[11〜19話]

□19話
1ページ/2ページ


コンビニ『マリーン』2号店、バイト店員ルフィ、本日少し早めの18時上がり。

「お疲れさんでしたー!」
「お疲れ様ルフィ! また明後日ね〜」
「おお、またなーナミ! カリファ支店長お先にー!」
「ええ、気を付けて」
「うん!!」
一通りの挨拶をして、ルフィはバイトを終えマリーンから出た。
辺りはもう暗い。
出入り口を出てすぐ左手に自販機があり、その脇から建物の裏手へ回ると従業員用の自転車置き場だ。更衣室にある裏口から出れば近いのだが、ルフィがそうしないのは。
「終わったか?」
「ロロノアさん! 待たせたか?」
「今来た」
「そっか!」
何を隠そうゾロと会うためである。
「いつものか?」
「うん、いつもの」
いつもの、とは紅茶花伝のロイヤルミルクティー(ホット)。ゾロが自販機で買ってくれるのだ。たまにはルフィが奢るけれどやっぱりゾロは未成年に払わせるのは抵抗があるらしく、ルフィはほぼ毎日奢られてばかり。
店の明かりやら街灯やらあるのだけれど、二人は飲み物を買うなりわざわざ店の脇の死角になる、自転車置き場までの薄暗い箇所へと入って行った。
「今日はやばかった。また上司に飲みに連れてかれるとこだった」
「あの現場監督? えっと、フランキーとかゆうヘンタイ……」
ルフィがムス、とした顔になる。彼にはよい印象を持っていない。
「ヘンタ……。あーまぁ、初対面からアレじゃあな。監督お前んこと未だにおれの彼女だと思ってるぜ? パウリーでさえもうそんなことねェつーのに」
言いながらゾロは思い出したように笑い、缶コーヒーのトップルをカコと開けた。ルフィはすでにちびちび(猫舌なのだ)飲んでいる。
「失敬だよなぁ、ったくよう」
「女モンのコートなんか着て、ニット被ってくりゃな。お前ほせェから体型わかんねェし……」
以前バイトが早く終わった日、ルフィが現場まで赴いたときのことだった。見ない作業服のぶっとい腕をした男がゾロの背中をガンガン叩きながらこっちを見てニヤニヤしていると思ったら、なんでも先のような理由ときたもんだ。ゾロは否定したらしいのに聞く耳を持たなかったとか……。
「だって母ちゃんが買ってくんだもん! 一人くらい女の子が欲しかったわーとか言ってさァ」
「気付かねェで着てるお前もお前だよ。つか女モン入るもんな」
「だから買ってくんだけどな、わっはっはっ」
「笑い事で済むのかよ……」
まぁとかなんとか。
このような他愛もない(?)話題から入り、本題はこのあとなのである。
飲み終わった缶を屑籠に捨て、ルフィがひとけのないのを左右後方確認して。
そうして壁に凭れているゾロの胸に、ルフィはばふりと抱きついていった。ついでに額をぐりぐり〜。
「ロロノアさん風呂入ってきた?」
「ああ、今日は油まみれんなっちまってよ」
やんわりとゾロが抱き返してくる。
「んん〜いい匂〜い……。ボディソープ換えただろ。これはあれだ、ビオレ!」
「お、当たり。さすがだな」
「ししし! きもちー!」
それからぎゅうっとルフィが力を篭めるのが第二段階の合図。
ゾロの長い腕が更にルフィの痩せた身体を抱きすくめ、毎度「苦しくね?」と囁いてくる。ルフィはもちろんこっくり大きく頷いた。
大晦日から始まった例の“練習”は、あれから1ヶ月以上経つ今も実はこうして続いていたりする。
ゾロは前にも増して家に入れてくれないけれど(泊まりなんかもっての他!)(泣ける……)、でもこんなところでこそこそ練習にだけは付き合ってくれるのだ。ゾロ的には埋め合わせのつもりなんだと思う。
だからと言って諦めるルフィではないので、理由をつけては約束を取りつけようと頑張っているのだが……。そう、実は今日も。
「明日、さぁ……。バレンタインじゃん? バイト休みなんだよおれ。台所貸してくんねェかなーとか思って……ロロノアさんちの」
「自分ちにもあんだろ」
「おれむちゃくちゃ汚すから母ちゃん怒る。な、お願い!」
背伸びしてゾロを間近に見上げ、ルフィは眉根を寄せて懇願した。「な?」と首をかしげてお願いすると、ゾロが「うぐ」と詰まる。
「また卑怯な手を……。勘弁しろよ。おれぁ自分の理性に自信ねェんだよ」
「なんで! だいぶ練習したじゃんか! もうめちゃくちゃしねェだろ?」
「……は? それは誘ってんのか? キスもさせねェくせに」
「そ、それは、なぁ……」
返す言葉がない……。
ここでの練習を始めて、ルフィがゾロに抱き締められることに慣れたころ、一度だけゾロにキスされそうになったことがある。ビックリしたルフィは咄嗟にゾロを突飛ばしてしまい、それきりゾロがキスしてくることはなかったのだけれど……。そんないきさつをルフィはとっくに忘れていたのに、どうやらゾロは覚えていたらしく。うわショック……。
「ごめんなさい……」
「また謝るし。悪ィのはおれだよな、すまん」
ペコ、と頭を下げたゾロに、ルフィは焦ってブンブン首を横に振った。
「ロロノアさんは悪くねェよ! おれほんっと男らしくねェよな……情けねェよ……」
ゾロからそっと離れ、ルフィは自分の足元に目線を落とした。
ゾロの言うとおり、自分の方からいつも誘うようなことを言ったりしたりしているのに、いざとなると逃げ腰になってしまう。
まったく往生際が悪いったらない。
「あー、ルフィ。誘ってこねェっつーなら来てもいいぜ。久しぶりだしな」
結局、笑顔の曇ったルフィに耐えきれなくなったのはゾロで、ルフィは簡単にまた満面の笑みとなったのだった。

