ハートの海賊団


□この世界で最期まで
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 私の運命の人とは、合コンで出会った。合コンって見知らぬ男女が友を通じて集まって、好い人いないかな?って期待して、好い人がいたら友に出し抜かれないよう腹の探りあいして、相手にこの日で意識してもらえるよう技を仕掛けたり。目に見えない戦いをするの。そうして、私も運良く意識して貰えて。過ごす時間が多くなるにつれて付き合って。結婚して。幸せだった。 
 スーパーでの買い物ですら二人でのお出かけだからと”デート”と称して。時にはケンカもしたけど、大抵先に折れてくれるのは彼で。だって私、意地っ張りだからさ。凄く優しい人だったの。
 
 そんな優しい彼の仕事が休みの時、新しく出来た水族館に”デート”しに行ったの。沢山お魚が水槽に入ってて、キラキラ光に輝いて、とてもキレイだった。お土産コーナーにも色んなグッズがあって。見てるだけで楽しくてね。全部欲しいって言ったら『ばーか』って言われたっけなぁ。


 
 
*****


「ねぇねぇあっくん!これ、うちの子にしたい。」
「ん、いいよ。」
「ほんと!?ぬいぐるみ買っていいの!?いっつもダメって言うのに珍し。」
「今回だけ特別に許可しましょう。」
「よっしゃ!やったね八太郎!」
「名前もうついてる!!ってなんで八太郎?」
「今日が八日で、この子が男の子だから八太郎ー。」
「そいつ男なのか…。」
「はいそこぬいぐるみに嫉妬しないで下さいー。あ、一度許可したんだから取り消し不可だからね。」
「く…!!」
「お会計いってきまーす。」

 
 袋に八太郎をつめてもらい、ご満悦に抱き抱えるナナシ。


「あっくんは何か買わないの?」
「おれはいいかなー。ナナシの好きなもの買えるだけで満足。」
「良き旦那様じゃ。ありがたや。」
「でしょ。よきにはからへ。」


 そんな言葉の掛け合いも楽しくて、買い物が終わった後もお土産コーナーに暫く居座った。


「やっべこれちょー可愛い。」
「え、何何?」
「チンアナゴ。」
「却下!!にょろにょろ反対!気持ち悪い!可愛くない!」
「え〜?こんなに可愛いのに…。」
「変だよ可愛くないよ。」
「『ぼくかわいいよ』」
「無理無理無理無理!近づけないで!腹話術しても可愛くない!」


 できるだけ距離をとってあの生き物から離れる。デフォルメしてようが何をしようがあの生き物はダメ。名残惜しそうに戻すのを見届けてから彼の傍へと駆け寄った。

 …次の瞬間、耳が裂けそうな位甲高い音に続いて轟き響いた破壊音。お土産コーナーの正面にあった、出入口に突っ込んできた乗用車が、蛇行しながらも此方へと向かってきているのに気付いた時にはもう遅くて。


「っ!ナナシ!!」
「あっく…!!」


 そのあとの事はわからない。
 
 あっくんが間に合って。私を抱き締めて一緒にはねられたのかもしれないし。私だけがはねられたのかもしれない。
 

*****

 

「それがアンタだ…って話なのか?」


 賑わう花街の一角。遊郭街と呼ばれる中のとある一つのお店で、テーブルを挟んで食事と酒を嗜みながら二人の男女が会話に花を咲かせていた。


「そ♪意識が戻ると彼はいなくて、私とぬいぐるみだけがそばに転がっててね…ほら、あの白黒のぬいぐるみがそれだよ。」


 指さした先にはくたびれ、薄汚れてしまったぬいぐるみが大事そうに飾られていた。


「へェ…噂に聞いた通り、話が上手いんだな。」
「そぉ?ありがとー。」


 笑いながらワイングラスを片手に料理を摘まむ。
 このお店では料理、夜の相手どちらも提供する少し変わった娼婦館だ。中で待つ女も美人というだけでなくそれぞれ特技を持っている事を看板に掲げており、料理が得意な者、ダンスや歌が上手な者と様々だ。
 そして私は、”創造に富んだ話上手”を売りに日々稼いでいる。


