[30〜37話]

□33話
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お久しぶりコンビニ『マリーン2号店』では、平日の夜、従業員達は少々まったり加減で働いている。2学期に突入して間もなくのバイト学生ルフィもその一人だ。

「すっかりラブラブか?」
レジカウンター内。隣のオレンジ髪の美人と目の前の金髪碧眼男とを見比べながら、ルフィは思ったまま尋ねて小首を傾げた。
「てめーらより遥かになァ! フッ、ときにナミさん、今日バイトは何時まで?」
「あなたに教える義務、ないと思うけど」
メコーっとサンジが両手両膝をついて「おれはサバ以下だ……死のう」とかブツブツ言っている。
「どこが遥かになんだよーサンジィー」
「うっせェわい!!」
「あ復活した」
おんもしれーよな、サンジって。
そしてルフィは客もいないし(サンジ≠客)と言うことで、不真面目で申し訳ないがジーパンのポッケから一枚のぐちゃぐちゃになったレポート用紙を取り出した。そこに書かれた文字を目で追って、ふぃ〜とため息。
「なぁに、それ」
「ん〜、来月の弁論大会の司会頼まれちまったー。先生が『お前はほっとくと当日までなんもしねェだろうから今からこれ全部覚えろ』って……。去年は大会の方に出ろって言われて断ったんだけどさ、今年はうちの高校でやるんだってー」
去年の今時分と言えば姿を消したゾロ捜しで忙しくて、ルフィはそれどころではなかったから。
「やるって言うと……弁論大会を?」
「そうそう。めんどっち〜」
「へぇルフィが司会! なんか意外にハマりそうじゃない。ね、サンジ君?」
話を振られたサンジが目からハートをプカプカ浮かべながらナミに「うんうん」と調子よく返し、ルフィには素に戻って「せいぜいとちんなよ」と叱咤激励した。
「しっかし学校側もチャレンジャーだな。ルフィに司会やらすとは……」
「おれ一応国際語科だから」
「こ、こくさいご?」
ペシッとルフィから紙切れを引っ手繰ったナミが、サンジと一緒になって覗き込む。
「……やだこれって……」
「ほぅほぅ。意外な一面だな」
「ん!?」
と、店の前の駐車場に目を凝らしたのは、二人のやり取りなど特に興味のないルフィである。
「どうかした? ルフィ」
「……あれ!! あれゾロの車っ」
そして思わぬ来客に顔を輝かせた。
「ロロノアさん来たの? 約束してたんじゃないの?」
「してなかったぞ! うわーどうしたんかな。買い物とか……」
「こんなトコまで来るわけないでしょ! おバカ! あんたに会いに来たに決まってんじゃない!」
「とぼけてるの? 本気なの?」
サンジがくるくる巻いた眉を下げて肩を竦める。
「多分本気よ……」
こそこそ耳打ちしあうサンナミなどやっぱりルフィの眼中にはなく、白のアウディから下りてきた人物を目で追った。夜の8時前ともなればこの観光地で且つ辺鄙な海岸沿いのコンビニに、わざわざ来る客などいない。ルフィは仕事そっちのけで(やっぱりか)入店してきたゾロに両手をブンブン振ってピョンピョン跳ねた。
「ゾロ!!!」
「よう、突然悪い」
「悪くねェ!!」
「けっ、おれ帰ろーっと」
「あら帰っちゃうの?」
「んナミさん……!! それはおれと一緒にいたいって言ってるのォ!? 喜んで地の果てまでもォ〜〜っ!!」
「だって二人の世界に私だけ邪魔者じゃな〜い」
一応ほかの店員もいるのだけれど。
もう少し眺めてましょう、てことになり、二人の生暖かい視線を受けつつルフィはレジ越し、目の前に立ったゾロに「いらっしゃいませ〜」といつものセリフで迎えた。
「ああ、別に買いモンに来たわけじゃねェから」
「ん? そうなんか?」
「当たり前だろうが。お前を迎えに来た」
「迎えに??」
ルフィが右へ左へ首を傾げる。
「キャー! 聞いたサンジ君? 迎えに来たですってー! 言われてみたいわァv」
「あなたのプリンスがお迎えに上がりましたナミさん!!」
「あ、結構」
「今の前振りなに〜〜〜!?」
「わっはっはそれ漫才かお前らー」
ルフィにつっこまれたらおしまいである。
「しかしあれだなァ……」
と、ルフィを上から下までマジマジ眺めたゾロが、顎に指を添え難しい顔になった。
「え、なになに!?」
あんまりじっと見られると未だに赤くなってしまうルフィなのに。
「ルフィがここでバイトしてっとこ見ると、ホッとする。なんか懐かしいよな」
「そんなもん?」
「感慨深い」
うんうん、と本当に感慨深そう。
そんなゾロにナミが小声で「アホじゃないの」と悪態を吐いて呆れたが本人は特に気にしてない様子。
「それよかゾロ! 迎えにってどこ行くんだ??」
「あぁそうだ本題だ。ルフィ明日の土曜はバイト休みだっつってただろ? 今夜から泊まりに来れねェかと思って。いっぺんお前んち寄って親に聞いてからな」
「おお行きてェ!! おれ明日は朝からゾロんち行きてェって電話しよーかと思ってたんだ」
にっこり笑って頬を上気させるルフィに、ゾロが小さく笑みを返す。その彼氏に今度はサンジが胡散臭げに舌を鳴らした。
「ちっ」
それを受けてご丁寧にも鋭い眼光を返す彼氏で。
おっとこの二人、なぜか犬猿の仲なんだった……。
もちろんサンジがそんなものに怯むことはなく、
「魂胆丸見え」
とルフィには意味不明なことを言った。
「コンタンてなんだー?」
「んなもん、お前連れて帰ってヤりてェだけに決まってんじゃねェか。気を付けろよ〜ルフィ、足腰立たなくされちまうぜ?」
ニヤニヤいやらしげな笑みで腕を組むコックに、ルフィはぽかーっと口を開けてしまった。
そ、そういう意味か……。
しかもゾロまで、
「まぁ、半分は間違っちゃいねェが」
とか肯定するので思わず隣に救援の眼差しを向ける。
「ムリムリ! 私に言われてもムリ!!」
ブンブンブンとナミが顔の前で手を振ってついでに頭も振った。
当然そんなルフィの困惑顔を見たゾロが慌てて「冗談だぞ!」と訂正してくれたので、ホッと胸を撫で下ろしたルフィなのだった。

