[30〜37話]

□34話
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突然だが秋晴れの本日、11月10日、ゾロはコンビニ『マリーン2号店』の開閉扉の前で仁王立ちし、意味もなく拳に力を込めていた。

「な、長かった……。ついに明日、あの日がやってくる」
ご存知、11月11日のゾロの誕生日の話、では残念ながらない。本人が例えその日を自分のバースディより楽しみにしていたとしても。
今日は土曜で、恋人ルフィのバイトは午後3時までだ。その時刻にあわせて迎えにきた。ルフィにとっても、明日は待ちに待った日なので、今日から一緒に過ごすことになっている。ちなみに場所はゾロの旧家だ。ただし、ルフィのメインはゾロ誕であるけれど。
ゾロは気合も十分に『マリーン』のドアを開け放った。
「たのもー! じゃねェ……」
「なに言ってんのあんた」
しかしそこにいたのは小生意気な女店員ナミと、あとは眼鏡が知的な洗練された雰囲気の女性……。確かここの責任者だったと記憶している。その二人に「いらっしゃいませ」と迎えられたはいいが、あまりありがたくはない。あの笑顔がないなんて『マリーン』じゃねェ(どんだけ)。
「ルフィは?」
そうルフィの。
「ルフィはお売りしておりません」
「知ってる」
つーかもうおれのもんだ、とは口に出さず。
「ルフィを出せ」
「隠したように言わないで! もうあがりだから着替えてるのよ。覗かないでね?」
「覗くか!」
そのときルフィがパタパタと姿を現した。
「ゾロ!! いらっしゃい! じゃなくて、お待たせ!!」
すっかり布地が増えて淋しい季節だけれど(おい)赤いフードの上着はルフィによく似合っている。しかし一年通して膝丈ジーンズを履いているのだが。むき出しの脛が少々寒そうな印象を受け、そろそろ冬だなとゾロは不謹慎にもスベスベな手触りを思い出しながら考える。ちなみに自分は母親が買って来るいちいちブランド物の服の中から派手でないものを選んで着ていたりする。
「おう。ちょうどいいタイミングだったみてェだな」
「全く、売り上げにならないお客ね」
すかさずナミに悪態をつかれた。まぁ確かに……。
「いけませんよナミさん、お客様に向かって」
「は〜い」
「あ、そうだゾロ! 明日は『マリーン2号店』の1周年なんだ。バイトは休みもらったけど、おれ明日ちょっと顔出していい……? それとたしぎ店長のとこにもな! お祝い言いてェから! 最近行っても忙しいみたいでいねェんだよ〜」
「そうなのか?」
「うん、3号店オープンするんだって!!」
ルフィが言うと、ナミも支店長もニコニコして頷いた。ここの従業員はたいがい仲がいい。それもあのパクリ女の人望かと思うと首を捻るが、人を統率する能力はあるようだ。
「へェ……。わかった、連れてきてやる」
「ありがとう!!」
「けど……」
「?」
「……触ってからな」
小声で。
「う、うん」
ルフィが幾分赤くなって俯いた。昼間っから後ろに手が回りそうなことを言うゾロだが、これにはそれ相応の理由というものがあるのだ。
話せば長いことながら……。
「行こ、ゾロ。ほんじゃカリファ支店長、ナミ、お先に!!」
「お疲れさま〜〜」
ゾロはフンと鼻を鳴らして先を行くルフィに続き、マリーンを出た。

「やっと明日解禁だな……! ゾロ!!」
出るなりルフィが抱きついてきた。店の外ならいいってもんでもないと思うし、解禁は明日からなので。
「嬉しいが離れろ。まだ今日一日ある」
「え〜〜もういいじゃん! おれどんだけ我慢したと思ってんだ!!」
「それはこっちの台詞だ」
自分で決めておいて言うのもなんだが。
「それにルフィ、明日はベンさんの所にも話し聞きに行くんだぞ。忘れんなよ?」
「あーそっか!」
「忘れてたのかよ……」
「んん? 明日は大忙しだな〜〜」
「明日のハードさはおれがお前を離してやれるかどうかにも多分に関わってくるよな……」
「ま、またゾロはそういうこと言う」
とうとうルフィが真っ赤になった。
「……お前、そういや大丈夫だろうな?」
「? なにが?」
「その、スタンバイ状況はいかがなもんかと……」
「さっきずっと我慢してたって言ったじゃん! 全然へーきだぞ! でも久しぶりだしな……そっとな?」
ちろり、と上目遣いに呟かれてうっかり泣かせてしまった記憶が蘇った。
「心して掛かる」
マジメ臭っていうゾロに、ルフィが「なははは」と笑った。

