[30〜37話]

□30話
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バイトが休みの昼下がり、四角いフレームの眼鏡を指でちょいと上げながら、ルフィがガリガリとノートに鉛筆を走らせている。

イライライラ……。
「なんかさっきからただならぬ妖気を感じるぞ、ルフィちゃんよう……」
ウソップがそんなルフィを揶揄した。何かなそのオーラは……。
「あぁ!?」
「なんでもありません……」
ヤバイ。ルフィがご機嫌斜めだ。ここがおれんちでよかった、人様のうちで大暴れはできまい。いや甘いだろうか……。なんせ相手はルフィである。
よりによって二人のときかよ、とウソップは自分の不運を呪った。いつもならクラスの奴らがいたりウソップの彼女が家庭教師に来てくれたり(医大生で頭がいいのだ)するのに、皆都合が悪かったのだ。
最近はめっきり喧嘩もしなくなったが、以前は生傷が絶えないルフィだった。しかし彼が負けたところをウソップは見たことがない。ボクシング部の部長を負かしたのは奴がなんと高1のときの話しだ(ルフィがボクシングを始めるきっかけとなった事件だ)。勝負の動機は実につまらないもので、購買の幻の骨付き肉パンを巡ってだったのだが……。いや本人には重要なことだった。
こんな逸話がルフィには山とある。
校内じゃあ人気者の彼なのに、それと同じくらい敵も多いわけだ。学年主任のロブ先生なんかは未だルフィを目の敵にしている。
そのカリスマ悪童がここ一年、すっかりなりをひそめているのはバイトの時間を増やしたことと、あの男……ロロノア・ゾロの登場が多大なる影響をルフィにもたらしたことは言うまでもあるまい。ウソップはそう確信していた。
「分散してた興味が一気に一点集中した感じだったよな……。ロロノアさんロロノアさんて毎日うるせェのなんの。……で、時にルフィ、何をそんなにイライラしてんだ? 眼鏡をかけるってことは勉強に本気モードってことだよな」
伊達だけど。ついでに格好もわざわざ高校の夏制服(白の開襟シャツに黒ズボン)姿で、いかにも受験生ルック。ルフィは形から入るタイプだ。ちなみにこのスタイル+ハチマキで今の高校にも合格した。あのときの集中力はすさまじかった。
「おう、おれは勉強する気は満々だ!」
「だったらなんだよそのおどろおどろしいバックは……」
怖くて半径1メートル以内に近付けません……。
「…かんっぺき!」
「完璧?」
「ゾロ欠乏症!!」
「あぁ……」
「もう一週間も声さえ聞けてねェ……。おれ忘れられたんかなぁ」
きゅうとルフィの眉根が寄った。こんな表情をさせられるのもゾロ一人かもしれない。少なくともただのお友達程度にはムリ絶対ムリ。
「確かロロノアさんて高認試験受けるとかなんとか……。試験ていつだ?」
「明日と明後日」
「そりゃー友達とつるんでる場合じゃねェだろ? お前らそんなにしょっしゅう電話とかしてんのか?」
前々から異常なくらいの執着ぶりだったから、今さら電話くらいで驚きはしないけれど。
「うん毎日」
「毎日ィ!?」
驚いちまったじゃねェか……。
「おう、夜8時から10分だけって決めてな! でも気付いたら20分くらいになってんだけどなー。ししし!」
「しししって……ルフィ、メーワクじゃねェかそれ?」
「なんで!? 毎日会えねェんだから電話くらい当たり前じゃん!」
「いやいやいや」
これを真剣に言ってるから目眩がする。たかが年下のダチごときに時間決められて電話なんかさせられたら、自分ならうざいだけだ。彼女ならともかく……。
それをルフィに言ったら、何か言おうと開いた口を気まずげに閉じた。
「ルフィ?」
「だって……それは……」
珍しく歯切れが悪い。あの男とツルむようになってから、ルフィはよくこんな風になってしまう。どんだけの影響力だよ、全く……。
「あのなルフィ。お前仮にも受験生なんだぜ? 一人の奴に振り回されてる場合じゃねェと思うぞ? まぁ女にうつつを抜かすよりマシかもしんねェが」
斯くいうウソップも彼女とは最近付き合い始めてラブラブ期だが、その辺は弁えてるつもりだ。
「似たようなもんだけど……」
「はぁ?」
「そっかウソップには言ってねェんだよな……」
「何をだよ」
「な、なんでもねェ! ゾロに怒られっから!」
「はい?」
「と、とにかく、そんなわけでな? ゾロに会えなくて死にそーなんだ」
「大袈裟だなぁ。でもマキノさんも大袈裟だよな。たまにしか会わない友達と会ったらダメなんてよう。これまた彼女でもあるまいし。ルフィが色ぼけしてるみたいに思ってねェ?」
「ギクッ」
「ギク?」
「ウソップ……、お、おれな?」
「なな、なんだよ、こえー話しなら聞かねェぞ!」
「怖くはねェと思うけど……。ん〜どうしよ……」
「は、はっきり言えよ!」
「ダメだ黙ってらんねェ! ゾロごめん!!」
どこぞに向かってバチンとルフィが手を合わせた。
「は!?」
「おれっ……、実はゾロと付き合ってんだ!!」
……はい?
