キッド海賊団

□人肌恋しい
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 はぁ。人肌恋しい春ですね。いや、春気候ではないか。船体が定期的にギシリギシリと軋む位の暴風雪。海が見えるはずの窓には雪が張り付いて真っ白だ。お陰で日中なのに夜のような雰囲気だし、たまにバチバチと礫が当たる音も聞こえる。船全体の気温も下がっているであろう。厚着しないと少し寒い。
 ボォオオオオ…という怪物のうめき声に似た風の音はまだまだ止みそうにないし、部屋を暖める為に稼働しているヒーターの風音も少し煩いBGMで。寝る事も出来やしない。
 
 寒い。身も心も。何もする事がないからと積み漫画を読んだのがいけなかった。キュンキュンする恋愛物は、読んでる間はとっても幸せだが読みきってしまうと。うん。物寂しい。
 
 
「寒っっっっっっっっい…!!」
「うわ!?え、お頭!?どーしたんですか!?」
 
 
 そこへ突然の乱入者、キッドのお頭だ。歯をガタガタ言わせながら部屋にいきなり入ってきたと思ったらヒーターの前に陣取った。震える後ろ姿がまさにモコモコ冬毛の怪物の様。その怪物様俺様キッド様が仰るには。
 
 
「お、おれの部屋の暖房が壊れやがった…!!キキキキラーの部屋に行ったら他の部屋のも壊れたのか野郎共が集まってって…!!はあぁ〜暖けぇ…。」
 
 
 あの半裸上等のお頭が長袖を着込みコートを羽織り震えながら暖をとっている。てかキラーさんの部屋の密度ヤバそうだな。男臭そう。キラーさんもとんだ災難である。
 ネームはヒーターの熱が遮られたのでベッドの上に避難した。毛布の中は部屋との温度差があるのか少し寒い。芋虫のように顔だけを出して、ヒーターで暖まるキッドを少しだけ睨んだ。
 

「お頭ぁ。ヒーター一人占めしないでくださいよ。」
「船長命令。おれにヒーターを譲れ。」
「いや、そんな事にトップの権限使わないで下さい…。」
 
 
 しかも内容がしょうもない。キッドは此方には目もくれず、ヒーターの前で指を擦り足を摩り。忙しない。余程の寒がりなのか、その手足は真っ白通り越して死人のような色だ。
 
 
バツンッ!
 
 
「あ、停電した。」
「…!!」
 
 
 薄暗くなる室内。雪が張り付いていない僅かな隙間から差し込む光が仄かにある程度でも、キッドが絶望に身を固めたのがわかった。…今なら私でもお頭を海軍に突き出せる気がする。それ位背中から哀愁が漂っていて、弱々しい。
 
 
「お頭、お頭。」
 
 
 呼び掛けと共にツンツンとコートを引っ張る。…うむ、返事が無い。凍死したかな?
 
 
「お頭、前失礼しますね。」
「…うお!?」
 

 ベッドから飛び出したネームは胡座をかくキッドの前に体育座りですっぽりと収まる。一緒に引っ張ってきた毛布はキッドを頭から覆うように被さった。これぞネームちゃん秘技!二人羽織りー!…息が苦しくなりそうなので、顔だけは外に出した。
 
 
「冬島遭難指南書に書いてました。こーゆー寒い時は、人肌が一番らしいですよ!」
「………確かに。暖けぇな。」
 
 
 いつものお頭なら、女がむやみやたらに引っ付くんじゃねェ!って怒るのに。よっぽど寒いのが嫌なのか。暖をとる事で頭がいっぱいな様だ。
 
 
「後は"おしくらまんじゅ"って儀式があるみたいです。複数の人間同士が中央に向かって走り身体をぶつけ合うらしいですよ。」
「…それって暖かいのか?」
「どーなんですかね?身体同士が擦れるから、摩擦や闘志とかで暖かくなる、とか?」
 
 
 話をしながら毛布の隙間が無いように手で押さえる。密閉されたせいか、背中に引っ付くキッドの身体があるおかげか、羽織っているふさふさのコートの防寒パワーのおかげか、とても暖かい。たまに触れるキッドの足はまだ冷たいようだが…まぁその内暖かくなるだろう。
 
 外は相変わらずの暴風雪で、ヒーターが止まった事によってより一層音が強くなった様に感じた。まだ吹雪は止みそうにない。
 
 
「ふふ。まるで本当に遭難した気分ですね。」
「…だな。しっかし人間引っ付くだけでこんな暖けェとは…。」
 
 
 見上げてみれば先程までキッドの眉間に皺が刻まれいたが、いつの間にか消えている。表情も少し綻んでいる。手足もだいぶ暖まってきた。人肌パワー素晴らしい。暫くキッドの顔を眺めていたらキッドもネームを見下ろしてきた。
 相変わらず外の音は煩い。荒波の揺れに風が加わり、壁が不規則に鈍い悲鳴を上げている。もし、本当にお頭と遭難したとしたらどうなるだろうか。火も消え、食糧も無い。あるのは一枚の毛布…。
 
 
「お頭、冬島で遭難しちゃダメですからね。」
「急に何なんだよ。」
「実際に遭難したらどーなのかなって脳内シミュレーションしてみたのですが、生き残れる気がしなくて。お頭の能力も冬島だと役に立たないですし。」
「"磁気魔人"なんて使った日にゃあ凍傷まっしぐらだろうからな。」
「冬の金属は恐ろしいですからね…。」
「それだと逆に"反発"が威力増すからおれの強さは変わらねェだろ。」
「冷たい金属を背中から入れるとか?」
「んなみみっちぃ闘い方誰がするか。」


 それもそうか。しかし、敵を倒すビジョンは浮かんだが遭難時に関してはやっぱり。生存率が低い気がする。
 
 
「…別に。今みたいに引っ付いて、話しでもしてりゃあキラー辺りが見付けてくれんだろ。」
「お頭のキラーさんに対するその絶対的自信は何処から来るんです?」
「キラーだからな。」
 
 
 理由になってない返事が返って来た。そんな事キラーさんが聞いても『そもそも遭難するような事をするな!』とのお怒りの言葉が贈られそうだが。
 
  
パチンッ
 
 
「あ、電気付いたみたいですね。そろそろ出ます?」
 
 
 目の前のヒーターにも暖かなオレンジ色が灯り出す。これにて冬島遭難者は無事、救助となった。めでたしめでたし。そう話が終わるかと思いきや、せっかく綻んだキッドの眉間に再び皺が刻まれる。
 
 
「…もう少し。遭難ごっこしよーぜ。」
 
 
 ちょっと子どもっぽい言い方をされてネームは笑う。どうやらお頭、この遊びが甚く気に入ったらしい。まぁ私も人肌恋しいと思っていた所だし、もう少しこの遊びに付き合ってもいいかな。
 
 

  

(…で、"ホーリーゴターツ"という怪物が次々と人を呑み込むらしいです。)
(でもそいつの身体、暖かいんだろ?一回堪能してからぶっ飛ばしゃあいい。)
(寒がりのお頭でも勝てますかね…。)
 
お頭が炬燵に取り込まれて負けるに一票。


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