そんなこんなでバレンタインデー当日。

「おっじゃましまーっす!」
「どうぞ」
「わーいロロノアさんちだ! 久しぶりだーっ! くんくんくん、ロロノアさんの匂い」
「やめろ……。で? 台所で何してェんだ?」
「これ、おれが今日もらったチョコ」
と、ルフィは結構大きめの紙袋を持ち上げて見せた。しかもあふれんばかりである。
「すっげ大量だな。お前モテんだなぁ。それでなんで彼女できねェんだ? より取り見取りじゃねェか」
「んーだってロロノアさんよか好きな女できねェもん」
「またさらっとスゲーこと言うし……」
「そいやロロノアさんチョコは? 貰った?」
「あぁ、そこのテーブルの上。ルフィと違って2個だけ。ちなみに1個はくいなから宅配便で届いて、もう1個は事務の子。つまり義理」
「義理……」
くいなさんはともかく、その事務の子とやらのチョコの箱を見るかぎり、ルフィでも聞いたことがあるようなブランドの銘柄だと思うのだが……。
「お前、おれよか好きんなったらダメなんだかんな」
ボソッと主張しておく。
「は?」
「んじゃ! 台所借りま〜す!!」
「はいどーぞ……」
ルフィはちゃっちゃかと切り替えて台所に向かうことにした。いい加減やきもちばかり妬いて嫌われたら大変だから。
そう言えば以前“台所には立つな”と注意されたのになー、と思い出し、振り返ってみたがもうゾロは寝室に着替えに行ったようで。
今日はゾロの仕事が終わる時間にマリーンで待ち合わせて、晩飯を買ってゾロのアパートへやってきたのだ。しかしルフィが台所に立った理由はそれではない。だって晩飯は“レンジでチン”だし?
ルフィがテーブルの上にもらったチョコの数々を並べていると、着替えを持って戻ってきたゾロが「シャワーしてくる」と言った。ルフィはいってらっしゃい!と見送り、チョコの包装を次々にバリバリとひっぺがし始めた。


