★第壱章 番外編&短編集★

□こんなはずじゃ……
2ページ/6ページ

革靴特有の金属的な音が、規則的に大理石の廊下を進み続ける。

行く先々では進む"その人"へ、擦れ違い様畏怖を込めて敬礼を向けていく。

彼等のその視線といえば、それは手に負えない野良犬へのものとよく似ている。

しかし、そんな視線も"その人"は全く気にする気配はない。

ここで目的の地へと着いたのか、一つのシックな扉の前で足音は止んだ。

ノックがされると、扉向こうの主が姿を現す。

「……ミツキ様、無防備に出ないで下さいと、昨日も言ったはずです」

"ミツキ様"と呼ばれた寝間着姿の少女は、眠気を残しながら返答する。

「朝一にノックするのは、どうせデーモンしかいないだろ?」

「そうですが…危険です」

デーモンは軽い溜息をすると、部屋に入り手持ちのファイルを広げた。

黒く厚めのボードを表紙にしたファイルは、その中身の機密さを示している。

「本日公務はありません。あぁ、但し…街に御出掛けにはならないで下さいね?」

軍服に着替えたミツキは、素っ頓狂な声で質問した。

釘を刺したつもりが、心当たりの無い問いだったらしい。

「何故だ?」

「なんでって……ミツキ様は私に休むなと仰るんですか?」

デーモンは自身の主に、堂々と嫌味を放つ。

彼女も彼の言葉で、漸く意図が掴めた模様だ。

「え…!?あ、いや…そうか」

「一人で勝手に納得なさらないで下さい」

始めはただ驚き、次に納得する様に考え込むミツキ。

ここでデーモンは本日2度目の溜息を吐く。

「…では、私は失礼致します」

カチャリと音を立て、扉は閉まる。

彼の一人称が"俺"ではなく"私"の時は、最も淡々としていて事務的な時。

不満そうに、でもどこか切なげにミツキは閉められた扉を見詰めた。

デーモンが退室してから大して時が経たない頃、再びノック音が部屋に入る。

「おはようございます、陛下。サディーです」

若さとも幼さともとれる雰囲気を含ませた、中性的な声が部屋中によく通る。

デーモンも同じく、ミツキもサディーという彼をよく知っている。

どういう人物であるかも。

彼が近くにいたが故に、デーモンは淡々としていたのだった。








その頃デーモンは自室に辿り着くと、無造作に服と手にしていた物をソファーへと投げ捨て、インナーのみでシャワールームに向かった。

シャワーのコックを捻ると、少しぬるめのお湯が出て来る。

それを敢えてやや高めの水温に調節する。

腰を降ろし片膝を立てながら、デーモンはお湯を浴び続けた。

瞼を降ろし、心の詰まりを流すかの様に呆然と頭からお湯を被っていく。

暫くして降りしきるお湯で、額や頬に引っ付かれた髪を掻き上げ瞼を上げる。

素早く体を洗うと脱衣所で水気を取り、バスロープに着替えタオルで濡れた髪の毛を乱雑に拭き取った。

バスローブ姿のままベッドへ突っ伏す。

日頃の疲れが相当残っているのか、ベッドの柔らかい心地良さに負け、デーモンの瞳が次第に虚ろになっていく。

「姉さん……お会いしたいです…」

デーモンは寂寥感からか細く呟くと、あっという間に深い眠りへ誘われた。













深い眠りは、デーモンを懐かしくも苦々しい記憶へと導く。





























「父上!ボクに弟って本当!?」

嬉しそうな顔で愛らしい少女がはしゃぎ聞く。

「あぁ。この子が今日から弟の、デーモンだ」

少女より名を言われた小柄な少年は、父親の後ろに慌てて隠れてしまう。

人見知りなのか他人に慣れていないのか、父親の脚にしがみつき傍から離れようとしない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