☆巡り逢う翼第1章☆

□第5話 蝕みし過去
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振り返るとそこには、青いチェックのシャツにグレーのデニムパンツ、ネイビーのスニーカーを履く男がいた。

ワックスで所々つんと立てた黒い短髪の私服姿の男は、先程少女達が言っていた特徴とほぼ合致している。

つまり、今目の前にいる男こそ時の彼。

確信を得たい彼女は試す様に、男を知らない人として対応する。

「…何か?」

男は驚きからか一瞬キョトンとし、しっかり組んでいた腕を緩めた。

だが直ぐに自分が試されている事に気付き、不敵な笑みを妖しく浮かべていく。

美しくも妖しさを覗かせる男の艶笑は、みるみるうちに冴の心を奪う。

「……確かこの学校に瀧本冴っていう、1年の女がいると思うんだが…知らねぇか?」

互いの存在を知っている二人の間に、カラッとした夏の北風がふわりと舞う。

風は流れに従い冴のスカートを、小さく遊ぶ様に踊らせる。

男は風の悪戯に一瞬慌てそうになり、心をドキリとさせた。

そんな事もものともせず冴は変わらず試し続ける。

「彼女に何か、ご用ですか?」

あたかも他人であるかの様な、素知らぬふりで冴は微笑む。

彼女の言葉に男は我に返り、再び不敵な笑みを見せる。

そして彼もいつまでもこの状況を、楽しむつもりは流石に無い。

本来、彼は自分が誰かに試されるという事を、嫌う性格なのだから。

ここで男は少し攻めの姿勢にシフトした。

「…ここで質問しているのはこの俺だ。だから答えるのも俺じゃねぇ」

質問に質問で返した冴の質問を一刀両断してしまう。

あくまで、会話の主導権は自身にあるのだと示して譲らない。

「……」

人気のすっかり失せた緩やかな坂道は、徐々に落ちる日に因り夕紅で彩りだす。

一方、質問にも答えず沈黙のままにいる冴。

若干ぴりぴりとした雰囲気とは対照的に、表情は些か穏やかで"こんな感じも悪くない"といった感じだ。

てっきり不満気に来ると思っていた男は、良い意味での予想の裏切りに益々楽しげになる。

「…瀧本冴って子は今……」

ボソッと彼女が薄く柔らかい唇を動かす。

ただ、恥ずかしげにしつつもどこか切なげに俯く目つきは、男に彼女の表情を伺う事を許そうとしない。

片眉を上げて怪訝な表情で男は見下ろす。

「……貴方は彼女に何を望むの?」

男基"彼"はこれでもかという程、目を丸くも無言で驚く。

とはいえ、無理もない。

他人のふりだからこそ聞けたのかもしれないが、冴がこうして"彼"の真意を問い質すのは初めてだった。

もしかしたら、キラの件に因る不安感と恐怖感が、自然と救いの手を求めているのかもしれない。

覚えも無いのに感覚的記憶はしっかりと、この身と魂の奥深くに刻まれている。

「この俺が彼奴に望む事はただ一つ……」

男は周囲に人気も何も無い事を確認してから、静かにそっと左手を顔半分に翳す。

暫くして周りの木々は恐れる様にざわめき、ふわりとした風が優しく舞い上がる。

しかし次の瞬間、威圧感と共に冷たく刺々しい風が冴の後ろを突き抜けた。

この時彼女は、直感的に殺意が潜んでいる事に気付く。

誰かに向けられている訳ではなく、彼の存在そのものと共存する殺意。

彼女は人間と悪魔の、新たな違いを見付けた気がした。

―殺意との共存―


訳ありの人生…少なくとも特に問題の無い人生ならば、殺意と共存する人間はまずいないであろう。

冴が腕で顔を風から守る中、腕の隙間から徐々に男の変化する姿が現れる。

今では見慣れたその姿に"やっぱね…"、と少し嬉しそうに微笑んだ。

「…俺の隣には必ずお前がいる……そんな同じ道を歩む未来を、俺はお前に望む…」

真っ直ぐ、逸らす事を許さぬ直向きな瞳。

これもまた、魅せる瞳と言えるだろう。

彼に会うまであれほど抱いていた不安は、この双眸に見詰められた途端消え失せていた。

温かく迎える様に向けられた手にも、冴は自然と手を伸ばす。

自分に触れ、握り締めるその手は優しさと愛しさに満ち溢れ、温もりに包まれていた。

「なんか、結局貴方に一杯食わされた感じね」

「フッ…端から会話の主導権は俺なんだ。当然の結果だっつーの」

手を繋ぎ並んで歩く"彼"に、冴はふと視線を遣る。

すると彼はいつの間にか、先程見た筈の姿ではなく、あの男の姿に戻っていた。

突然の事で冴も驚き足が止まる。

一方彼は"あぁ"と呟いて、頭を掻きながら苦笑いを示す。

「さっきのは一時的に解いただけだ。人間じゃなきゃ、周りに俺達が会話してる様には見えねぇだろ?」

「ウフフ、いつも気遣いありがとうね…ラーク」

突如ラークの手を引っ張る冴に彼は驚くが、微笑んでから直ぐ追い掛ける様に地を蹴った。

第5話  fin.


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