☆巡り逢う翼第1章☆
□第11話 交錯する光と影
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寒空の雲一つない綺麗な晴天。
煌々とした太陽が、空の天辺から地上を照らしている。
この建物内や近辺にて、従事する者の子供達だろうか。
遠くから楽しげなはしゃぎ声が、微風に乗って運ばれてくる。
――PHASE11 交錯する光と影――
「……っ、は…!」
ラークが過ぎ去って暫くした頃、今まで封じられていた唇が漸く動いた。
呼吸を止められていた訳ではないのだが、何度も大きく冴は両肩を動かす。
「クスクス…やだ、勝手に窒息死されると、わたしが魔王様のお怒りを被るじゃない」
軽薄に嗤いながら抗議するカレンに、咳入る冴では反論の一つも言い返せない。
身も心も凍り付きそうな強い敵意と殺意は、いとも容易く冴の自由を奪い、見えない鎖できつく縛り上げた。
「それにしても…叫びの一つも上げてご覧なさいよ?わたしを白けさせないで頂戴」
中腰になっている冴に合わせてカレンが身を屈める。
それから滑る様に冴の左頬に触れてから、静かに爪を立てて下へと流れる。
刃物で皮膚が裂かれた時に近い、若しくはそれより痛みの少ない――ぴりぴりとした痛覚。
反射的に冴の愛嬌ある顔が歪む。
それを見たカレンが対照的な微笑を浮かべる。
左頬にはそれぞれ長さの異なる、4本の紅く滲む細い曲線が描かれた。
「忘れないで。人間の分際であの子を誑かした貴女を、わたしは絶対に許さない」
"魔王様のお許しと機会があればいつでも貴女を殺す"
ソプラノ調で澄み切った声のトーンが落とされる。
すっと細められた、猫の目の形にも似た綺麗な輪郭の、黄金の色をした瞳。
台詞終盤には、薄紅色の唇が小さな嗤い声を零す。
呼吸が落ち着いても尚、冴は緊張感から息を呑み身体を動かせない。
鬼女の如きカレンは立ち上がると、無言で扉を開けて去って行った。
「クラット様。恐れ入りますが、私はお先に失礼させて頂きますわ」
品の良い話し方で巧笑を浮かべる。
突然姿を現したカレンに驚く素振りもなく、視線を交わしていたエイミーから外れて、クラットはカレンへ掴み所のない微笑で返す。
「おや、どうしたんだい?」
穏やかなクラットの問い掛けに、変わらずの口調でカレンが答える。
「締め切った部屋で、人間と共に居すぎた余り…今にも息が詰まりそうですの」
丁寧な言葉遣いと笑顔だが、嫌悪と憎悪と悪意に満ち満ちた言葉。
居合わせたエイミーにもそれだけで充分、カレンが冴に負の感情を抱いているのがよく解った。
外は鐘の音も静まり、室内には静寂だけが包み込む。
厳しい顔付きで見詰めるエイミーをカレンは意に介さずに踵を返す。
肩を竦めて暫くした頃、何かを言う事もなく続けてクラットもその場から去る。
「瀧本様っ……!!」
重々しい扉が閉められ、監視する者がいなくなった所で、慌ててエイミーが冴の許へと駆け寄る。
寝室に続く扉を開けば、入口近くでへたり込む冴がいた。
胸の下辺りまで垂らす栗色のふわりと、でもさらさらともした髪が冴の硬直した表情を隠す。
「あっ…エイミー、さん……?」
呆然としていたのか、冴がエイミーの存在に気が付くのに、幾らかの時間差が生じた。
生気の感じられない反応は、エイミーに嫌な予感を過ぎらせる。
姿を大きくしたその体で、冴の両肩を優しく掴む。
「はいっ、エイミーにございます。お怪我はございませんか?」
エイミーに支えられて、ゆっくりベッドへ進み腰を降ろす。
不安気に覗き込むエイミーを心配させまいと、冴は弱々しくも今出来る精一杯の笑みを向けた。
カレンの常人では到底計り知れない悪意は、冴に戸惑いと恐怖心を与えていた。