ハートの海賊団
□粛然たる雨音
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「…冷たい。」
そう呟いた言葉は、周りの音に混じって消えて行った。
今日たまたま立ち寄った島の、その島で一番大きな街中をひたすら。ゆったりと歩く、人影。忙しなく動いている人影からあぶれている、良くいえばゆったり。悪いえばダラダラと歩いているのが私。やぁ、はじめまして。ナナシだよよろしくね。
そんな歩いている島の天気はあいにくの、『雨』。
いやーでもね、最初は『晴れ』だったんだよ?そりゃもう宝石のような綺麗な青空で、こんな良い天気はないってぐらいの快晴だったんだから。なのに…。
「何故このタイミングで雨が降るかね?」
せっかく散歩をしていたというのに。びしょ濡れだよ風邪ひくよ雨のバカヤロウ。荷物を持っていなかったから良かったものの(いや、本当は欲しい物あったんだよ?)、傘は無いし(だってお金を船に忘れてきちゃったんだもん)、再び太陽が出てくる気配は無さげだし、気づいた時にはもうずぶ濡れだったから雨宿りなんて今さら過ぎて。
「後少し、かな。」
雨なんかお構い無しに街道を歩いているわけですよ…はっくしゅん!!
皆さん奇異なモノを見るかのような目でわきに退いてくれるのでおかげで私は止まることなく真っ直ぐ歩いている。楽だけど、なんか気分は複雑。
「何してんだお前。」
「ん?」
そんな時、至極呆れたと言わんばかりの口調でナナシの後ろから声をかける人物がいた。しかもこの声の主はナナシが良く知っている人物だ。
「あれーキャプテンこそ。今日は女と過ごすんじゃなかった?」
くるりと向きを変えて質問を質問で返せばナナシの予想通り、そこには呆れ顔のローがいた。いつものパーカー姿に加え、本日は黒い傘を持っていたことが少し予想外。
「イイ女が見つからなかった。」
「え〜?キャプテンは贅沢者だってシャチが愚痴ってましたよ?」
そんなローの返答にナナシは苦笑まじりで言った。ナナシの言葉を聞いたローは何言ってやがると眉間に少々シワをつくる。そしてキャプテンいわく。
『そこら辺の女なんてどれも似たり寄ったりだ。』
なのだとか。
そう言うキャプテンだって今日はイイ女とやらを探しに行ったくせに…と心の中で呟くナナシ。ここで口に出さないのは、キャプテンの揚げ足をとるような事をすると我が身に危険が及ぶ可能性がものすごく高いから。自重します。
ローが歩き出したのでナナシも後ろをついて行くように歩き出した。
「今度はお前が質問に答えろ。」
「えーと…何でしたっけ?」
「『何してんだお前』」
「…主語が無いので答えようがないのですが。因みに今は歩いてますね。」
普通に答えたのにキャプテンに上から目線で睨まれた。なんで?
「…何でお前は傘をささずこんなところを歩いてんだ?」
「…あぁ、私の行動理由ですか。それはですね、最初はかなり晴れていたので私はお散歩気分でついでに買い物でもしようかなぁって街中を歩いていたら雨が突然降ってきまして。」
「…。」
「簡潔に言うと財布忘れて傘買えなかったんです。」
「最初からそう言え。前置きが無駄に長い。」
今度はため息をつかれた。私と会話する人って必ずため息をつくんだよね。不思議。
そんなことを考えていたナナシの視界が突如、やや暗くなった何事かと見上げればそこに先程まであった灰色の空はなくて、まっ黒な色。ナナシは暫く瞬きをしてからようやくキャプテンが傘をさしだしてくれたんだと理解した。
「今さらですね。」
「今さらだな。」
すでにびしょびしょな私に傘を差し出すだなんて、本当に今さらだ。いったいキャプテンは何を思ってこんな行動をしたのか…まったくわからない。しかもこの傘を見るかぎり、二人が入るには少々…小さいと思う。これではせっかく濡れずにいたキャプテンまで濡れてしまうじゃないか。
そう思いながらキャプテンを見ると、何故かキャプテンの服はもうすでに濡れていた。ローの服を凝視し疑問符を浮かべたナナシの意図を読み取ったのか、ローは前を向いたままでその理由を口にした。
「おれも傘がなくてな。買うのも面倒だったから…。」
「あぁ。シャンブルズしちゃったんですね。」
ビックリしただろうなー傘の持ち主さん。いきなり持っていた傘がなくなるんだもの…今ごろ私のようにずぶ濡れかな。いや、雨宿りしてるとか?
「これでやっと解明しました。」
「何をだ?」
「キャプテンが傘を持っている理由です。」
私のイメージでは、キャプテンは傘をささずにいつも通りの表情で、雨の中を歩いていましたので…と付け加えた。
「あ?誰が好き好んでこんな雨の中を歩くんだ?」
そう心底呆れたような顔で言われたところを見ると、どうやら私のイメージは間違っていたようだ。ゆっくりと私が向かっていた方角へと足を運べばローもそれに合わせて歩き出す。
「今日はこのまま船に戻るんですか?」
「あぁ。早く船に帰って風呂に入りてェ………お前も一緒に入るか?」
「…キャプテン。セクハラ発言で海軍につきだしますよ。」
睨み付けながらそう返事を返せば、そんなのお構い無しだと言わんばかりの表情。
「フフ…冗談だ。」
ニヒルに笑って返される。ふざけているのか、本気なのか。この人は本当につかめない性格だ。
「…それじゃあ。女の人とイチャイチャするのは、また暫くおあずけですね。」
試しに意地悪を混ぜて言葉を投げ掛けてみたが、ニヤリと再び笑われた。あの顔はベポ曰く楽しんでいる時の表情らしい。
「いや…代わりはもう見つけた。」
そう言って抱き寄せるためにのばしてきたであろう手をナナシはパシリッと叩く。
「すいません。それはおすすめできません。」
「何故?」
「だって。一夜限りのお付き合いをするつもり、さらさら無いもの。」
「それなら心配いらねェな。一夜限りで済ますつもり、さらさらねェし。」
あぁ、もう。この人は本当につかめない人だ。
(本気にしちゃいますよ?)
(本気になってくれなきゃ困るんだ。)