明日、11月11日はゾロの誕生日。
だが二人にとってはそれだけではない。
なぜならその日が、ゾロが自分に課した自主罰ゲーム解禁の日だからである。

その内容と発端となる事件については……これから説明させて頂こう。



――かれこれ1ヶ月ほど前の、とある土曜日のことだった。

その日ゾロはルフィ司会の英語弁論大会とやらを見物するため(もちろんルフィに呼ばれて)ルフィの高校を初めて訪れていた。やけに国際的な建物とオブジェがあちこち立ち並んでいて、少々驚いた。
散々迷った挙句、その辺にいた生徒に案内をさせて体育館へ無事到着、一番端の空いた席へ座る。割りと大きな大会なのか色んな制服が目に付いた。
「お、ルフィだ。女子と二人で司会なんだなァ。へぇ、なかなか様んなってる」
壇上向かって右に司会席があり、そこに学ラン姿のルフィと女生徒がマイクを前に並んで立って順番に喋っている。
ルフィの英語はなかなか流暢なものだったが、品があるわけではなく、どこかフランクな感じの惹き込まれるタイプの発音だとゾロは印象を受けた。それとルフィの高くてちょっとハスキーな声は体育館中によく響き、人々の目を釘付けにしている。愛くるしいその笑顔のせいもあるだろう。
舞台袖で教師らしき男性が頭を抱えているところを見ると台本ムシは否めないが、生徒や来賓は大変ウケているので結果オーライだと思われる。彼はどこにいても注目を集めるのが得意技らしい。
それがちょっと誇らしくもあり、誰かに奪われはしないかと焦燥感も生まれる。だが、自分はルフィを信じている。
しかしながら大会のメインは当然司会ではないのだ。たとえゾロにとってそうであろうとも。
なわけで1人目の弁論が始まるや否やゾロが眠りこけてしまうことなど、本人も覚悟済みのことで。うつらうつらしながら司会席のルフィを見ればクスクス笑っていて、どうやら自分が寝ても怒ることはないだろう。
よし、10分だけ……。
と、居眠りしたことをゾロが思いっきり後悔する事態が起こってしまうことを、このときはまだ考えもしなかった。


「……んあ?」
なんだか会場がざわついている。司会が一人しかいないからだ。ルフィの相方の女の子のみである。どうやら傍聴客はルフィの登場を心待ちにしていたらしい。
ゾロはなんだか胸騒ぎがして、こっそり席を立つと、舞台裏へのドアの前で青い顔をしたウソップを捕まえた。
「ウソップ! お前も来てたのか」
「ロロノアさん! おれは放送部でな、この2階で音響担当してんだけどよ……、ちょっと気になることがあって下りて来たんだ」
「気になること……?」
「いやその、気の回しすぎかもしんねェんだけど、でもルフィが戻ってきてねェし……」
「なんだよ! ハッキリ言え!!」
「ひーっ、ごめんなさい!!」
「い、いや、悪ィでけェ声出して。なんでもいいから教えてくれ。ルフィがいねェのが気になる」
「うん。実は……ロブ・ルッチって教師の話はルフィから聞いてるか?」
「ああ、目の仇にされてるって」
「来てたんだ、ロブ先生も。一番後ろに座ってたのをおれは確かに上から見た。そんで10分くらい前にルフィが出て行った後、2人の男が席を立ったんだ。で、その一人がロブ先生だったもんでよ……。もしかしたらルフィと一緒にいるんじゃねェかと思って……」
「そりゃつまり……」
「うん、なんもねェといいけど」
ウソップの丸い目が神妙に細められた。額には脂汗さえ浮かべている。ゾロも嫌な汗をかいてるのがわかった。
「探してくる」
「おれも行く! あ、人数集めて後から行く!!」
「解った、頼む」


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