小説
□〈隠しごと〉
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「やあ!」とやって来た彼女は、僕を見るなり眉を潜めた。
「あー!八雲くん、またマスクしてる!やっぱり風邪ひいたんでしょう?」
「別に風邪なんかひいてない」
「そんなこと言って最近ずっとマスクしてるじゃない」
「防寒のためだ」
僕がそう言うと晴香がじっと睨んできた。
「ウソばっかり…。私、知ってるんだからね」
「何をだよ」
「たまに外で八雲くんを見かけるけど、そのときはマスクなんてしてないじゃない。
防寒目的なら外に出るときこそするものなのに」
「…余計なお世話だ」
「ホントは他に理由があるんでしょう?」
「うるさいな!」
僕のマスクの理由を聞き出すまで引き下がりそうもない晴香に内心焦る。
僕がマスクをする理由はもちろんある。
それは体調が悪いわけでも防寒のためでもない。
むしろマスクは煩わしいし耳の後ろは痛くなるしで、出来ればしたくないとさえ思っている。
それでも僕がマスクをする理由。
それはひとえに顔を見られたくないからだ。
主に彼女に…。
最近の僕は少しおかしい。
何かにつけて頬と口元の筋肉が緩んでしまって仕方がないのだ。
それは彼女が関わると特に酷くなる…ような気がしないでもない。
その原因に薄々は気付いているが、今はまだ深く考えたくない自分がいる。
はっきりと自覚してしまったら取り返しのつかないことになりそうだから。
そこで、その場凌ぎの苦肉の策としてマスクで顔を隠すことにした。
でもそんな理由を言える訳もなく僕が黙りこんでいると、何を勘違いしたのか目の前の晴香がしょんぼりとうつ向いている。
「八雲くんがマスクしてるのは、もしかして私のせい…?
私と顔を合わせたくないからじゃないの…?」
当たらずも遠からずの晴香の推察に、否定も肯定も出来ずに僕は頭を掻き回す。
「私また何かやらかしちゃった…?
何か悪いことしたなら謝るしこれからは気を付けるから…だから…キライにならないで…」
声を詰まらせた彼女に僕が思わず立ち上がると、晴香はビックリして見開いた目をこちらに向ける。
「ほ、本当は風邪なんだ!
キミにはうつしたくないからマスクをしてるんだ」
と、とっさに嘘をついた。
嘘のなかに『他の奴はどうでもいい』という本音を含んだ気がして、それを誤魔化すように僕はわざとらしく咳をする。
しかし晴香はそれどころではないとばかりに、ひたすら僕の体調を気にかける。
「えっ!やっぱり風邪だったの?大丈夫?いつから?喉が痛いの?」
「いや、大したことない」
「そんなこと言っていつも無理するくせに!
体調悪いときは意地張らないで甘えてよ。
なんならうちに泊まりに来てもらってもいいんだよ?」
言葉も声色も表情も仕草も、
彼女が僕を心底心配しているのがわかる。
お節介な彼女はきっと僕でなくてもこうして心配するのだろう。
そうわかっていても、胸がざわめきマスクの下に隠した筋肉がどうしても緩んでくる。
そんな僕に追い討ちのように、
「あれ?八雲くん、目元も耳も赤くなってるよ!熱が出てきたんじゃない?」
と晴香は身を乗り出して、額に温かな手で触れる。
もうマスクだけでは隠しきれていない自分があまりに恥ずかしくてすべてを隠したくて、僕は思わず頭を抱える。
そんな僕の様子に、
八雲くんツライの?頭いたい?薬ある?病院ついてこうか?と一人オロオロしている晴香がいたーーー
《2015年1月》
いろいろと駄々漏れな八雲くん☆☆
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