「聞いていて楽しかったよ、えーっと…”イロワケイルカのハチタロー”さん?」

「えぇ、その名前覚えてまた指名してね。ただみんな省略して"イロハ"って呼ぶからそっちでもいいよ。…呼んでくれたらまた新しい”お話”してあげる。ご飯はもういい?ペンギンさん。」
「…あァ。ごちそうさん。」


 テーブルの上に出していた料理はキレイに無くなっていて、僅かに残っていた赤ワインもいましがた全て無くなった。イロハは椅子から立ち上がるとベッドの方へ腰掛ける。ペンギンも後を追いかけるように隣に腰掛け、イロハの髪を左手ですいた。


「ねぇ、知ってる?」
「ん?」
「この世界ってね、漫画の世界なんだよ。」
「へェ。」
「麦わら帽子の海賊が活躍するお話なの。」
「それって今話題の”麦わらのルフィ”の事か?」
「そう、知ってたの?」
「まァ、な。おれも海賊だから。」

 
 ギシッとベッドが軋む。イロハは髪を撫でるペンギンの手に自分の手を添えた。
 大抵のお客はここいらで『よくまぁポンポンと話が作れるなァ。』と笑ってベッドへとなだれ込む。私も笑ってそれに応じるのだが…今回のお客は余程話が好きなのか、話だけが進む。このまま話だけで済むのならそれに越したことはないけども。
 ここはそういう店なのだ。そうは言っていられまいとゆっくりと流れるようにベッドへ寝転がろうと手を引く。そんなイロハを抱き抱えるように、腕でペンギンは邪魔をした。その行動に少し驚いていると、今度はペンギンが口を開いた。


「おれも一つ、話をしようか。」
「あら嬉しい。どんなお話?」
「…先程の、女の方じゃなく男の話だ。」
「…?」
 


 
 乗用車が突っ込んできたあの瞬間、男は女へと、妻へ手を伸ばしていた。間に合った筈だった。確かに、腕の中へと引き寄せた筈だったんだ。なのに気が付けばそこには何もない。しかも真っ暗で空気すら無くなって、もがいてもがいて。ようやく自分が水中の、しかも海の中にいる事を理解した。妻の名前を叫んでも返事は無く、荒波に揉まれ、終いには頭を岩礁に打ち付けた。
 
 再び目を醒ますと、男は記憶も無くしていてな。運が良いのか悪いのか。海賊に海を漂っているところを拾われて。名前が無いと不便だからと、男の傍に漂っていた帽子に書かれていた文字をそのまま名前にして。行く宛もないからと男は海賊になっちまった。

 男は元々詰まっていた記憶が無くなったせいなのか妙に情報収集能力が高くて、諜報員としてその海賊団の幹部にまで成り上がった。取って付けた自分の名前に違和感が無くなった頃、いつものように情報収集を行っているとある噂が耳に入った。
 
 
 花街で有名な島の店のひとつに、ちょっと変わり種の娼婦館がある…と。

 
 男のいる海賊団も男所帯だ。ちょうど次に行く島がその島だし、皆も久々に遊びたいだろうと興味半分でその店について調べた。女性のリストを眺めていると、見覚えのある顔がいて。写真の隅に僅かに写っていたぬいぐるみを見て衝動的に記憶が戻って。


「………………愛する妻に会いたい一心で、客を装ってお店に入ったんだってさ。」
「…ふふ……………お兄さんも、お話作るの上手ね。」
「…作り話なんかじゃねェよ。」
「………嘘、でしょ?だって、あっくんはこんなにゴツい手、してなかったよ?」
「パソコン業務から肉体労働に変わったんだ。体つきも変わるさ。」
「言葉遣いも、そんか粗暴じゃなかった。」
「記憶が無い状態で、口の悪い奴等と過ごしてたせいかも。海賊って口悪いのばっかなんだ。」
「そんな帽子、あの時買ってない…!」
「おれの趣味でも無いしな。たぶん、商品の一つで、偶然一緒に来ちゃったんじゃないかなァ。」


