そして正夢になる、という言い伝えは、どうやら本当だったらしい──。

「おはよ〜ロロノアさん……。ふわあァ〜」
起き抜けににっこりイイ笑顔で、ルフィが大あくびをした。窓からの木漏れ日をいっぱいに浴びて、見ているこっちが目を細めたくなるような。
今年も可愛いな……、っていや待て。ここおれのベッド、だよな?
「あんだけ逃げといてこの仕打ち……」
なんで一緒に寝てんだ。しかもデコが痛い。なぜ。
すりすりとゾロが額をさすると、微かに残るタンコブが。なんだったかなこりゃ……。
そう言えば確か……、いやアレも夢か?
「さむさむ、あったけェ」
「どっちなんだよ。つかくっついてくんな!」
モゴモゴと懐いてこられ、狭いベッドでゾロはどうにか間を作った。朝はなにかと事情ってもんがあるだろうが事情ってもんが。
聞かぬ存ぜぬのルフィがゾロの枕を独占して「んー?」と何食わぬ顔でこっちを見ている。おいおいおい……。昨日のことはもう過去かよ(過去だけど)。
「あのなルフィ。熱が下がったみてェなんだ。手に力も入る、ほら」
ルフィの顔の前に無造作に投げ出されていた彼の手を、ゾロはいつもの力でぐっと握ってみせた。手を握るのはセーフなので。
「おおーっ! 熱下がってんじゃんロロノアさん! よかったな!!」
「いやだから……。あー、看病ありがとうな。なわけで昼間っからどうよとは思うんだが、離れた方がよくねェ?」
「……?」
寝ぼけてんのか、この野郎。
「だからだなァ……」
ゾロは行動に示した方が手っ取り早かろうと、布団の中で片手を伸ばし、ルフィの腰の辺りに掌を這わせた。もこもこセーターの上からでも充分にわかる、ルフィの細い腰のライン。
「わァ!!」
案の定ルフィが飛び退いて見事な勢いでベッドから落っこちた(下の階の人、新年早々申し訳ない)。
「おい、大丈夫か……」
一応責任を感じて様子を見てみれば、じと、見返されてしまう。
「ロロノアさん……」
「あいや、他はなんもしてねェぞ!」
「えと、その気んなったんか? ……あそっか、お正月だもんな!! そっかそっかやっぱな!! あーっ、先に明けましておめでとうございますっ!!」
ぴょこんと正座してルフィが深々と頭を下げた。ゾロも釣られてベッドの上だったがのろのろ正座する。
「お、おめでとうございます……。本年もよろしくお願いします」
ぺこり。
「お願いします」
ぺこり。
「で、その気ってのは一体なんの……」
「あ〜〜、でもまだ練習できてねェしなぁ。おれ大丈夫かなぁ。風呂は入ってきたけど、もっかい入った方がいい? あ、ロロノアさん汗いっぱいかいたもんな! シャワーしてくるか!?」
「あ? あぁ、そうだな……。つーかお前、帰らなくて大丈夫か。昼だぞ」
「昼!? ギャー! やっべーおれ帰る! 昼からじいちゃん来るんだこえーんだ!!」
なんて言いながらバタバタ居間へ駆けて行くルフィを、とりあえずゾロも追った。ルフィはコートを着込みながら携帯をピコピコして「お〜、いっぱいメール入ってる!」とか笑顔だ。焦ってんだか余裕があるんだか。イマイチよくわからない。
「ビビとコーザからもメール来てるぞロロノアさん! コニスも、たしぎ店長からも! みんな『ロロノアさんと仲良くやってるか』だって……。やってるよなー。……あ、ウソップだ。それとシュライヤとロビン先生とコビーと……」
まだまだ続く。続く続く。つーか誰だよそいつら。
「おい、マフラー忘れんな?」
言ってゾロは後ろからぐるぐるとルフィの首に巻きつけてやった。携帯は覗く間もなくパクッと閉じられた(覗く気だったのか)。
「あんがと! んじゃまた夜中抜け出して来るから、そんときにな!!」
「あぁ。いや、なんかよくわかんねェんだけど……」
そんとき何すんだ……。
ルフィが思い出したようにあたふた帰って行き、台風の目が通り過ぎたような虚脱感をゾロは味わいつつシャワーを浴びて着替える。そしたら珍しくも腹の虫がぐぐうと鳴ったので、とりあえずは久々の『マリーン』へと買出しに出向くことにした。
去年もさんざんお世話になったコンビニに到着し、ゾロが門松の立てられた扉から中へ入ろうとした矢先、すれ違いざま出てきた女に呼び止められた。
「お客さんロロノアさんでしょ! もういいの?」
いいの、とは身体のことだと数秒後思い当たる。
「まぁな」
おれの記憶が正しければこいつはマリーンの女店員の……確かナミ。ルフィと一番仲のいい店員、なので覚えたのだが。
「そう! ……あっといけない、あけましておめでとうございます。今年もマリーンをよろしく!」
今日何度その台詞を客に言ったのだろうナミに目礼だけで返し、ゾロは脇を通り過ぎようとして再び引き止められた。いい加減そこを退いて欲しい……。しかし女の口から出てきた「ルフィ」の名と意味不明な内容に、ゾロは二度目足を止めた。
「残念がってたでしょ、ルフィ。ロロノアさんが病気じゃさすがにね……。まぁホントにするなんて思ってないけど、あの子なんかの挽回だとかってはりきってたのよ?」
「はぁ? なんのこと言ってんだ」
「なによ、聞いてないの?」
「……多分、聞いてねェ」
こうしてゾロは、ルフィの口からではなく、ナミの口から例の“秘め始め”作戦の真相を知ってしまったのである。まさか他人にルフィとのことでこんな風に、しかもこんな内容を知らされようとは。
か、勘弁してくれ……。おれを殺す気かアイツは。
「店員、頼みがあるんだが……。ルフィの携帯知ってたら『今夜はうちにくんな』ってメールでもしといてくれ」
「もしかしてロロノアさん……困ってる、の? あの子周りが見えなくなっちゃうタイプだから」
「困ってるといえば、困ってる」
おれの理性が。
「そ、そうだったんだ! やだごめん! 私、お客さんも満更でもないのかと思ってたから……。だってあんた、ルフィばーっか見てるもんね〜! あははっ」
「あははじゃねェよ。否定はしねェけど」
「でも面白半分にけしかけた私がいけなかったわよね……! わかった、私が責任をもってルフィの目を覚まさせるわ!!」
「あぁ。……はぁ?」
まっかせなさーい!と豊満な胸を叩くナミを、ゾロはあっけにとられつつも見つめたのだった。


