ハートの海賊団
□愛しき
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「キャプテンってあれでよく女性を口説き落とせるね。」
たまたま聞いた話だった。
「はァ?ルックスよし、今話題の人物、声もイケメンな船長のどこに落ち度があるんだよ?」
「え〜?だって、キャプテンの言葉、薄いっていうか、なんか乾燥してんじゃん。」
心臓が一瞬、嫌な感じで跳ねた。心当たりがあったから。
「まだシャチのほうが愛を感じるよ。」
「ほォ…そんじゃあおれはどうしてこの間フラレたのでショーカ。」
「それは………相手の好みじゃなかったとか?」
「結局そこかよ!!」
泣いて逃亡するシャチを追いかけるナナシの背中を見送りながら、ローは先程の言葉を思い返していた。
『キャプテンの言葉、薄いっていうか、なんか乾燥してんじゃん。』…か。
夜の街へと繰り出せば、必ず女が寄ってくる。少し愛を囁くだけで簡単に、ベッドの上で鳴く生き物だ。そんな生き物に情報を引き出す為、自身を満たす為と使いまくったツケがまわってきたのだろう。自分でも思う程に、おれの言葉は乾いてしまったらしい。
(変なところでアイツは敏感だ…。)
船長室に戻ったローは、ベッドを背もたれにしながら本を開く。内容は頭に入らずただ眺めるだけで考えるのはナナシの事だった。
普段のナナシは緊張の場面でくしゃみを連発するような、少し気の抜けた奴だ。なのに、相手の隠している事や本音なんかをズバッと言ってのけたりしやがる。
しかし、鈍感とはまた違う。気が抜けているだけで空気は一応読めるし。恋愛面においたって、恋バナもするし。島に降りりゃあイケメンがいた!って一人騒いでいたりする。
突如控え目のノック音が聞こえ思考が途切れた。視線をドアに向ければそこから出てきたのは今しがた考えていたナナシ本人。
「キャプテン、私の雑誌知りません?最新号なんですけど。」
「…あァ?…そこにあるヤツは違うか?」
「あ!それですそれ!」
両腕で抱えるように雑誌を一度持ってから中身を開く。パラリパラリと早くめくっている様子を見る限り、読み途中だったページを探しているようだ。
「ナナシ。」
「はい?何ですかキャプテン。」
「…こっちこい。」
そう言っておれは自分の目の前の、床を叩く。ナナシは特に躊躇う事なくその叩かれた床へと腰をおろし、おれに背を向ける形で雑誌を再び開いた。自分より頭一つ分小さな背中に体重をかけ、頭に顎をのせてみせてもナナシは文句言わず雑誌に集中している。
ナナシはこのおれの行動に他意はないと知っているから、きっと照れもせずされるがままなのだろう。
それがおれには酷く、虚しいモノに思えた。何と表したらいいのか。欲しいと思うのにそれの入手方法がわからない。いや、方法はわかってはいるんだ。好意を伝えればいい。しかし、おれの口から出る言葉は乾いているから。伝えようにも本当の意味では決して伝わらないんだ。…なんともどかしい事か。
「キャプテーン。何か小難しい事でも考えてるんですか?顔が険しいですよ。」
「…お前の後ろにいるのに顔がわかるのか?」
「んー。雰囲気で?」
「…適当言うな。」
頭にのせていた顎をグリグリと左右に動かす。ナナシは痛いー。と至極辛そうな声を出した。
「適当じゃないですよー。…考え事ってのは変に考え込むと余計に凝り固まってしまうんですよ、知ってます?」
相変わらず視線は雑誌のまま。此方の悩みなど知らぬと言った様子でナナシは微動だにしないでそんな事を宣う。悩んでいる事はわかってもそれがナナシの事だと知らないからこんな態度が取れるのだろう。…お前の事だと言えたら、おれは変われるだろうか。
パラリ、とページを捲る音だけが室内に響く。
顎をのせるのをやめて、ベッドへと重心を戻す。そこから見えるのは小さな背中。華奢で、触れると壊れてしまいそうで、でも抱き締めてみたくて。あぁ、そうか。
「これが”愛しい”っていうのか。」
「…へ?」
勢いよく振り向いたナナシはおれと目が合うなりみるみる赤く頬を染めて、その光景さえも愛しく思えた。
乾いた言葉が潤いを帯びた、そんな瞬間。
(今なら言葉にしても伝わる気がする)