☆巡り逢う翼第1章☆

□第15話 魔ならざる鬼
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「こんな世界、消えてなくなればいい…」


「俺がその体現者となってやる……!!」














哀しみに限らず感情とは、異常な高ぶりを起こすと、偶に人格の破綻を生じさせてしまう。


強烈な衝撃の哀しみはその者の、人生も価値観も願いも…何もかもを絶望の淵に突き落としたりする。


生きる拠り所なくば、生者とはなんたる脆弱な事この上ないものか……。


始めから選択肢のない現実は、純心な願いを抱く者を生き地獄へ突き落とした。


まるで運命の歯車が分解され、間違った形で組み直され狂ってしまった様である。


それは破滅を呼び寄せる歪みを生み出した。


喜怒哀楽と魂を、復讐に売り渡し鬼に成り果てた者。


自ら生み出した人格に、負の思い出を押し付けて目を背けてしまう者。


どちらが各々の為であるのか、どちらが正しい行動だったのか…誰にも分からない。

言えることは唯一つ……――どちらも、幸せに直結してはくれなかった。






――PHASE15 魔ならざる鬼――















空に小雪がちらついていた頃、鬱蒼とした森の中ぽつんと不気味に佇む小さな屋敷。

その中の最も奥まった所にある寝室から、重くも乾いた火薬の音が谺―こだま―する。

だが室外も含め屋敷周辺には誰もいない。

硝煙が銃口から天井を燻―くゆ―らす。

クラットが息を呑んでいるのに対して、クレスは誰に向けるでもなく、微かに含み笑いをしていた。

「キ…キラ……?」

漸く橙髪の兄が紡げたのは真意を問う音で弟の名前を呼ぶだけ。

そこへ静黙していたクレスが満足気に問い掛ける。

「鋼鈴。それがオレに対する答えか?」

「ああ」

読みかけの書物を仕舞い、心底楽しそうに目笑してみせる。

短い返答を寄越した王は銃の安全装置を確認すると、腰に巻いたバンドに仕舞い込む。

彼等の心情を掴めないクラットだけが困惑した様子でいた。

説明を求める彼の視線に無属性の騎士が答える。

「オレと弟の契約は、魂の有り様を曝け出すこと…弟の人生を以て、な……」

不敵に微笑む騎士に、名高き橙天も思わず背筋をゾッとさせる。

「だからオレの前で偽りの選択をした時…オレは契約不履行と見做し弟は……死ぬ」

クレスが妖しく微笑するものだからキラは短い嘆息を吐く。

一方のクラットは、いつ斯様な契約を交わしたのか…実弟に詰問をぶつける。

「お前…いつそんな契約交わした?なぜ?」

「……シエルが、兄貴の束ねてた組織に潜入した頃」

しばし思考して淡々と答えるが、理由に関してはどこか躊躇いと苦悶が窺える。

先より更なる沈黙の後にゆっくりと口を開かせた。

「俺は、シエルを護れる力がありゃぁ…対価が魂だろうとなんだろうと…よかった」

「だけどそれは…!度が過ぎりゃぁ、遥か昔"銀髪碧眼の殺戮者"が、肉体を対価に禁術に手を出したのと大差ねぇぞっ!?」

余程心配しているのだろう。

兄が眉根を寄せれば、斜めに刻み込まれた傷痕がより目立つ。

「あんな黒歴史に名を残した魔女と違って、俺だってそこら辺は弁えていたさ!」

「ハイハイ、兄弟喧嘩は後回し。今はあのカカシをどうにかしよーぜ?」

口論が白熱しそうになった所で、クレスが手を二度ばかし叩いて鳴らす。

切り替えを促す忠告に、兄弟の視線は一人立ち尽くしている"彼"に向けられる。

俯き表情の窺えない彼の頬には、横に一筋の紅い線が描かれていた。
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