「……付き合って?」
「うん」
「付き合ってる……」
「う、うん」
「お付き合いをしている……?」
「そうだって! 恋人どーしになったんだって!!」
「ええぇええ!?!」
「黙っててごめん……」
「い、いや、それはいいけどよ……言えることじゃねェし。しかしお前……っ、そのっ、てことはっ」
「ん?」
「付き合ってんだから当然その……」
キスとか、抱き合ったりとか、それ以上とか……あの男としないといけないわけで。
キョトン、と親友が首をかしげた。そっち方面はまるで免疫のなかったルフィが、いつの間に!?
「い、いつから……」
「今年のバレンタイン」
「チョコやって告った、ってことか?」
「やったことになんのかなあれ……。一番で特別だってゆった」
「一番で特別、か……。まぁ男同士なんかそっからだよな……。そ、そっかぁ、いやー、おったまげた……」
「驚かせてごめんな?」
「あー気にすんな! もう半年も続いてんのかぁ……。なんかホンモノっぽいよな。で、やっぱりその〜〜、キスとかしてんのか? って何聞くかなーおれ〜〜! あっはっはっは」
「あー!!」
「はい!?」
「そいや初めてキスしてから1年になるんだ!! うわーすげぇー、今度ゾロに会ったらお祝いしねェと!」
「計算合わねェじゃねェかおいっ!」
一応訴えてみたが軽くスルーされた。この分じゃ当然それ以上も……。
「き、聞きにくい……」
「なんだ?」
「あいや、そっか、そりゃ声くらい聞けねェとしんどいよな。ははは」
「だろっ! いっくら勉強してるからって、電話するって約束破るのってひどくねェ!?」
「……浮気とか」
「ギャー! なに言ってくれんだウソップのバカちん!!」
「風俗とか」
「なんだそれ」
「すいません……」
「……でもそうかも」
「なにっ!? 風俗嬢にいれあげてると!?」
「浮気……その辺、おれまだ信用してねェもん」
「浮気性なのか!? けしからーんっ」
おれはカヤ(彼女だ)一筋だー!!
「まだされたことはねェんだけど……ゾロって誰とでも寝られる奴なんだよ……ぐっすん」
「うわ泣くな!!」
「おお……」
「そ、そ〜言えばルフィ」
話しを逸らせ話しを逸らせ!!
「ん?」
「例の兄弟、まだ来てんのか?」
「おー、来てる来てる。しつけェんだよ『お前はボクシング界の希望の星だー』つってよー」
単純な親友に感謝!!
「会長って女なんだろ? そんなすげーのか?」
「ある意味な。この間なんかプロポーズされた」
「なんだそりゃ!」
「『いや』っつったけど。ていうかあれは会長の趣味みたいなもんだから別にいいんだけどさ、おれプロになるとか言ってねェのにしつこくてよ! だからもう行ってねェ」
「そいやあのー、シューなんとか言うジムの後輩とは?」
「シュライヤ? ……口利いてねェ」
「ま、しゃあねェかぁ……。また襲われかけたらたまったもんじゃねェもんな。ルフィにはロロノアさんがいるわけだし?」
「うん! おれゾロ以外にぜってー触らせねェもん!!」
「やっぱその、ロロノアさんには、触られたり……?」
つーか話し戻しちまったい……。でも気になるし!!
