[30〜37話]

□32話
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「食わねェのか?」
「食うぞ?」
「……?」

翌日の夕食時、ルフィの希望だったケーキバイキングタイムに突入していたにも関わらず彼が席を動こうとしないのに、ゾロは不審に思って尋ねたのだ。
ゾロの予想ではいちばんにディナーを摂り終えていちばんにケーキコーナーへ突進していって、いちばんたくさん食べるのだろうと踏んでいたので。
「いーち、にーい、さーん……し、ご、ろく! お〜ケーキとタルトで6種類もあるぞゾロ!! あ、あれプリンかな!?」
「あぁ……じゃねェか? どれも一緒に見えるが。だから食べねェのかって」
すでに数人の女性と子供が群がっている。
1階の食堂では、ゾロとルフィのほかに、カップル2組家族2組の計5組がテーブルをそれぞれ囲っていた。本日チェックインの面々なので初顔合わせというとこになる。(ちなみにカップルは丸テーブルで家族は人数の都合で長テーブルだ)
今日も朝から天気がよく、ふたりは近所の森を散策に出かけた。真夏には絶好の避暑にもなった。昼食前に一旦戻ってきて汗と汚れを落とそうとまた一緒に昼間も利用可能な貸切風呂に入って(えっちはしてません)、昼食を摂ってすぐ次は近くのダムを見に行った。
ルフィは終始大騒ぎで無駄にあっちへこっちへ駆けたり昇ったり落ちたり(そしてケガして膝帽子には絆創膏…)、たいへんなはしゃぎっぷりであったので、ルフィのことだから夕食だけでは足りずケーキバイキングに命を賭けている(大げさ)とさえ思っていたのに。
いささか拍子抜けだ。
「うまほ〜うまほ〜〜」
「なくなっちまうぞ……?」
実はルフィの食べっぷりが大好きだったりするゾロなので、食べたそうなのに食べないルフィを見ているのは気が気じゃないのだ。
「ダイジョーブ!! 心配すんな」
「はぁ……」
ブイ、とピースサインを出したルフィの真意は、しかし直に知ることができた。
女子供の胃袋に入る量などしれていたということだ。食べても一人最高3個ないし4個。人気だった種類の追加が運ばれてきた時にはもうおなかもいっぱい。ルフィは意気揚々とケーキコーナーへ向かい、いちばん空いている大皿に乗せられるだけケーキを乗せて周囲を驚かせ、テーブルに戻ってきた。
「ではでは、いっただっきま〜〜すっ!!!」
パチンとお行儀よく手を合わせる。
隣のテーブルの女の子(小学生くらいだろうか)が「お兄ちゃんそんなに食べれるの?」と訊いてきたが、それにルフィは「おお」と胸を叩いた。挑むのがケーキでなければたいへん頼もしい。
かくしてルフィは1個二口のペースであっという間に大皿山盛りのケーキを平らげ、みんなから拍手を貰っていた。
どこかから「大食いタレント?」「あんな子いたっけ?」と本気で疑う声が聞こえてゾロはこっそり笑いを噛む。
しかもルフィはおかわりをして、結局ほとんどのケーキを食べ尽くしてしまったのだ。
感謝したのはケーキを作ったこのペンションの奥さんである。いつもたくさん残ってしまうのだそうだ。
すっかり「大食いアイドル」と化したルフィは夕食後も女性陣や子供たちに懐かれることになって、「今まで食べた最高記録」話で盛り上がり、しばらくゾロのところに戻ってこなかったのが唯一の誤算だった。


