[30〜37話]

□37話
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到着したのは昼の2時を回っていた。
ルフィが目を覚ましたときには……。
「うわ、ゾロのどアップ」
なんでこう丹精な顔してるかな、とルフィは心の中で惚気る。
「ちっ、キスする前に起きるなよ」
「え! もっ回やり直し!」
ぎゅっと目を瞑ったらちゅっと唇にゾロがキスしてきて、ルフィのシートベルトを外して体を離した。
「なんだよー、もっとぶちゅーってしろよー」
「できるか! これだけでもおれ的には快挙だ」
「そうかも……」
ここがどこかは解らないけれども、車窓から見える限り学校っぽいような気がする。でも学生らしき人の姿はまったくないし、トラックがあちこちに停まっていて業者だろう作業服の男がちらほら見えた。
「あれ、ベンさんじゃねェか? 迎えに来てくれたぞ」
ゾロが指差す方向を見れば、
「あ、副船長だ!!」
一際立派な建物の正面玄関から出てきた人物を視認するなり、ルフィは車を飛び出した。
そして一直線に駆ける。
「副船長ちょっとぶり!」
1週間ほど前にも一度、シャンクスと一盃やりにウチへきたのだ。そのときゾロの家の電話番号を聞かれた。理由は解らなかったけど今なら解る。この日のためだ。
「よく来たなルフィ。思ったより早かったじゃねェか」
「ゾロもいるぞ! ここ何だ!? 副船長ここで何やってんの!?」
「うちの学校だ。どうだ?」
言われてルフィはぐるんとあたりを見渡した。
ルフィが記憶する学校のイメージではないものの、それらしき建物がいくつも並んでいて、奥のほうには近代的な講堂やホールの丸屋根も見える。ここからは構内すべてを見ることはできなくて、かなり広大な敷地であることがわかった。
「結構坂登ったな。こんなとこに大学があったとは……」
ゾロが感心しながらルフィのやや後ろへ立った。
「大学……?」
ゾロの言葉に、ルフィはキョトンとする。
大学!? ここが!?
「副船長、大学やってんのか!?」
「ああ、そうだ。今日はルフィとロロノア君にゆっくり見てもらいてェと思って呼んだんだ」
「おおー!」
「運転ご苦労だったなロロノア君。お頭……シャンクスからは『ルフィの彼氏は方向音痴だから門まで出迎えてやってくれ』と頼まれてたんだ」
「彼氏……。方向音痴……」
ゾロが心なし青くなった。そこまでバラさなくても、と言いたげだ。
いいけどなもう、とボヤいた。
「お前達を見てると昔の自分達を思い出す」
「……はい?」
「なーなーゾロ! 見て回っていいんだってさ! どっから行く!?」
「好きなとこから行けよ」
「うん!!」
ルフィはゾロの手を引くと、一目散に駆け出したのだった。


