☆巡り逢う翼第1章☆

□第19.5話 perplexity
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「本当にありがとうございました。何とお礼を言えば良いのか…」

身支度を整えると海穂は深々と頭を下げる。

「ええて、大したことあらへんよ。どこでも困った時はお互い様やし」

玄関にて向かい合い、龍聖から手を差し出して握手を求める。

最初こそ驚いた海穂だが、強気な笑みを浮かべた後応じた。

それから駅までの大まかな道順を教えて貰う。

外へ出てエレベーターを使い、ロビーを通じてマンションを出て駅へ向かおうとする。

ところが見慣れた住宅街に思わず唖然としてしまう。

「ここ…めっちゃ近くじゃん」

道路に出てみればそこは、徒歩数分で自宅に到着してしまう距離の場所だった。

冗談混じりに話していた事が現実になっている事には驚かざるを得ない。

照りつける真夏の太陽が海穂の頭の天辺を暑苦しくさせる。

とはいえ朝なのが幸いしてかまだ耐えられる範囲だ。

これが午後ならばじりじりとした炎天下は、病み上がりには毒以外の何物でもない。

もしかするとそういった事を彼も慮ってくれたのか――?

初対面の男が考えている事等、読める訳もないのだがふとそんな考えが過ぎる。

予測した通りの時間を要せば早々に自宅に辿り着く。

鍵を開け靴を脱いでリビングルームに向かうと、これも思っていた通りの物が目についた。

テーブルに置かれた1枚のメモ。

そこには走り書きで記された言伝があった。

『海穂へ

昨夜は帰ってないみたいだけれど大丈夫?
お家で1人は寂しいとは思うけど、メールでも良いから連絡はしてね。親は心配します。

まだ研究が詰まっていて中々帰れなくて悪いけれど体調には気をつけてね。

ママより』


「……最後に母さん達と顔会わせたの…いつだったっけ」

空虚な瞳でメモを見詰めてはぼんやりと呟く。

くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。

それから直ぐに自室へ戻り、着替えを済ませると家事を始めた。


その頃休日をむかえた天宮夫妻は居間にてお茶を飲んでいた。

「あの子達が魔界に行ってもう3日…大丈夫かしら……」

一向に戻る気配もみられず連絡の一つもない現状は母の不安を煽る。

指を組んだ彼女の手を夫が優しく包み込む。

「大人は子を信じて待とう。それに二人には、頼もしいナイト達がいるじゃないか」

穏やかに微笑んで励ます彼を妻たる柚希は涙目で見詰める。

夫たる瑛志とて心配であり、為す術を知らない自分にもどかしさがあるだろう。

それでも無事だと言い聞かせ、落ち着きを忘れないよう努めている筈なのだ。

「そうよね…私達がしっかりしなくちゃ、子供達が戻った時不安よね。ありがとう」

「奥様」

左右で紺碧の柔らかい髪を、団子に結ったエイミーが入室してきて柚希を呼ぶ。

だがつぶらな濃橙の瞳がやや青ざめた顔色と釣り合わない。

「エイミーさん!どうしたの!?」

余程前より悪くして耐えていたのか、とうとうその場に崩れ落ちてしまう。

手にしていた数枚の書類は扇状に散らばっていった。

「あなた、ヴィルヘルムさんが2階にいる筈だから、急いで呼んで来て…!!」

切迫感漂わせて戸惑う夫を急かす。

「エイミーさん、しっかり…!」

「申し訳…ありません……大丈夫です。少し、休めば……」

全身小刻みに震わせてつらそうに表情を歪める。

息も上がっており、発っした台詞以上に辛いのは火を見るよりも明らかだ。

「兄に…言伝を……願えます、か…?」

よろめきながらも、柚希の手を借りて椅子に座り背を凭れ掛かる。

時が経てば経つ程顔色が青ざめていく。

不安気に見遣る柚希の沈黙を、承諾と受け取り微笑み掛けた。

「マスターの影…目覚め……我々、の…繋がりを、阻んで――……」

絞り出す様にして必死に伝えようとするが、半ばでエイミーは意識を手放してしまう。

「エイミーさんっ!!」

「エイミー…!」

事を聞いたヴィルヘルムが駆け降りてくるが、直後に白煙を纏ってエイミーの姿が消えた。

戸惑いと恐怖を入り混ぜた夫妻の視線に、空となった椅子を見下ろしながら答える。

その表情はいつもの無表情よりやや険しい。

「我が妹は昔から主との繋がりに敏感でして、何かあれば私より影響を受けるのです」

彼の言葉に呆然としていた柚希がハッとして俯きかけた顔を上げる。

「ヴィルヘルムさん!エイミーさんから伝言を預かってるの」

余程大切なのだと受け取れた伝言をありのまま伝える。

聞き終えたヴィルヘルムは少しだけ目を丸くして息を呑む。

「…申し訳ありません。少々、お時間を下さい」

そう 言うや否や書類を拾い部屋に戻った。
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