「お前はどこででも人気者になるよな」
「へ?」
部屋へ戻って風呂のしたくをしながら、ゾロは思ったままを口にした。バイト先のコンビニでもお客と親しそうに話をしているのをよく見かけるし、学校にも友達はたくさんいるようで、そのカリスマ的な部分をウソップから聞いたことがあった。しかし、おおかたの名前を覚えてないらしいのだが……(ゾロがそうだったように特徴で呼ぶらしい)。
なんというか、とてもルフィらしい。
「人見知りしねェもんな」
それだけではないだろうけど。
「そうか? おれゾロのこと聞かれたぞ、女の子に! 『連れの人かっこいーねどーゆー関係?』だってさ!!」
ぷくっとルフィが頬を膨らませた。思い出して不愉快になったのか、自分も彼氏と来てんのにーとブツブツ言う。
「そりゃーゾロはあん中じゃダントツにかっこよかったけどなっ。ししし」
「待て、まさか付き合ってるとか言ってねェよな」
「……」
「言ったのか?」
「内緒って言った……。ここには迷子になってたどり着いただけだって。ホントはスッゲー『彼氏だ』って言いたかったんだぞ!?」
「それだけは勘弁してください……」
「ちぇー。わかってるよーだ」
と言っても、昼間から一緒に貸切風呂に入って行くところをここの奥さんには見られていて、「仲いいのねー」とクスクス笑われたのだが……。あれは一体どういう類の笑みだったのだろう(忘れよう)。
「ところで今日も裸になるのか?」
「うん!!」
「あっそう……」
「……メーワクそうな顔、ゾロ」
きゅ、とルフィの眉根が寄った。
「迷惑じゃねェよ。ねェけど……あー、まぁ、ある意味迷惑か?」
「ええ!?」
「だってお前……」
すべすべしてていい匂いでやーらかくって気持ちよくって……、とか言えるか。
「えと、昨日できなかった分、今夜でもいいぞ……?」
ちろ、とルフィが上目遣いで伺ってくる。それだけでうっかり誘われそうになるゾロなのだが。
「いやそれはムリだ。明日は長時間運転して帰んなきゃいけねェし、ちゃんと寝とかねェとな。気持ちだけもらっとく、あんがとな」
「ん〜…でもゾロのお願い叶ってねェじゃん!」
ぷくっと頬を膨らませてルフィの方が不機嫌になってしまった。
実はルフィの誕生日の“お願い”(たいへん言いづらいが中出しの件である)は実現したものの、ゾロの“お願い”(これまたたいへん申し上げ難いが朝までエッチ)は実現しなかったのである。……ゾロが途中で寝てしまったから(さすがに疲れが出た)。
2R目で放り出されて、あの後ルフィはどうしたんだろう……。実は怖くてゾロは訊いていない。朝起きたらいつも通りのルフィだったので余計に。
「そっか。そうだな。それに今夜はあの話しすんだもんなっ!」
「あぁ、そこだ。その話し合いをちゃんとしてェから、できればおれが誘惑に負けるような事態は避けたい、と思ってるわけだ。言ってる意味わかるか?」
「誘うなってこと?」
「あー。そうかアレ、ルフィなりの誘いテクだったんだっけな……」
「テクってなんだ」
「まんまと誘われたおれなので言わせてもらうが、お前が裸で隣にいたら話し合いにならん。てことで、今日は脱ぐの禁止」
「え〜!? 話し合いしたあと脱いで寝ればいいじゃんか!」
「脱ぐの前提だと落ち着いて思考が回らねェ。悪ィな、大人のクセに余裕なくて……」
昨日あんなにシたのに、我ながらガメツイ。
ブンブンブン、とルフィが少々顔を赤くして首を横に振った。
「わかった!! ふたりきりで大事な話し、するんだもんな!! 当然だっ!!」
おれこそごめんなさい、と頭を下げたルフィにゾロはその頭をなでなでして、それからそっと抱き寄せる。
「本音を言うと抱きてェ……けど、今日話しあうって約束の方が先だったからな。すまん。思い通りにしてやれなくて」
「ゾロが謝ることねェよ。おれのわがままだもん。おれはゾロといられたらいい」
「ルフィ……」
抱き込んだまま身を屈め、ゾロはルフィのこめかみにちゅっとキスした。すぐに顔を上げたルフィがにっこりと笑ってくれる。それだけで安心する。
その後、ふたりでまた貸切風呂へ入って(えっちは以下同文)、予てから約束していた、“ふたりの将来について”話しあうことになった。


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