興奮気味のルフィを捕まえて理事長室の応接間へ落ち着いたのは、そろそろ日も暮れるころだった。
ここだけではないがモダン調の豪奢な作りで、風格がある。元々廃校になっていた海外の大学の姉妹校を増改築したらしく、洋式建造物が大半をしめ、異国情緒に富んでいる。
これから少し、この大学のスローガンというものを聞かせてもらうことになった。重要なことだ、校風は。
「ズバリなんでもありだ」
「は?」
ゾロとルフィが声を揃えた。
「この国の少子化は絶望的だ。大学へ進みたい者は本当なら誰でも入学できていい現状だ。大学は学生を選べる立場じゃねェ。しかし選ぶ側の受験者は、ブランド名や偏差値といったものを目安にするし、企業側の採用方針もまたしかり、それらが産む悪循環が大学本来のあり方を忘れさせてる。大学がかつての教育・研究機関としての役割を急速に喪失しつつあることが嘆かれてるにも関わらず、なにも変わらねェ。だからギリギリの線でやりたいようにやる。ここでは意欲さえあればどんなことも学べるようにしようと思ってる。だから入試は数字だけを見ない、一芸一能というやつだ。ここまでは解るか?」
「ん! ぼんやり!!」
「ぼんやり……」
「進めてくれ」
ゾロが代わりに答える。
「インスタントで悪いが、まぁ飲みながら聞いてくれ」
ベンがコーヒーの飲めないルフィを気遣って二人にティーパックの紅茶を入れてくれ、すすめた。
「いただきます! あっ」
「冷まして飲めルフィ。猫舌なんだからよ」
「フー、フー」
「本当に仲がいいようだな、お前達は。マキノさんの言ってた通りだ」
ベンがくくっと笑う。
バツが悪そうなゾロと違ってルフィは「当たり前だ」と胸を張った。もう少し恥じらいというものを持ってもらいたいゾロだが、そんなルフィは想像できないので言うことはない。
「肝心の学科と学部の選択は?」
「基本はあるが、だからなんでもありだ。学生にあわせる。それがこの大学の売りだからなァ。しかし中途半端なことはしないと誓う。講師も教職員も部の顧問に至るまで、おれが本物だと認めた者にしか頼んでねェ。この国の大学職員は研究には熱心だが教育意欲に欠けるのでな」
「大学の現状なんざよく知らねェが、なんつーかいろいろ無茶じゃねェのか、それは」
「だが何とかするし、今のところなんとかなってる」
「どんなコネだよそりゃ……」
「色々だな」
この男、只者ではなさそうだ。国どころか世界の要人と繋がりがあるのかもしれない、とゾロは憶測する。でなければ今のご時世に大学を創立すること自体が無謀なはずなのだ。後ろ盾は多いほどいい。
この大学にこの国の常識は通用しない、そう構えておいたほうがいいだろう。
「おれはお頭と世界中を廻って文字も読めない子供を死ぬほど見てきた。ただ、救い手が圧倒的に少ない。この大学を卒業した者には、そんな子供たちを救えるような世界を見据えた大人になって欲しいと願ってる。だからこの大学を創った」
彼は簡単にいうが、ここまでこぎつけるのにどれほどの努力と資金を投資したのだろう。自分はまだまだ小さい、とゾロは思った。
そんなことを微塵も思わないだろうルフィは案の定「なんかかっけー!!」と大きな瞳を輝かせまくった。
「なんかって……」
「す、進めてくれ」
「だからルフィ」
「ん?」
「ロロノア君と一緒に、うちの大学へ来ねェか?」
「……おれとゾロが? ここに?」
「そうだ。ルフィの夢はお頭から聞いてるぞ。世界中を冒険してェんだろう? そのための語学と知識を、ここで身に着けるといい。全力で協力するぜ。それにお前はここの校風にピッタリなんだ、絶対に型にハマらねェ。夢を持って入学してくる仲間を引っ張っていってほしい」
「……」
ルフィにしては珍しく呆気にとられているらしかった。
ゾロはぶっちゃけ、大学とは個人が社会に出るためのステップに過ぎなく、仲間だとか誰かがまとめるとか、そういう観念は全くないのだ。それをルフィに求めるというのはゾロにとって彼を犠牲にするようなものだとさえ思えてくる。
だけどコイツのことだから……。
「おれ入学する!! 大学ここにする!! ここに通う!!! ゾロもいいだろ!?」
どどーん。
「言うと思った……」
ああ――。
だからか。
だから自分もこの大学に誘われたのだ、と今はっきりゾロはベンの思惑を悟った。
「だそうだロロノア君。サポート頼むぜ。もちろんルフィ専属のサポーターだ」
「………任せろ」
というほか、ゾロに道があっただろうか。


