小説
□〈月夜の罠〉
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日が落ちて部屋が薄暗くなってきた。
晴香は椅子から立ち上がりプレハブ部屋の電気をつけると、八雲の背後にあるこの部屋唯一の窓を開けて外を眺める。
日が暮れるのが早くなったなぁ と呟きながら空を仰ぎ見た晴香が歓声を上げる。
「うわあ…満月だぁ…。
八雲くん、見て見て!
今日、満月だよ!」
本に没頭している八雲は ふ〜ん… と生返事でかえす。
「ねぇねぇ、八雲くん!
月がキレイだよ!」
「別に興味はない」
「せっかくだから一緒に見ようよぉ。
ちょっとだけでいいから!
八雲くん、お願い!!」
読書に勤しむ八雲にずっと放っておかれたためか珍しく晴香がしつこく誘うので、八雲はあきらめて本を閉じる。
そして う〜ん… と唸りながら思い切り伸びをするとゆっくり立ち上がり、晴香の隣に立って窓枠に手をついて空を眺める。
すでに紺色に染まった東の空には、ぽっかりと浮かぶ真ん丸の月。
晴香が八雲を見上げてニッコリと笑う。
「ねっ!キレイでしょ?」
あまりに嬉しそうなその表情に思わず八雲の頬が緩む。
そして肯定の返事のかわりにそっと口付けた。
「ま、待って、八雲くん!
窓、開いてる!
見られちゃうよ!」
晴香は突然のキスに焦って八雲の胸を押し返そうとするが、八雲はその両手首を掴んでそれを阻止し、触れるだけのキスを繰り返す。
「ちょっ、ちょっと!
八雲くん、待って待って!」
後退りをはじめた晴香を、チュッチュッと唇を軽くついばみながら執拗に追いかける。
そしてこれ以上は下がれないという所まで追い込むと、晴香の唇をしっかりと塞いだ。
晴香は「んっー!んっー!」とくぐもった声で抗議する。
それにかまわず八雲が深い口づけへとシフトさせるとやがて晴香からの抗議は止み、かわりにお互いの吐息と水音が室内へと響き続けた。
十分にキスを堪能してから、ようやく晴香の唇と手首を解放する。
頬を上気させ はぁ…はぁ… と荒く息をしながら、晴香は上目遣いで八雲を睨む。
「も、もうっ!
八雲くんたらいきなりあんな激しいの…」
「まあ、そこはキミのせいなんだから仕方がない」
八雲は悪びれた風もなく、しれっと答える。
「私のせいってどうゆうこと?」
「キミが満月を見ろと言うからだ」
訳がわからないといった表情をしている晴香に、八雲がニヤリと妖しく笑いかける。
「満月の夜といえばオオカミ男が出現するものだろう?」
「なによそれー!
全然、私のせいじゃないじゃない!!」
と怒りの声を上げる晴香を、八雲は笑いながら強引に抱き寄せる。
怒り冷めやらずといった晴香は、膨れっ面をふんっ!と横に反らす。
八雲は目の前にさらされた晴香の形のよい耳に唇を寄せる。
「おとなしく僕に喰われておけ」
と囁くと、その細い首筋に甘く噛みついた…――――
《2012年8月》
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ウサ晴がオオカミ八雲に捕まっておいしく食べられるの図。