「ん? うん。多分おれ、ゾロに触られてねェとこねェよ?」
「ふぎゃあ……」
さらっと言うなぁ……。
と、ウソップが真っ白になりかけた時、階下から母が「ルフィに来客だ」と知らせて来た。二人して顔を見合せる。
「まさかあの兄弟……?」
そんな懸念だったのだけれど、
「ロロノアさんて人ー」
「ゾロだぁー!!!」
0コンマ3秒の速さでルフィは部屋を飛び出していった。
「早ェー……」



おばちゃんに「外で待ってるって」との伝言を受け、ルフィが玄関のドアを勢いよく開け門扉を出ると、そこには会いたくて会いたくて仕方なかった人が塀にもたれて立っていた。
「ゾロ!」と声を掛ければ「よう」と口角を上げたいつもの笑みが返ってきて、久しぶりの大好きな笑い方にくらっとくる。
「久しぶりに見るとこれまたかっこいい……」
ど、どうしよう! かっこよすぎてこれ以上近付けねェ……! ←バカ
「お前んち行ったら誰もいなかったから。ウソップんとこかと思って来てみた。当たりだったな」
ルフィの家とウソップの家は三軒しか離れていない。
「あ、そうなんだ! えっと、勉強してた……」
なんだろうこの照れ臭さ……。
「……ルフィ?」
「う、うん!?」
「メガネ似合うな」
「はっ、これは……!」
慌てて外してしまった。今まで誰の前でも気にしたことなんかなかったのに、今日のルフィは変なのだ。感情のコントロールがどうにもできない。
「掛けてろよ。新鮮でいい。その制服も」
「そ、そうか? ゾロが言うなら……」
素直にまた掛け直す。
「つーかこう、ガバーッと抱きついてきてくれるかと期待してたんだがな。やっぱ怒ってるか……電話しなかったこと」
「お、怒ってねェ! ……今は」
「今は?」
「ごめんさっきまで怒ってた……」
「だよな。すまん……。おふくろが女にうつつ抜かしてると思ったらしくて、電話させてくんなかったんだ」
「みんな同じこと言う……」
「ん?」
「やり直していいか?」
「…? ルフィがしてェならなんでもいいが……」
「ありがとう!!」
礼を言うなりルフィはゾロに飛び付こうと、彼氏に向かって両手を伸ばした……のだが。
「麦わらー!!」
「ぎゃああ出たリスキー兄弟!!」
「今日こそジムに来てもらうぞ!!」
「い、いやだっ」
いかにも人相の悪いのにジリジリ詰め寄られ、せっかくゾロに伸ばした手を引っ込めてしまった。ガシッと肩を掴まれて後ずさる。が、「イテェー!」という悲鳴と共にリスキー兄弟が左と右にキレイに吹っ飛んで行った。
「ゾロ!」
言わずもがなゾロが助けてくれたのだ。
「平気かルフィ。おいてめェら、気安くこいつに触んじゃねェ」
「いででですいません……」
「ていうかお前! いい体してるなぁ! うちのジムに入らねェか!?」
「あ?」
今度はゾロに矛先が向かったようだ。
ったくこのセコンド兄弟はぁ……(選手でなくコーチなのだ)。
それに引き換えゾロのかっけーこと! さっすがおれの彼氏だよなー!
「って感激してる場合じゃねェや。おいお前ら! おれもゾロもプロにはなんねェから、とっとと帰れ!!」
「そう言わねェでよォ〜。ローラ会長に怒られんだよォ〜」
「知るか!!」
「ルフィこいつらジムの?」
「うんそう……」
男達とルフィの間に割って入っているゾロが、自分の後ろに隠したルフィに耳打ちしてくる。ルフィはゾロの腕を両手で抱え、顔だけ覗かせて眉を下げた。
そうしてどう言えば諦めてくれるのかとルフィが思案に暮れていたら、突然リスキー兄弟に浴びせられた白い粒々に二人は玄関口を振り返った。
「ウソップ!!」
「こーらそこの兄弟! こいつらの貴重な時間ジャマしてんじゃねェぞ!!」
「ウソップ……」
「ほらルフィ、塩まいとけ塩!」
成程、さっきの白い粒は塩だったのだ。
「よーしお前ら覚悟しろ!!」
ルフィもニヤリと笑って、ウソップと一緒になって二人に塩をぶち当てまくったのだった。



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