☆巡り逢う翼第1章☆
□第8話 遠ざかる夜明け・闇夜の来訪
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冴がじわじわと涙目になり始める中、何かを思い出したクレスが眠たげな声を上げる。
「つか、鋼鈴。オレを明日の閣議に出すんだろ?そろそろ眠らせろよ」
ふわぁっと欠伸を上げた彼は投げる様に冴をキラに渡して階段を降りて行った。
遠ざかる足音を背後に、なんとか涙の粒を落とさぬよう冴は堪える。
無理矢理押さえ込むせいか、つい反射的に啜り声を上げてしまう。
「何を泣く。さっさと入れ」
背をキラに向けていた冴だったが、却ってキラとしては泣き顔を見なくて済んだ。
一方背中をキラに押された冴は覚束ない足取りで部屋へと入る。
「姫君…」
今のところ淡泊な対応をしていたエイミーも、流石に泣き顔を見せられるのは堪える。
肩から降りふわりと冴の顔より下に移動し恐々と覗き込む。
「おいっ…」
ところが、突然キラは冴の左肩を掴み、翻させ自身の方へと顔を向かせた。
いきなりの事に思わず冴も驚愕した様子で顔を上げた。
だが彼女以上に驚いた表情をキラが見せる。
言葉を詰まらせたキラの視線の先には、顔を上げた拍子で遂に涙を一筋に零した冴しかいない。
両肩は啜り泣くリズムに合わせて、小刻みに揺らされている。
藍色の澄んだ瞳は若干充血していて、涙で潤んだまま。
止まらない水分は、跡を伝い更に頬を濡らしていく。
「あっ…っく…何よ……」
時折しゃくり上げて目を逸らし刺々しく返す。
今の行動に因り益々冴に、キラの思考を分からなくさせる。
とにかく、一刻も早く去って貰おうと更につっけんどんな対応を続けようとした。
だが――……。
次の瞬間には俯いていた冴の視界は大きく上へ動かされる。
視界に映るのは、階段の等間隔に設置された、足元を照らす為の蝋燭と薄暗い天井。
中途半端な隙間を残して閉められた、鋼鉄で造られし濃い灰色の扉。
躯は動きを縛られていて言うことを聞いてくれそうにない。
そして自身を、きつめに包み込むのはラークより高い身長を持つ、キラのすらっとした長い指と締まった両腕だった。
「……愛する者を無情にも、激動の時代に奪われた気持ちが…貴様に解るか?」
消え入りそうでも、深い憎しみが色濃く出た低い声。
それだけで冴には、キラから海の様に深く闇の様に暗く強い憎しみを感じる。
それが誰に対するものなのかは分からないが、素早く直感的にある事を気付く。
それは、キラが今この時も憎しみに支配されているという事。
すると、掛ける言葉が見付からない冴を、鼻先でふんと笑うキラの声が聞こえた。
「解る訳ねぇよな?何も知らねぇ世界でのうのうと生きたてめぇにはよ…」
諦めとも思えるキラの声色は余計冴の頭を混乱させる。
そのまま冴から体を離すと踵を返し、終始無言でキラは立ち去った。
鈍い音で閉ざされた扉は、物言わぬ形で新たな来訪者を迎え入れる。
先ずは気分転換に空気を入れ替えようと、冴はこの部屋唯一の窓へと向かう。
「姫君、お待ち下さい。窓を開けられる前に私の話をお聞き下さい」
そこへ唖然としていたエイミーが我に返り口を開く。
何事かと思う冴は袖口で落ち着いた涙を拭いながら振り返る。
「涙は落ち着いた様ですが…大丈夫ですか?」
先ずは同性ということもあり涙した冴を気遣う。
さりげない気遣いに冴も、柔らかい微笑みで応える。