「え、ロロノアさん!?」
ところ変わってルフィの部屋である。階下では親や親戚一同が集まって大宴会をやっている。
ルフィがナミからの着信に出てみれば、聞こえてきたのはなんと“ロロノアさん”の声……。うっわーっ、電波通してもいい声!!
「でもこれナミの携帯だよな……。一緒にいんの、か?」
『あぁ? まあ一緒にはいるが。こいつ、おれから本人に直接言えってうるさくてよ。なんだか知らねェけど』
「な、なんだその親しげな印象は……」
『それよかルフィ、もうこっそりうちを抜けてくるとかすんな。特に夜はやめろ。いいな!?』
「えー! だってもう準備できて…」
『ダメなもんはダメだ。危ねェだろ、色々と……』
「でも〜〜」
『でもじゃねェ』
「はーい……。ちぇっ」
ぷっくう、とゾロに見られないのをいいことに、思いっきり拗ね拗ねモードに入りながらルフィは狭い肩を落とした。今夜もこっそりロロノアさんちに泊まって、そんでもって『ロロノアさんとお正月計画』を遂行しようと思っていたのに。もちろん“ヒメハジメ”もな!!
『…ちょっと代わって。ごめんねルフィ〜』
「お、ナミか」
『うん、あけおめ!』
「ことよろ!」
『年明け早々悪いとは思ったんだけどね? これは私の責任問題でもあるわけだから……。そんなわけで、ロロノアさんのことは諦めるのよ? わかった? ロロノアさん困ってんだって!』
「それ……、ロロノアさんがナミに言ったのか?」
『そうよ? 好きなのはわかるけど、彼氏彼女じゃあるまいしこんな時期にプライベートに踏み込みすぎよ! 私はあんたのために言ってんの。ロロノアさんのことはどうでもいいけど』
『あ?』とは電話口の向こうの剣呑なゾロの声である。
『まぁまぁまぁ。私は正直者な美女なのよう〜オホホ』
「むっ、こんどは仲良さげな印象だぞ……」
むむっ、おれまたやきもちやいてる?
『じゃ、わかった? ルフィ』
「わかった……」
残念だけど、“ロロノアさん”を困らせたくはないルフィなので。
通話を切り、ルフィはポトッと携帯をじゅうたんの上に落とした。がくり、とついでに両手を着く。正月のお楽しみがいっぺんに飛んでった……。
「うあぁ〜ん! ロロノアさんのバカー!!(八つ当たり)」
「どうしたルフィ? 電話って例のロロノアさんか?」
ちなみに今、ルフィの部屋には従兄弟のウソップが来ている。ウソップとは家も近く、幼馴染も兼ねるとっても仲のいい奴だ。
そのウソップはというとトレードマークの満面笑顔を急に曇らせたルフィに、親友でもある彼の童眸を、心配気に覗きこんだのだった。最近のルフィはどうもおかしい。
「フラれた……」
「フラれた!? あ〜あ、ロロノアさんに遊び断られたんだな! けどようそいつ、そんなかっこいいのか?」
「うん! すっげかっこいい!! ……でもおれが突然遊びに行くから困ってんだって〜…」
「はっはっは! ルフィは昔っからダメって言われたとこ入ってくもんなぁ。おれとは正反対だ!」
「そいやちゃんと約束してなかったかも……」
ルフィはゾロと遊ぼうと思ってまとめていた荷物を眺め、らしくもないため息を深々と吐いた。
遊び道具その1、凧。その2、羽子板。その3、カルタ。その4、トランプ。その5……と続く。ゾロが見たらガックリ肩を落としたに違いない。
「で、どうすんだ? 強行突破すんだろ!? お前のこったからな!」
「ううん、嫌われたくねェからしばらく我慢する……」
“ヒメハジメ”も今日はあきらめる……。←懲りてない
「えぇっ!?」
丸い目をさらに真ん丸くするウソップの顔をおもしろいなーと失礼なことを思いつつ、ルフィは「でも抜けてくんなってことは無断じゃなきゃいいんだ?」と、やはり性懲りもなく考えていた。



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