ゾロが風呂から出てくると、ルフィが冷蔵庫の前に正座してびんぼー揺すりしていて、ゾロは思い切り首をかしげた。
「ルフィ? 何してんだ?」
「ロロノアさん! 出たのか。あ、腹減ってね? 弁当食おう!」
「あ、あぁ……。それもそうだな」
「ビールは?」
「いい。帰りはバンで送ってってやる」
「ホントか! ありがとう! んじゃさっそくチンすんな〜」
「頼む」
それから二人でコンビニ弁当を平らげ、しばらくテレビを見ながら雑談していた。のだが、ゾロはふとさっきのルフィの様子を思い出して聞いてみた。
「そいやルフィ、冷蔵庫になんかあんのか?」
「あ〜そうだった!!」
ルフィがわたわたと冷蔵庫へ走っていき、中からなにやら銀のバレットを取り出した。
「じゃじゃ〜ん! 特大チョコー!!」
「チョコ? もしかしてあれ、全部溶かして固めたとか言うんじゃ……」
あれ、とはテーブルの上に散乱した、中身のないバレンタインのラッピングの数々……。
「当たり! なんでわかったんだ!?」
「ルフィならやりかねない、と言う仮説を立てられるようになった」
「そっかそっか!」
ニコニコ笑顔のルフィに褒めてねェ、とも言いにくい……。
こんなことをここでしようと思った経緯を聞いたところ、母親にこの計画を話したらしこたま怒れたらしく(女の子の気持ちをなんだと思ってるの、とか何とか)、どこか別の場所で内緒で遂行、となったらしい。
確かにゾロなら一人暮らしだし学校のダチでもないから、母親にも女の子達にもバレることはないだろうけれど。
ルフィは見ているこっちが気持ち悪くなるような勢いでチョコを食べはじめ、ゾロを辟易させたのだった。
しかも、
「これはおれがもらったんだからロロノアさんにはやれねェんだ」
なんて、口の周りと手をチョコでベタベタにさせながら真剣な顔で言うのには吹き出しかけた。
とは言え甘いものを好んで食べないゾロにはどうでもいいことで、それよりも後でルフィの具合が悪くならないかと心配してしまったのだが……。
「ふっはー!! んまかったァ! だからバレンタインって好きだ。ごちそうさんでした〜〜!!」
「よかったな……」
ぜんっぜん大丈夫そうだ。
「でも本番はこっからなのだ」
「はい?」
「ちょっと待っててな!」
言うが早いかルフィがまた台所へ向かった。その後ろ姿をゾロは呆けて見ていたが、慌ててテレビに集中する。
「やべ、好きな奴が背中向けて何かに集中してっと、ついちょっかいかけたくなっちまうんだよな……」
特にキッチン。
今は部屋中に充満している噎せ返るようなチョコの甘ったるい匂いだけで胸焼け寸前のゾロだったので、理性が利いてちょうどよいのだが。
ほどなくして、ルフィがボウルを手に戻ってきた。ニコニコとまたいい笑顔で、それをでんっとこたつの上へ。
中身はどろどろに溶けたチョコレート……。
「こ、これを一体どうしようと……?」
「固まっちまうから早く!!」
「はぁ」
「早くロロノアさんも脱いでっ!!」
「はぁ!? な、なんのために……」
お構いなしのルフィがちゃっちゃか脱いでいく。上半身裸になって、ずぼっと指をボウルに突っ込んだ。つまりチョコの中に……。
「展開についてけねェ……。お、おいルフィ、だから一体何がしてェんだ?」
恐る恐るゾロが聞けば、

「うん、チョコプレイしよう!?」


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