ハートの海賊団


□この世界で最期まで
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 乗用車が突っ込んできたあの瞬間、男は女へと、妻へ手を伸ばしていた。間に合った筈だった。確かに、腕の中へと引き寄せた筈だったんだ。なのに気が付けばそこには何もない。しかも真っ暗で空気すら無くなって、もがいてもがいて。ようやく自分が水中の、しかも海の中にいる事を理解した。妻の名前を叫んでも返事は無く、荒波に揉まれ、終いには頭を岩礁に打ち付けた。
 
 再び目を醒ますと、男は記憶も無くしていてな。運が良いのか悪いのか。海賊に海を漂っているところを拾われて。名前が無いと不便だからと、男の傍に漂っていた帽子に書かれていた文字をそのまま名前にして。行く宛もないからと男は海賊になっちまった。

 男は元々詰まっていた記憶が無くなったせいなのか妙に情報収集能力が高くて、諜報員としてその海賊団の幹部にまで成り上がった。取って付けた自分の名前に違和感が無くなった頃、いつものように情報収集を行っているとある噂が耳に入った。
 
 
 花街で有名な島の店のひとつに、ちょっと変わり種の娼婦館がある…と。

 
 男のいる海賊団も男所帯だ。ちょうど次に行く島がその島だし、皆も久々に遊びたいだろうと興味半分でその店について調べた。女性のリストを眺めていると、見覚えのある顔がいて。写真の隅に僅かに写っていたぬいぐるみを見て衝動的に記憶が戻って。


「………………愛する妻に会いたい一心で、客を装ってお店に入ったんだってさ。」
「…ふふ……………お兄さんも、お話作るの上手ね。」
「…作り話なんかじゃねェよ。」
「………嘘、でしょ?だって、あっくんはこんなにゴツい手、してなかったよ?」
「パソコン業務から肉体労働に変わったんだ。体つきも変わるさ。」
「言葉遣いも、そんか粗暴じゃなかった。」
「記憶が無い状態で、口の悪い奴等と過ごしてたせいかも。海賊って口悪いのばっかなんだ。」
「そんな帽子、あの時買ってない…!」
「おれの趣味でも無いしな。たぶん、商品の一つで、偶然一緒に来ちゃったんじゃないかなァ。」


 そう笑って”PENGUIN”のロゴが入った帽子を脱ぐ。そこから見えてきた顔は記憶よりもだいぶ逞しい顔つきで、でも記憶と同じ、優しい瞳の彼がいた。
 茶色に染めていた髪の毛も伸びて黒色に戻っていて。どれくらい時が流れてしまったのかを物語っていて。


「うぅう…!あぁ…っくん!!あっくん!」
「…ナナシ!!」





 涙で顔を汚したまま、ナナシはペンギンの胸の中へと飛び込んだ。





 どれくらい抱き合っていただろうか。泣きじゃくるナナシの頭を正しく撫でる。しがみつく手の力は緩む事なくて、ペンギンが一呼吸置いてここから出ようと口に出せばナナシの肩が怯えるように震えた。


「ダメだよ…だって、私…あっくんに言えないような事いっぱいしてきたもん…。」
「…おれだって似たようなモンだ。」


 抱き寄せる腕に力が入る。お互いに震えている身体を隠すように距離を縮めた。


「ナナシ。おれの今いる船においで。船長には話をつけてるから。」
「で、でも…。」
「…おれさ、海賊になって色々やってきちまったけど後悔はしてない。これからもナナシを守る為ならなんでもやる。だから…ついてこいよ。」


 抱き締められているおかげで顔は見えなかったが、はっきりと強い意思を感じさせる声色だった。


「…わかった。あっくんについていく。…もう、離れるのは嫌だもん。」
「あァ。おれもだ。」
「フフ…なんだかすっかり”男前”になったね。」
「そういうお前は”美人”になった。」
「えへへ…ありがとう。」
「…こちらこそ。」


 やっとお互いに顔を見合わせて笑みを溢す。それじゃあ行くか、とペンギンが立ち上がればナナシがちょっと待って!と制止をかけた。


「この子も一緒に連れいってもいい?」


 そう言って抱き締めるのはあの白黒のぬいぐるみ。イロワケイルカの八太郎だ。


「あァ。勿論!!」


 返事をするやいなやナナシを軽々と抱き上げて、ペンギンは開け放った窓から外へと飛び出した。





「あっく…じゃなくてペンギンのいる海賊団ってどこ?」
「”ハートの海賊団”だ。知ってるか?」
「ハート…!私、わんぴの中でも一番ローが好きだったんだ〜っ!…へへ、死の外科医…会うの楽しみだなぁ。」
「え。」
「ふふっあくまでもキャラとしてだよ。」
「…ならいいケド。」
「嫉妬しちゃった?」
「…スピード上げっからしっかり捕まってないと落ちるぞ。」
「わぁ!!ちょ、冗談だってぇぇぇぇ!!早いぃぃぃぃぃわああああああああああ!!!!」


ナナシの叫び声は、賑やかな花街を後にして、夜空を駆けていった。
 
 
 



 
 

〜船内〜
 
「(スゴい!本物だ…!)初めまして、あっく…ペンギンの妻のナナシと申します。」
「ペンギンが妻帯者だったってのも驚きなのにこんな美人なネーチャンが奥さんかよ…!」
「爆発すればいいのに…!」
「ふふん。手ェだすなよ?」


ちょっと得意気な表情をするペンギン。しっかり肩を抱いて牽制も忘れない。


「私もびっくりだよー。言葉遣いも、雰囲気もまるで別人なんだもん。最初全然気が付かなかったよ。」
「狽サうだ、ナナシさん!昔のペンギンってばどんなだった!?」
「!?」
「えっとねー。まず私がどっか行こうとするとどこ行くの?って必ず後ろをついてくる寂しがりやだしー、かっこよく決めようとする時に限って失敗するおっちょこちょいだしー、何かやらかしてもてへっ☆って誤魔化そうとするしー、音楽を聞くとよく一人で踊ったりs「ナナシ!そぉろそろ言うのやめようか?な?(おれのイメージが崩れる…!!)」えー?」
(((ちょいちょい出るペンギンのお茶目な所は元の性格からかよ…!!)))

この世界でも愛を誓うよ。だからもう離れないで。

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