が、サンジの言った言葉があながち間違いでなくなることを、このときルフィは知らない。



ルフィのバイト終わりを待ってゾロはルフィを自宅まで送って行った。
家庭教師から開放され、土日に時間が持てるようになったのだ。
旅行から帰ってきてまだ一週間も経っていない。が、ルフィの両親にはきちんと彼を預からせてもらった礼を改めて言う必要があると思われ。もちろん、帰ってきたその日もちゃんとルフィを送り届け「無事に戻りました」と土産物と共に頭を下げはしたが、たまたまその日はルフィの父親が不在だったのだ。
家長に挨拶しなければ意味がないだろう。
実はルフィが明日休みだと言うほかに、今日はルフィの父親が休みで家にいる、という情報も得ていたので今日を選んだというわけである。なので、決してセックスが目的なわけでは……ないと……(思いたい)。
「へ……? シャンクス呼ぶのか? 玄関に?」
玄関前での会話である。
「ああ、ちゃんと礼しとかねェとな。旅行の。つかシャンクスって言うのか?」
「あ、うん! おれの父ちゃん」
「なんで呼び捨て……」
「昔は父ちゃんだって知らなかったから」
「なんだそりゃ……」
「まーいいや! ほんじゃ呼んでくる! たっだいま〜〜っ」
バーン! とルフィが景気良く家の中へ入って行った。
あらおかえり、と母マキノの声が聞こえる。
ゾロは三和土で待たせてもらい、顔を覗かせたマキノに「こんばんわ」と挨拶をした。
「上がってくださいな」
「いえ、今日はここで。ちょっとオヤジさんに挨拶させてもらいたいと思いまして」
「まぁご丁寧に」
用意していた包みを「これ」とマキノに手渡す。正月、ルフィの父が好んで飲んでいた酒だと記憶していて買ってきたのだ。ゾロも無類の酒好きであるので(ルフィにはっきり言ったことはないがなぜかバレている)、その趣味には共感した。
「ようロロノアくん! 久しぶり!」
そうして甚平姿で出てきたシャンクスにゾロは「ご無沙汰してます」と頭を下げた。
「先日はルフィとの旅行を許可して頂いて……ありがとうございました」
「これ戴いたのよ、お父さん」
「おー! いい趣味してるねェロロノアくん!」
「いえ……」
「ルフィが旅館予約してなかったんだって? すまんなァ、アレには特におれァ躾けたことがねェ」
「あー、つーかおれが迷ったのがいけねェんだし……。ルフィのせいじゃありません」
「ルフィのヤツ楽しかった楽しかったって今でも言ってるよ。ありがとなァ」
「いや、ルフィにはおれがいつも楽しませてもらってばっかりです」
色んな意味でですが、とは言えないけど……。
そう言えばそのルフィの姿が見当たらないな、と思ったらなにやらでかいリュックを背負って階段を下りてきた。すっかり泊まり準備万端のようだ。
「父ちゃん! おれゾロんち泊まりに行っていいか!?」
その出で立ちでいいかもクソもないと思うが。
「おお、行ってきなさい。おうちの人に迷惑かけんじゃねェぞ」
「え、今から行くのルフィ!?」
母はもちろん気が気ではない。母同士の体裁というのはなにかと面倒なものなのだ。
「両親は明日の医学会の地方会のために今日から出かけてるんで大丈夫です。ちゃんとハウスキーパーが来ますから」
「それじゃ返ってご迷惑じゃあ……」
「ええ〜〜〜」
ルフィがしゅうんと細い肩を落とす。
「ご心配には及びません。ルフィに窮屈な思いはさせないんで、うちに泊めていいですか?」
「ん〜……わかったわ、ゾロ君がそう言ってくれるなら」
「心配ねェってマキノさん。ゾロ君がフォローしてくれんだろ。なァ?」
「はい」
その大人達のやり取りにルフィが現金にもにへーっと笑顔になった。
「あんまりドンドンしちゃいけないのよ」
マキノは諦めたように肩を竦め、5歳児にでも言うようにルフィに言い聞かせた。
こうして、ルフィは無事ゾロ宅にお泊まり権ゲットしたのだが。
去り際。
「ああ、そうだロロノア君」
「はい?」
「ルフィは我が侭で手のかかるヤツだと思うが……」
「いえ」
「うちのカワイイ次男坊だ、泣かせたら承知しねェぞ」
ビシッと、ゾロに指を差し釘を刺した。


