ハートの海賊団


□落ちた心臓
1ページ/1ページ


「私たち、もう別れよう?」
 
 
 『話がある。』そんな始まり文句で学校の屋上に呼び出された。おれに背を向けるように立っていた女は続けざまに『貴方に私は相応しくない。すれ違ってばかりで、関係もギクシャクしてきたし。』と宣う。振り返った女は目に涙を浮かべてそれはもう悲しげな表情だった。更に続く言葉はどれこもれも意味は同じ。どっちが悪い訳ではなく、ただ合わないという意味。あぁ。なんだ。
 
 
「つまんねェな、お前。」
「…え?」
 
 
 途端に悲し気な表情が固まる。ふーん…少しだけ面白みが増したなァ?
 
 
「お前、おれと付き合う裏で他の男とも付き合ってただろ。そっちにいきたくなったのか?」
「違っ…!!あれはローの事を相談してて…!!」
 
 
 よくある返し。だが、こっから先はどう変わる?
 
 
「相談、ねェ?『最近、彼氏がかまってくれなくてマジつまんない。スペック高いから今まで付き合ってたけどそろそろ乗り換える予定☆』これの何処が相談なんだ?」
「な!?ひ、人の携帯勝手に見たの!?」
「見られてマズイんならロック位かけろ。メール画面開きっぱで放っておくなんざ馬鹿だろ。それとも、そんな事に気がつかない間抜けかと思ったか?」
「そんな事…!!…でも、ごめんなさい…。確かにその人とはそんな関係になった事ある、けど「好きなのは貴方だけ?」っ!!そ、そうよ!!」
 
 
 ………残念だ。B級映画よりも酷ェ。
 
 
「この台詞、他にも聞かされてる男がいるよな?年上の医大生だったか?そっちのメールはしっかりと鍵かけてンだよなァ。…本命はコッチだろ。」
「あんた…!!最低ね!!このクズ!!」
「体の関係重ねてねェだけおれのほうがマシだろどクズ。」
 
 
 悲しげな表情は見るも無惨に歪み、醜く腐った汚物は横を通り過ぎて屋上を出ていった。すれ違い様に頬に手形を残していくのは忘れずに。
 乱暴に開閉されたドアの奥から「いい気になるのも大概にしろこの目の下隈野郎!!」という罵倒と、おそらく蹴りを入れたであろう衝撃音が響き、それも静かになるのを淡々と見届け、地べたへと座り込み…終了。御視聴頂き、アリガトウゴザイマシタ。感想は?酷い出来映え過ぎてむしろ笑えてきた。しかも…。
 
 
「くっ…目の下隈野郎、ね。何処の悪役の捨て台詞だ。」
 
 
 その台詞と一緒に漏れ出てきた笑い声。その声を潰すように上からもっと大きな笑い声が降ってきて少し驚いた。見上げてみれば貯水槽の横から人の頭が見えている。誰だと声をかけると慌てて奥に引っ込んでいった。…いや、もうバレてるのに隠れるなよ。今更過ぎるだろうが。
 相手もそれがわかったのか数秒後に恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。…見たことが無い女子だ。学年違いか?
 
 
「スンマセン…盗み聞きするつもりはなかったんですよ…たまたま出くわしてしまっただけで。まさか捨て台詞がっヒヒ!目の下隈野郎ってあまりにも批評する部分がピンポイントだなって…!!うわ、貴方マジで隈酷いね。イヒヒッウケる…。」
「…お前の笑い方のほうが酷いだろ。最初魔女でも居るのかと思った。」

 
 よく言われる、と言いながら引きつったような変な笑いを続ける。縁から身を乗り出して腕をだらだらと揺らしているので、今度はゾンビ映画のワンシーンみてェだ。
 
 
「いやぁ貴重な体験した。貴方、酷い男だね。彼女めっちゃ怒らせて。」
「もう”彼女”でもねーよ。別れたんだから。」
「総称だよ。だって私、あの女の子の名前知らないもん。」
「おれも名前は知らねェ。」
「もっと酷い男だな。彼女の名前位知っておきなよ…。」
「二週間前に付き合ったばかりだからな。」
「うぉおう…たった二週間で破局かい…。」
 
 
 短い春だ…!!と少しオーバーなリアクションをしながら天を仰ぎ見る。腕はあまり力を入れていないのかだらりだらりと気だるそうだ。その姿はどう見てもゾンビだ。ゾンビがのたうっているようにしか見えない。チラチラと見える表情には憂いを帯びている。なんでそんなおれより残念そうな表情するんだ?お前には関係の無い話だろうに。そう思っていると心を読み取ったのか勝手に返事が返ってきた。
 
 
「だってさ。たった二週間だよ二週間。せっかく恋をしたのに勿体ないじゃない。」
「…別に。どうって事ねェ。」
「うはー!モテる男は言う事違うねぇ〜。」
 
 
 本当に。勿体ないとか思った事は無い。惜しいという考えも何も。向こうから勝手にやってきて勝手に離れていくモノに興味は抱かない。おれはただ…。
 
 
「あ、ねぇねぇ!!一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
 
 
 隣に掛かっている梯子を使わず降りてきた。なんだ。ゾンビのクセに意外と運動神経がある…。
 
 
「君さ、なんで彼女から『別れよう?』って言われた時、残念そうな表情してたのにすぐに『あぁ、やっぱりな。』なんて安堵した顔したの?」
 
 
 途端に心臓が軋んだ。血流までも止まったかのような不快感が全身を支配する。
 
 
「相手が浮気してたの知ってて、でも自分から言うのも面倒だから別れを切り出してくれるの待ってた?」
 

 違う。こっちがわざと浮気するように仕向けてんだ。此方は身綺麗なまま、不義理な事は一切せず。ただしやすい環境を整えているだけ。相手に切っ掛けを与えているだけ。………その理由は。
 
 
「…おれはただ、本物の恋をしてみたいだけだ。」
 
 
 唯一無二の”恋”。何者にも惑わされず、一途に相手を想う気持ち。どんな事があっても壊れない、そんなモノがこの世の中に存在するのか否か。…確かめてみたくなった。只の興味本位。それを近づいてくる女達で検証している。そんな実験的な事。 
 最初は楽しかったこの確認行動は、今や只のながら作業のように怠惰に変わってしまったが。更に加えて、何時からか壊れる事に安心感を覚えてしまった。そんな歪んだ感情が終わりを迎える事はあるのだろうか?今度はそんな人体実験を自らを使って行っている。…とことん、おれは狂ってる。
 
 
「ふーん…ねぇ知ってる?」
 

 不意に、人差し指で指された喉元。
 
 
「恋ってさ、しようとするものじゃなくて落ちるものらしいよ?」
 

 すとん、ってね。そう言いながら胸元までゆっくりと指をスライドさせた。その行動を得たおれの歪んだ心臓は今まで聞いた事がない音を立てる。
 そんな事は知らない、目の前にいる女は胸元に少し触れた指先を離し、じゃあね〜と、手をヒラヒラ振って屋上から姿を消した。静かに閉まった扉の僅かな音に次いで二限目が終わったチャイムが鳴り出す。

 
「…。」 
 
 
 それと同時に心臓が誤作動を始めた。自動的に先程かけられた言葉を復唱しながら心臓の音に耳を傾ける。…案外心地好い音だ。とても歪んでいるとは思えない位にクリアな音を奏でている。
 次第に人が雑多に行動する音や気配が屋上にも届くようになった頃、おれもあの女を探す為に屋上から姿を消した。
 
 
 
 

(名前聞いておけば良かった。)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