ハートの海賊団


□重なる心臓
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(『脈打つ心臓』の続編)

 おれはどうやら恋は追われるよりは追いかけたい派だったらしい。唯一無二の恋ってやつを探して。ようやく見えてきた、その欠片。きっかけはナナシだ。あれが一目惚れ、という感情なのだろうか。あの時紡がれた言葉、仕草。おれに触れた指先の感触。あの全てが新鮮で、衝撃的で。心臓に直接刻まれたような。言い表せない感情で溢れたんだ。
 その日から、この腐ったような動きしかしなかった心臓に。新しい血液が送り込まれたような気分が毎日続いて。毎日が、ナナシに会える日が待ち遠しいのに。
 
 
「なんで学校でしか会わせてくれねェんだ?」
「そりゃ彼氏でもなんでもない人に朝から晩まで付き合って欲しいって人はいないだろ。」
「今までの女はだいたいそうだったが?」 
「自慢か!」
「キャプテン、他の女の子と比べるのはしちゃいけないって…地雷だよ地雷。」
 
 
 比べたつもりはない。なんせナナシと他の有象無象だなんて天と地程の、ダイヤモンドとカス位に差があるのだから。
 
 
「比べる対象がおかしくないか…?」
「ナナシちゃん、だっけ?告白はしたのか?」
「毎日。」
「毎日…避けられてもおかしくない、か?だが相手がローだからな…うーん。」
「いや、普通に避けられるレベルだろ!?悩むなよ!」
「いやぁだってあのローがフラれてるのって想像できるか?」
「フラれてねェよ。」
「いつも返事が『あ、ありがとう。』なのはフラれてるっつーの。でもまァ想像つかねーよなァ…。」
 
 
 ローのクラスメートのペンギン、シャチがお互いにうんうんと頷きあう。ふざけるな。おれに何が問題があるというのか。…といけない。そろそろ自習時間が終わる。ナナシの教室に行く時間だ。
 ローはチャイムの音より数秒早く立ち上がった。最早ルーティーンとなりつつある風景に、ペンギンとシャチはまぁ頑張って下さいなーと適当に見送った。
 
 
 
 

*****
 
   
「ナナシ、いるか?」
「あらトラファルガー君、今日はまだナナシは来てないわよ。」
 
 
 ナナシの教室に到着したロー。…まさかのナナシが不在だった。遅刻か?確か前にも遅刻してきた事があったな。それならおれが毎朝おはようのモーニングコールして時間になったらお迎えだって行くのに。
 
 
「ナナシって車で登下校してるからそれは無理だぞトラ男。」
「そうなのか。」
「しかも運転手はお父さんだ。」
「…挨拶するチャンスだな。」
「狽゚げねぇのなお前!」

 
 周りの地盤を固めていくのは定石だろう?それだと今後のプランはCかFか…。
 
 
「どんだけ作戦練ってんだよ…。」
「軽くNまで。」
「伯yくねぇし!!重いわそこまで考えたら!!」

 
 まだまだ増やす予定なんだがな。そしたら天才の考える事はわからないと言われた。別にこれ位、何ともない。…しかしナナシ、午前中には来れるのか?今日はランチに誘うつもりだったんだが。
 
 
「それにしても久しぶりだよな、ナナシが遅刻するの。最近調子良さげだったのに。」
「ちょ、お馬鹿ウソップ!!」
「………今の、どういう意味だ?」

 
 ウソップが慌てて口を塞ぎ、ナミはウソップをぶん殴った。が、もう遅い。聞こえたんだ。どういう意味か教えろとウソップに詰め寄れば顔面蒼白で泡まで吹きやがった。話にならんとウソップを解放し、ナミに近づくと、観念したのか教えてくれた。
 
 
 
 
 
*****
 
  
 ローがその内容を聞いた頃、ナナシは学校に到着していた。時刻は10時25分。休み時間に到着出来たし、サボらず真っ直ぐ教室に向かう。…はずだったのに。
 
 
「ねえ。アンタ!ローとどういう関係なワケ?」
 
 
 途中の女子トイレに連れ込まれて。可愛い系〜美人系の女子達に囲まれてるのはどういうワケなんですかね。
 

「特にこれといった関係では無いんですけど…。」
 
 
 理由はね。わかってはいるんだ。この子達はロー君の取り巻きの一部だ。休み時間の度にドアの所に居たから覚えてる。
 
 
「じゃあなんで関係無いのに毎日毎日教室に来るのよ!?」
「し、知らないです…。」
 
 
 私もその質問、ロー君にした事あるよ。そしたら『おれが惚れたから毎日来てるんだ。』って言われたけど。そんな事今伝えたら絶対怖い事なるから言わないけどね。火に油は注がない。
 
 
「ふざけんな!ロー君返して!」
「そ、そんなぁ…。」
 
 
 返してってロー君は物じゃないよ?無茶言われても困る。この曖昧な態度が気に食わなかったのか、女子達は更にナナシに詰め寄ってきた。胸ぐらを掴まれて、鞄が落ちる。チャックが開けっ放しだったから中身が散乱してしまった。ヤバい。急いで拾わないと…ッ!………ぁ…!?
 