「あーびっくりした……」
「おれもだ」
まだ心臓ドキドキ言ってる、と胸に掌を当てるルフィの背を押し、ゾロは助手席のドアを開けた。
「バレてたんだ〜〜」
「ああ。しかも正月にルフィんち行ったときから。まだ付き合ってもねェころだ」
「うん、風呂場の会話聞いちまったって……」
たまたま、とか言っていたけど怪しいもんだ。ルフィの父はどこか憎めない雰囲気だが赤毛で顔の左半分に三本の傷を持つ、ちょっと堅気には見えない男なのである。おまけに左腕がない。
ルフィが「父を父だと知らなかった」と言っていたことと何か関係あるのだろうか……。
ゾロが知ってるルフィなど、まだまだ片鱗なのかもしれない。
「ゾロ……?」
手を止めたまま黙り込んでしまったゾロをルフィが心配そうに見上げてきた。
「平気だ。なら話しが早いじゃねェか。認めてくれてるみてェだしな」
「そ、そうか? ホントか?」
ああ、と力強く頷いてやったらルフィがうへへと可愛らしく笑ったので、ゾロには些細な問題のように思われてくる。我ながらお安い。
「ゾロ」
呼ばれてふと目線を落とせば夜目にもわかるくらい揺れるルフィの真っ黒い瞳とぶつかって。
それが閉じるのに誘われるまま、ゾロはルフィの肩に手を回しその唇にキスを落とした。
「あ、やべ」
しかし我に返るのは早かった。パッと顔を離してルフィの家の方を振り返る。つか誰かに見られたらどうすんだ、おれ。
それにしてもこんな風に自然とキスできるようになったのは恐らく旅行効果だと思うから、本当に行ってよかったと感謝してしまう自分はやっぱりお安いだろう。
「ごめん」と謝ったらルフィが「なんで?」と不思議そうな顔をするので、同じ場所で無理やりキスされた過去はもう忘れてくれたようだとずるくもホッとした。
余談だが、ルフィの唇は何も塗ってないのにつやっと明るい色をしていて、見ているとついつい触れたくなるから困る。
「行くか」
「うん!!」
嬉しそうな顔で車に乗り込むルフィに続き、ゾロは運転席へと回った。


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