頂き物


□〈駆け引き〉
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ドサドサッと山積みにされた本を見て八雲は眉間に皺を寄せた。


「一体、何の真似だ。これは」


八雲は置かれた本のカバーを捲りながら持ちこんだ本人を睨んだ。


「図書館から借りた本なの、全部は持ち帰れないから隠れ家の隅にでも置かせてくれない?」


本を持ち込んだ当人の晴香は両手を顔の前で合わせて懇願した。

八雲の半眼は不機嫌そうだ。


「持ち帰れないなら借りなきゃいいだろう?」

「でも、誰かに借りられちゃったら課題が出来なくなっちゃうもの」


重たそうな厚さのハードカバー本はどれもとても古そうだ。
八雲は一冊手に取ると表紙の文字を目でなぞった。


「"kwaidan"?………ラフカディオ・ハーン、か」

「そ、小泉八雲の『怪談』。読んだことある?」


ラフカディオ・ハーン。
日本名は小泉八雲。1904年に「怪談」を刊行した小説家である。



「怪談が今回の課題なのか?」

「そうなの。実は教職課程で図書館学の授業があって、私たちの班は怪談の担当になっちゃったんだ」


どうせやるなら、小泉八雲かなって。と晴香は続けた。そして苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


「それに、‘八雲’繋がりだしね!」

「・・・・・・・」

「あれ?・・・・面白くない?」

「馬鹿か。君は」



八雲に特大の溜息を吐かれて、晴香は肩を落とした。


「とにかく、他に置いておく場所がないの。だから此処に置かせて?」


大学は殆どが公共スペースで出来ているため、自分の荷物を置いておける場所がない。
借りてきてしまった以上、持ち帰るか、ここに置かせてもらうかの二つしかないのだ。




「じゃあ、駆け引きだ」



八雲が本の表紙を開きながらにやりと笑った。
晴香はその笑いにギクリと腰を怯ませる。


「…か、駆け引き?」

「君が僕から逃げなかったら・・・持ち帰れない分はここに置いていけばいい」


八雲は立ち上がると、じりじりと晴香との距離を縮めていく。
晴香はピクリと身を硬くすると、八雲が近づく度に一歩一歩後ずさった。


「ど、どういう意味?」


隠れ家の扉まで追い詰められた晴香はそろそろと八雲を見上げた。




「君は‘怪談’を読んだんだろ?」

「う、ん・・・」

「なら、……復習だ」


八雲は両手をドアにつけて晴香へ詰め寄る。
そして目をギュッと瞑った晴香の耳をぺロリと舐めあげた。


「ひゃッ・ちょ!・・・や、くもく、ん」

「まずは『耳なし芳一のはなし』」


八雲は震える晴香の耳を執拗に舐めあげた。舌先で耳殻をなぞると、晴香がピクリと反応する。その反応に合わせて八雲は耳たぶを甘噛みした。たまに粘着質な音をわざと鳴らすと、晴香の身体が強張った。

その様子に八雲はニヤリと口角をあげる。


「ちょっと!八雲くんっ!」


羞恥に染まった顔を向けてきた晴香の頬に、八雲は今度は右手を滑らせた。



「次は……『雪女』」


八雲はその白い肌に唇を寄せる。
雪のように白い肌が見る見るうちに薄紅色に変わっていくのに満足感が走った。


「ん、あ・・・・八雲、くん・っ・・ちょ・・・」


白い肌を確かめるように八雲の右手は晴香のスカートから伸びる足を撫で上げた。そろりそろりと焦らされるような感覚に晴香の声が震える。困惑からか目じりに浮かんだ氷のような雫を舌先で掬ってやると、甘い息が漏れた。


「ぅん…」


八雲は今度は左手をそろりと晴香の首に宛がった。
熱を持った首筋に触れると、手が冷たかったのか晴香は小さく身じろぐ。


「・・・・『ろくろ首』」


八雲が再び笑った。
首に添えられた手は逃げようとする晴香を捕らえて離さない。
首筋に舌を這わせれば、また体がピクリと反応した。
リンパ線をなぞるように指を動かせばふるりと体が震えて、再び目がギュッと閉じられる。


それでも、八雲の愛撫は止まらない。


体が反応すればするほど、
八雲の唇が、指先が、舌が、手のひらが晴香を攻め立てる。

困惑しながら晴香が怖ず怖ずと抗議の声をあげた。



「こんなの…酷いよ…」

「なら逃げればいいだろ?」

「…………」


八雲が口角をあげて笑った。
視線が絡むと、晴香の目が力なく八雲をにらむ。



「君も案外、意地っ張りだな」



八雲がペろりと晴香の唇を舐めた。


「八雲君の、意地悪・・・・・」

「今更、だろ」



八雲は晴香の顎をとると、噛み付くように口付けた。



「だが、駆け引きは君の勝ちだ」




敗北感など微塵も感じさせない表情で八雲は笑った。

それは妖(あやかし)を思わせる妖艶な微笑であり、晴香は目の前の美しい獣から与えられる快楽にただ震え上がるしかなかった。







FIN
八雲一人勝ち
1904年4月2日「怪談」アメリカにて刊行
※黒八雲同盟一周年記念
会員様のみフリー


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