うたかたの幸いをこの手に

□守りたくて
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季節は過ぎて冬の足音が聞こえた。日に日に空気は鋭く冷たいものに変わっていき、吐く息も朝方は白い。
紅葉の葉が朱く色づき始め、林ではどんぐりが落ちた。

「あ、あのさ彰奈」
帰り道、隣を歩く彼女に声をかけた。彼女は制服の上から上着を着ていて、ほっこりと暖かく包まれていた。
そんな彰奈はくるりとこちらを向き、じっと俺の目を見て続きを待っている。

「今週の週末って空いてる?」
彼女は頷き、特に何もないと答えた。とりあえず良かった。空いてはいるんだな。
空いていないほうがある意味ホッとしたはずだが、空いているほうがいい。
俺は、思い切って口を開いた。

「その、い、い、一緒に旅行…しない?」
言ってしまった。……、というかいきなりの誘いが旅行っておかしいよな。ハードル高いって! 
そう自分にツッコみつつ隣の彼女の顔を見た。

「ええ、行きましょう。どこに行こうかしら? 楽しみね」
「い、いいの?」
「もちろんよ」

嬉しそうに答える彼女は少し恥らったように頬を染め、微笑みかけた。
一緒に旅行に行くこと自体は嫌ではなさそうだ。

「友達が旅館に泊まれる券をくれたんだ。山奥だけど、静かでいいところなんだって」
「素敵!」
「温泉がすごくいいところで…」
 そういった途端彼女は嬉しそうに目を輝かせた。
「え? 温泉!? ああもう、最高だわ」

やっぱ、俺たちは枯れたシュミをしてるんだろうか。温泉がこんなにも楽しみだなんて。
温泉と言った瞬間からテンションはうなぎ上りだ。こんなに嬉しそうにするなんて思ってもみなかった。
その笑みにつられて自分まで笑顔になってしまう。

学校以外で彼女と会うことはそれなりにあったのだけど、図書館で勉強するとか少し近くを出かけるというくらいだった。
だから、俺としては今回の旅行は少し緊張する。今更だけど、うまく話せるかな、とか思ってしまうのだ。
でも、彰奈はそんな俺の不安をよそに無邪気に笑う。

彰奈の話に相槌を打っていて、ふと気づくと、いつの間にか分かれ道になっていた。
待ち合わせの時間などはまた明日話そう、そう言って彼女に別れを告げた。





ことの起こりは昨日、篤史の家に行ったことだった。
怪我の具合を彼がしつこく心配するので、少し診てもらうことになったのだ。
案の定手当が雑だとか、包帯の巻き方がぐちゃぐちゃだとか散々なことを言われようだった。
俺だって一応ちゃんとやってるのに。そういう小言が嫌で彼を避けようとしていたのもあった。

「うん、傷はもう確かに塞がってる。だけどまだ治ったわけじゃない。動かすと痛いだろう?」
「痛っ……、分かってて叩くな!」

表はもういいものの、中がまだ完治していないらしい。
雨の日は特に背中が引き攣るように、あるいはじくじくと痛んだ。

神将達にはこんな傷を見せたくなくて、できるだけ誰もいない時に一人で手当てをしていた。
気まずかったんだ。それに申し訳なかった。
勝手なことをして、悲しい思いをさせてしまったんだ。
俺はまた、世話を焼きたがりな彼らを遠ざけて、できるだけ一人でいるようになってしまった。

「考えすぎなんだよ。
考えたって何が変わるわけでもないんだし、煮詰まりすぎるのもよくない。
一度離れてみるのもありだと思うけどな」

 篤史はそういってペラりと紙を見せた。

「なにそれ?」

それは隣の県の温泉旅館のものだった。二人分がタダで泊まれるという旨が書いてある。
彼は得意げに、以前そこで仕事を引き受けて、そのお礼にもらったのだと言った。
けれど、よく見ると有効期限が迫っている。来週の土日まで……。

「って、これ急じゃないか! 
それに泊まりの旅行なんて簡単に許可してもらえないし、だいたい誰と行くの? 篤史と?」

「いや、俺は部活があるし、例のあの子と行けばいいんじゃん?」

 てっきり、篤史か浩人と行くと思っていた。急に出てきたけれど、あの子って誰だろう。

「んー、じゃあ兄さんに一緒に行ってもらえないか聞いてみる。
それなら外泊も許してもらえそうだし。…でもやっぱさ、せっかくもらったのに俺なんかが行くのは申し訳ないよ。篤史のなのに」
「いいよ、俺は。とにかく考えを家から離れさせろって」
 