 そう笑って”PENGUIN”のロゴが入った帽子を脱ぐ。そこから見えてきた顔は記憶よりもだいぶ逞しい顔つきで、でも記憶と同じ、優しい瞳の彼がいた。
 茶色に染めていた髪の毛も伸びて黒色に戻っていて。どれくらい時が流れてしまったのかを物語っていて。


「うぅう…!あぁ…っくん!!あっくん!」

「…ナナシ!!」





 涙で顔を汚したまま、ナナシはペンギンの胸の中へと飛び込んだ。





 どれくらい抱き合っていただろうか。泣きじゃくるナナシの頭を正しく撫でる。しがみつく手の力は緩む事なくて、ペンギンが一呼吸置いてここから出ようと口に出せばナナシの肩が怯えるように震えた。


「ダメだよ…だって、私…あっくんに言えないような事いっぱいしてきたもん…。」
「…おれだって似たようなモンだ。」


 抱き寄せる腕に力が入る。お互いに震えている身体を隠すように距離を縮めた。


「ナナシ。おれの今いる船においで。船長には話をつけてるから。」
「で、でも…。」
「…おれさ、海賊になって色々やってきちまったけど後悔はしてない。これからもナナシを守る為ならなんでもやる。だから…ついてこいよ。」


 抱き締められているおかげで顔は見えなかったが、はっきりと強い意思を感じさせる声色だった。


「…わかった。あっくんについていく。…もう、離れるのは嫌だもん。」
「あァ。おれもだ。」
「フフ…なんだかすっかり”男前”になったね。」
「そういうお前は”美人”になった。」
「えへへ…ありがとう。」
「…こちらこそ。」


 やっとお互いに顔を見合わせて笑みを溢す。それじゃあ行くか、とペンギンが立ち上がればナナシがちょっと待って!と制止をかけた。


「この子も一緒に連れいってもいい?」


 そう言って抱き締めるのはあの白黒のぬいぐるみ。イロワケイルカの八太郎だ。


「あァ。勿論!!」


 返事をするやいなやナナシを軽々と抱き上げて、ペンギンは開け放った窓から外へと飛び出した。





「あっく…じゃなくてペンギンのいる海賊団ってどこ?」
「”ハートの海賊団”だ。知ってるか?」
「ハート…!私、わんぴの中でも一番ローが好きだったんだ〜っ!…へへ、死の外科医…会うの楽しみだなぁ。」
「え。」
「ふふっあくまでもキャラとしてだよ。」
「…ならいいケド。」
「嫉妬しちゃった?」
「…スピード上げっからしっかり捕まってないと落ちるぞ。」
「わぁ!!ちょ、冗談だってぇぇぇぇ!!早いぃぃぃぃぃわああああああああああ!!!!」


  ナナシの叫び声は、賑やかな花街を後にして、夜空を駆けていった。
 
 
 



 
 

〜船内〜
 
「(スゴい!本物だ…!)初めまして、あっく…ペンギンの妻のナナシと申します。」
「ペンギンが妻帯者だったってのも驚きなのにこんな美人なネーチャンが奥さんかよ…!」
「爆発すればいいのに…!」
「ふふん。手ェだすなよ?」


 ちょっと得意気な表情をするペンギン。しっかり肩を抱いて牽制も忘れない。


「私もびっくりだよー。言葉遣いも、雰囲気もまるで別人なんだもん。最初全然気が付かなかったよ。」
「そうだ、ナナシさん!昔のペンギンってばどんなだった!?」
「!?」
「えっとねー。まず私がどっか行こうとするとどこ行くの?って必ず後ろをついてくる寂しがりやだしー、かっこよく決めようとする時に限って失敗するおっちょこちょいだしー、何かやらかしてもてへっ☆って誤魔化そうとするしー、音楽を聞くとよく一人で踊ったりs「ナナシ!そぉろそろ言うのやめようか?な?(おれのイメージが崩れる…!!)」えー?」
(((ちょいちょい出るペンギンのお茶目な所は元の性格からかよ…!!)))
 

この世界でも愛を誓うよ。だからもう離れないで。
end


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