 
 途端にひきつる心臓。呼吸が一瞬止まって、喉から声にならない音だけが抜け出た。震える手に悪寒が止まらなくて。顔色がみるみる土気色に染まる。唇が紫色になってきて、相手も何か気づいたのか、悲鳴が漏れて手を離した。
 私の膝はその胸ぐらを掴む手で支えれていたのか、そのまま地面へと倒れこむ。その様子を見た他の女子達にも恐怖が伝染して、逃げるようにトイレから出ていった。
 

 まずい。鞄。鞄の中から出さないと。中身が無い。そっか。さっき落とした時に散らばったから。
 
 這うように手を伸ばす。あ、床。トイレじゃん。ばっちぃよな。いや、今はそんな事より探さないと…本当に。まずい。
 
 
「ナナシ!!大丈夫か!?」
「…ぁ…?………ローく…?」
「喋るな!何がいる!?どこにある!?指差しだけでいい!!」
「……………そ、…そこ…の…!」
「…ッ!これか!?ナナシ、口をあけろ!」
「…ッ!…はぁ!…あ………あり、がと。助かった…。」
「礼は後だ。保健室いくぞ。」
 
 
 そう言ってローはナナシを抱き抱えると、荷物をそのままに保健室まで駆け出した。落とさないように、振動でナナシが苦しまないように。細心の注意をはらって。
 保健室に居た先生に事情を話して、ベッドに寝かし終えた所で、ローは深く息を吐いた。
 
 
「…さすが将来医者志望なだけあるわね。処置は完璧よ。ナナシさん。今から親御さんが来るって。それまで休んでなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「ふふ、お礼ならそこの彼にしてあげて。私はちょっと出るけど、来たらそのまま出ていいから。」
 
 
 そう言って先生は出ていってしまった。二人残され静かになる室内。外では体育の授業が始まったのか、少し騒がしい。
 
 
「ロー君、ありがと。もう戻っても大丈夫だよ?」
「………。」
「…ロー君?」
「お前、病気持ちなんだってな。」
「あぁ〜…聞いたの?ってか、さっきの見れば分かるか。」
 
 
 苦笑するが、ローの表情は厳しいままだ。苦笑したまま、ナナシは聞いたかもしれないけど。と話を進める。

 昔から身体が弱くて、心臓の病気を持っている事。今は併発して肺も弱っている事。その内容は確かに。先程ナミから聞き出した内容と同じだった。
 
 
「難病指定されてるやつでね。最初は小学生になれないって言われてたの。でも持ちこたえて。次は中学生になれないって。そしたら高校生までなれちゃった。」
 
 
 親が大病院の医院長で、色々手を尽くしてくれたおかげで。ここまで大きくなれた。
 
 
「…でもね。今度はもって後五年、なんだってさ。」
 
 
 ここまで生き延びたんだから、また延長しそうでしょ?と明るくローに話しかけるが、相変わらずローの表情は険しいままだ。
 
 
「…だからさ、恋愛するなら私意外の人にして?」
「…延長しそうじゃなかったのか?」
「………万が一って事があるからさ。」
「嫌だ。」
「えぇ〜…嫌って言われても…。」
「今すぐおれと付き合えナナシ。いや、むしろ結婚しよう。」
「なんで求婚されてるのかな私。」
「五年持つならその間におれが医者になっておれが治してやる。」
「いやいや、いくら天才でも無理だよ…。」
「無理じゃねェ。五年あればなんとかなる。もしお前が五年持たなければ訃報を聞いた瞬間、おれの首にメスを突き立て後追いしてやる。」
「脅しじゃないか…ペナルティ重すぎない?」
「…おれを殺したくなきゃ死ぬ気で五年、生き抜くんだな。」
「…本気?」
「当たり前だ。」
「五年分、無駄になるかもよ?」
「無駄になるかよ。その先があるんだ。そこでうんざりする位、愛してやるさ。」
「…大博打だね。」
「フフ…おれは勝ち馬にしか乗らねェ。だから大丈夫だ。」
 
 
 やっとローの険しい表情が綻んで、ナナシの力弱い手を握る。その手はとても暖かかい。
 
 
「やいトラファルガーとか言う奴!!ナナシを嫁に寄越せとはどういう了見だコラァ!」
「コラソン!!そこ職員室だ馬鹿野郎!!フフ…!おれも聞きたい事は山程あるぞトラファルガー・ロー!!出てきやがれ!!」
 
 
「………遠くで叔父さんとお父さんの怒号が聞こえるのは何でかな?」
「お前が倒れた事電話で伝える時に『初めまして、ナナシと結婚を前提にお付き合いしています。今後よろしく。』って挨拶したからな。」
「…それは挨拶じゃなくて宣戦布告って言うんじゃないかな。」
 

 保健室へと騒ぎの大元が雪崩れ込んでくるまでの間、ナナシは頭を抱えた。おかしいな。頭痛までしてきたよ。
 



 
 
 それから五年後、アメリカで若き天才外科医と呼ばれた男が医学会に革新的な成績を収め、急遽日本へと舞い戻り、一人の難病患者を救ったとメディアを騒がせたらしい…。
 
(これから五年分の貯まった愛を精算しようか。)
(…重い借金だなぁ。)
(それを言うなら貯金だろ?) 
 

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