しばらくうーんと悩んでいた。
他に一緒に行く人なんていないと思う。
学校でもそんなに仲良くしてる友達がいるわけでもないし、彰奈は女の子だし……。

「あーも、だから彼女と行けばって言ってんじゃん。
言わせんなよな。いっつも一緒にいるくせに、何で今さら名前があがらないんだか」
「だって、そんな……俺たち中学生だし……。よくないんじゃ」

篤史は呆れた顔をして、俺の言葉を鼻で笑った。
「中学生だから、そういうお泊りは不純だと…、そういうこと?」
「そうそう」

彼は俺の肩に手を置いてにやりと言う。
俺と彰奈が周りからどう思われてんのか知ってるか、と。俺はもちろん知らないと首を振った。

「やれやれ、微笑ましい老夫婦みたいだってさ」

「な、な、な!」
なにそれ!? 俺たちなりにドキドキしたりしてるのに爺婆扱い。
しかも、彰奈との仲がそこまで知られてしまっているなんて! 
驚きすぎてうまく言葉にならず、唖然とした。

「ビックリしすぎ。まぁ面白い反応が見れて楽しかったけど。
そんなわけで……ちょっとドキドキしてみない?」
「みない…」
 みないよ、そんなの。

「誘う勇気ないんだけじゃ」
と篤史は言う。
だって二人で旅行なんて、しかも急だし、きっと迷惑に思われるだろう。

「残念だな、ここの湯は妖の傷に効くって評判なのに。
さまざまな要因が重なって生まれたかなり珍しい湯で奇跡の名湯! と…」

温泉、しかも名湯……そんな言葉に心惹かれるなんて自分は年寄りか。
こんなんじゃ、またもっくんに爺臭いって言われるよ……。

「源泉かけな…「行く!」」
「おっけー、じゃあ電話しとくね」
 の、乗せられた。分かってたのに、口が勝手に……。





そんなわけで、今日は旅行の朝だ。

外泊は案外すんなりと許可してもらえた。
もっと何か言われるかと構えていただけに拍子抜けだった。
ただ、出発前にじい様の部屋に寄ってくということが条件だった。
怪しさ満点だが、これを避けることはできなさそうない。仕方なく俺は詰めた旅行鞄を持ってじい様の部屋を訪れた。

「昌が旅行とは珍しいのぅ。それも誰と行くかと思えば、彰子様の生まれ変わりだとか。昌もやるときはやるのじゃな」
「なんで、彰奈と行くことまで知ってるんです」
「ひ・み・つ、じゃ。何事も秘め事があったほうが面白いとは思わんか?」

じい様の場合ほぼ秘め事だらけのような気がする。頬が引き攣るのを我慢して、笑顔を繕った。

「ええそうですね。面白いでしょう。人のことに趣味の悪い探りを入れるのも」

まぁそう怒るなと老人はほけほけと笑い、俺を手招きした。いぶかしく思いながらも近づいた。

「なんですか?」
「おお、そこでよい、そこでよい」

ニヤニヤした顔が揺ら揺らと歪む。
「じ、じい様!?」
しまったと思った時にはもう遅く、俺の周りには陣が敷かれてあった。
陣はぽぅっと光を放ち、その光は俺をすっぽりと覆う。
衝撃に備えて目を閉じていたけれど、危害が加えられるというわけではないようだ。
しばらくして目を開けるといつもよりも自分の視線が高くなっていた。
一体なんだったんだ? そう思いながら下を見下ろすと、見慣れないものが視界を塞ぐ。

「はぁ?」
 思わず、そんな素っ頓狂な声をあげてしまった。いやしかし、はぁ? では済まない光景がそこにはあった。

「じい様。何しでかしてくれたんです!!!!」

「うむ、やはり中学生の男女二人で旅行に行くのはいろいろと問題だろうと聞いてな、
確かに保護者なしというのは十四歳にしては早すぎるようだし。
せっかくなら保護者のお姉さんということにすれば、一件落着であろうと。
これでもお兄さんだったら軽くロリコン扱いされそうだと気を使ってやったのじゃ。
ちなみに、旅行から帰るまでこの術は解けぬようにしてある。
うっかり解けてしまう心配はないぞい」
 
なにが一件落着、なにが心配ない?????

「この爺ぃいい!」
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