「いや〜〜よかったなァゾロ、受験する大学決まって!!」
「そうだな」
車に向かいながら、ルフィはきゅっとゾロの手を握った。このまま手を繋いでしばらく歩きたい気分になってきた。
ゾロの横顔を見ればなんだか晴れやかな表情で、やっぱりゾロも嬉しいんだなぁと思った。ゾロが聞いたら「晴れやかじゃなくて吹っ切れたんだ」と言っただろう。
「ぜってーお前のオヤジさんも一枚噛んでるよなァ」
「なんで??」
「いいんだ、わからねェんなら。とりあえず試験にはパスしねェといけねェんだし、勉強頑張ろうな」
「おお!!」
「しばらく禁欲すっかァ」
「ええ――っ」
「冗談です……」
「なぁゾロ〜、中は全部見たしさァ、外周ぐるっと周ってみねェ?」
「ああいいぜ」
実はこのままブラブラしたいだけなのだけれど、ゾロが頷いてくれたので、駐車場を通り過ぎて門から出てみた。
この大学は小高い丘に建っていて民家も見る限り少ない。
しかし300メートルほど歩くとコンビニらしき見慣れた建物が見えてきて、ルフィは急に小腹が空いてきた。
「あそこでなんか買っていい!?」
「ていうかルフィ、あのコンビニって……」
「ん?」
支柱の上の丸い看板には、Marine≠フ文字……。
「マリーン!? あ、もしかして3号店!?」
「かもな。あの造りはどう見ても」
1号店、2号店と全く同じなのである。
「たしぎ店長いるかも!!」
言うなりルフィは駆け出した。
しかし入口のドアには鍵が掛かっていて、そう言えばオープンはまだなはずだし、たしぎは打ち合わせだって言ってたじゃん!とルフィはガッカリした。
中を覗いても内装は完成しているが陳列棚は空っぽで、店内は消灯されている。
それでも諦めきれなくてルフィがドンドン硝子を叩いていると、奥から一人、女の人が書類を手に出てきたのだ。
「店長だっ! おお〜〜い、たしぎ店長!!」
たしぎはこっちを見たがすっと目を細めた。ルフィは彼女の頭の上に乗っかっているメガネを指差して示唆する。
たしぎは「あ」という顔でメガネを掛けなおすと、ぱあっと破願した。
「ルフィ君じゃないですか!! それとロロノア(低音)」
慌ててたしぎが扉の鍵を開け、表へ出てきてくれた。
「たしぎ店長! ここが3号店なんか!?」
「そうですよ! 大学ができるっていうんで、学生さん狙いですv」
「なるほど〜〜」
「それに私の旦那さまになる人がこの大学の理事と旧知の仲で」
「……だんなぁ?」
「あんた彼氏いたのか」
「お見合いしたんですよ。ロロノアには関係ないでしょう!?」
「いちいち突っかかってくんな!」
「突っかかってませんよ! 私はまだ諦めてませんから、いつか決着つけてもらいます!!」
「まだ言ってんのか!? しつこいんだよ!」
「お前ら顔近――いっ!!」
べり、とルフィは二人を引き剥がした。
「あ、悪い……。おいルフィ機嫌壊すなよ」
「あとが面倒だもんなっ」
プンスカ!
「それはそうと、ここへはどうして?」
「そうだあのなっ、おれらここの大学通うんだ! 受かったらだけどなー」
「そうなんですか!? じゃあまたちょくちょく顔出してくださいね! 私はこっちに常駐することにしてるんですよ、新居が近いので」
「マジで!? ほんじゃおれ雇ってくれよ! こっから2号店はさすがに遠くってさァ」
「あ、それもそうですねェ。まだ公募してないのでバイトの枠空けておきますね。ルフィ君がいれば心強いです!」
「やった! ありがとう!! おれまだまだお金貯めなきゃなんねェからさ」
「てことはロロノアもあそこの大学、ですかぁ?」
たしぎ店長、嫌そうな顔……。
また言いあいが始まるのではないかとルフィは冷や冷やする。
「そうだよ。文句あんのか」
「いえ、て言うことはまた剣道始めるんですね?」
「考えてねェよ、そんなことまだ」
「あら? グランドライン大学の剣道部が目当てなんじゃ……」
「だから考えてねェって」
「なんかあんのか? その剣道部」
たしぎがさも意外な顔をするので、ルフィは聞いてみた。ゾロが剣道をまた始めるならこんなに嬉しいことはないと思う。
試合してるゾロとか見てみてェし!!←自分のため
「スモーカーさんがいうには……あ、お付き合いしてる方なんですが、あの人が言うには、顧問が凄い方なんですよ! 私も紹介して頂こうかと!」
「へー、誰?」
「剣道界では今や伝説の人物、世界一の大剣豪です!!」
ピシ、とゾロが目に見えて固まった。
ルフィが不思議に思ってつっつくと、ハッと我に返る。
「ルフィ、おれ入学やめていいか」
「ダメ!!!」
「言ってみただけだ……」
「どうしたんだ? そんなスゲー人に教えて貰えるんだぞ!? チャンスだぞゾロ、よかったじゃんか!!」
「………だ」
「ん? 聞こえねェ」
「大剣豪の称号を持ってんのは、うちのオヤジだ!」
「えええぇぇぇえええ!!!」
ルフィとたしぎが仲良く驚愕した。
「今朝言ってたオヤジの話ってのはそれか……?」
実はそればかりではなかったのだが、この後、ゾロはしばらく口を利かなかった。
ルフィが宥めると「落ち込んでるわけじゃねェんだ」とは言うのだけれど、ゾロはゾロなりに思うところがあるのだろう。
前向きなルフィはきっとゾロが剣道のことをまた真剣に考え始めてるんだ、そう思った。
多分、またゾロは剣を振るってくれるだろう。
なんたってなんでもありの大学なんだから!!(ちょっと違う)

少々時間を食ってしまったので、二人は外周を回るのはやめてゾロの今の家へ直行した。
ゾロには「二人切りがいい」と言われてすんごいグラグラしたけれど、本当の両親だってゾロの誕生日を祝う権利があるのだ。
ルフィ的にはゾロの家族とも仲良くなりたいと思っているし。実は、殆ど話をしたことがないので(職業柄多忙な家庭だから)。
ゾロの家のでっかい玄関扉を開くと、ゾロ母とハウスキーパーさん数人が盛大に迎えてくれた。
「おかえりゾロ! 遅かったじゃない。誕生日おめでとう! ウチの人は今日も帰ってないのよ、こんな日だっていうのにね。モンキーちゃんもいらっしゃい、遠慮しないでね」
「お邪魔します。お招きありがとうございマス」
ぺこり。
イブニングドレス姿のグラマラスな美人ママにルフィは少々圧倒されつつ(この人いくつだろう)、ここも別世界だよなァとらしくもなく気後れする。
ゾロはやっと慣れてきたみたいで、「ゾロは着替えがあるから」と母に連れられるまま自室へ向かってしまった。
「ルフィ君はこちらへどうぞ」
「うんありがとう」
ハウスキーパーのおばちゃんとはすっかり顔馴染みだ。
「ルフィ君も着替えるんですよ」
「え!?」
聞いてねェんだけど!
「そんな成りではご招待した方たちの前に出せませんから!」
「ひっでェ〜〜」
ルフィに拒否る権利はなかったようである。


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