小説

□〈告白〉
1ページ/4ページ




『映画研究同好会』

そのプレートのかかるドアを開けると、目に飛び込んできたのは女性の背中だった。

晴香は、思わずドアノブを握りしめたまま硬直する。

ドアに背を向けていた女性が振り返った。

髪はサラサラのロングヘアー。
長身でスタイルもよく、まるでモデルのような人だ。


女性は晴香と目が合うと、にっこり微笑んでペコリとお辞儀をする。

晴香も慌てて頭を下げた。

女性は再び八雲へと向き直ると「明日、お返事いただけますか?」と尋ねる。

八雲が了承の意でうなずくと、「それではまた明日のこの時間に」と声をかけて、開けたままだったドアから晴香の脇を抜けて出ていった。

戸口で遠ざかる女性の後ろ姿をいつまでも見つめていると、「おい。寒い!」と不機嫌そうに声をかけられて、晴香は「ご、ごめん」と弾かれたようにドアを閉めた。

そしていつものパイプ椅子に腰を下ろす。


「今の人…誰?」

「誰だっていいだろ」

「返事って何?」

「………」

「もしかして八雲くん、告白されてたりして」


無言を決め込んだらしい八雲を、からかうつもりでそう言ってみた。


「そうだ…と言ったら?」

八雲の瞳がチラリと向けられる。


えっ!?
ホントに…?


予想外の八雲の答えに、指先が冷たくなってくる。
声が震えないように気をつけて話を続ける。


「…嘘…だよね?」


嘘だと言って!


「さあね。
もし本当だとしたらどうするんだ?」


すごくキレイな子だった…
あんな美人に告白されて、イヤな気持ちになる人いないよ!


「ど、どうするって…」


八雲くんを引き留めたいに決まってる!
…でも、付き合ってる訳じゃない私に、そんなことする資格があるわけない…


「そ、そうだ!
相談にのってあげてもいいよ!
ほら! 友達だしさ!」


空元気でわざと明るく振る舞う。


せめて八雲くんがどう思ったのか聞きたい!


「…――友達…ね…」


八雲は ぼそっ と呟くと、大きくため息を吐き出す。


「で、八雲くんはなんて返事するつもりなの?」


まさかOKしないよね?
いくら美人でも、初対面だし!


「…正直、迷ってる」

「それって…付き合うかもしれないってこと?」

「…まぁ…そんなとこかな」


ウソ! ウソ!!

ヤダ! ヤダよ!!

どうしよう…
どうしよう…
どうしよう…


無意識に首からかかる赤い石を握りしめる。
肌が粟立つほどの不安感が押し寄せる。
あまりのショックで頭がうまく回らない。

口を開けば「ダメ!」とか「イヤ!」とか言ってしまいそうで、晴香はそのまま押し黙ってしまった。

気まずい沈黙のままに時が過ぎる。


「あ、あの…八雲くん…」


意を決して声をかけると、ギロリと冷たい瞳でにらまれる。


どうして怒ってるの?
私が余計なこと聞いたから?
それとも、あの子のこと考えてたから邪魔するなってこと?


こぼれそうになる涙を堪えて、一番の気がかりを聞いてみる。


これだけは…
これだけは確認しておきたい。


「…私、これからもここに来ても…いいのかな…?」


お願い…
八雲くんが誰を好きになっても、
誰と付き合うことになっても、
私からそのことだけは取り上げないで!


「キミの好きにしたらいいだろう」

「明日も…?」

「どうぞご自由に」

「…うん…ありがと…」


あっ…もうダメだ…
泣いちゃいそう…


もうこれ以上ここにいるのが、八雲くんのそばにいるのが辛い。


「…私もう帰る…
また…明日来るね…」


来たばかりだというのに鞄を手に立ち上がる。
ドアを開ける前にそっと振り返ってみた。


もしかしたら引き留めてくれるんじゃないか…

泣きそうな私に気づいてくれるんじゃないか…


そんな淡い期待は裏切られた。

腕組みして憮然とした表情の八雲はこちらを見ようともしない。

下唇をキュッと噛み締めて、喉元に込み上げる嗚咽を飲み込む。


「それじゃ…また明日…ね…」


晴香は戸口でもう一度そう声をかけると、ドアを開けて足早に立ち去った。



,
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