過去の拍手置き場

□夏祭り
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 「待った?」
 薄明るい赤紫の夕暮れが、待ち合わせていたその人物をぼんやりと照らした。

 「ううん、来たところよ」
 彰奈はそう言って浴衣の襟を正した。
薄いピンク地に艶やかな花が描かれたかわいらしい浴衣だった。
「ちょっと派手すぎないかしら?」そう彼女が心配そうに聞くので、
俺は似合っていると微笑み返し、その手を取って先へと歩いた。

 今日は町内の夏祭りがある。そのことを知った彰奈が一緒に行こうと持ちかけたのだ。
町内とはいえそれなりの規模があり、たいていの出店は揃っていて、にぎやかな祭りのようだ。
お盆なんだな、と改めて思う。みんな故郷に戻る。
死んでしまった人の想いもまた故郷に帰り、懐かしい景色に溶けていくのだろう。
 ぼんやりしていると流されてしまうほどの人と人でないものの多さで、息苦しくなるくらい密度を感じた。
俺にはもう出店も埋まって見えるくらいごちゃごちゃしていた。
不意に彼女がつないだ手をぐっと引き返したとき、現実にも引き戻された気がした。

「ね、見てみて綿菓子」

 彰奈は混乱極まりない道を縫ってその店に近づき、一つ買った。
そして人気の少ない神社の境内まで俺の手を引いた。
祭りから一歩遠のいただけなのに、そこはしんとしていて、二人でヒンヤリとした石の階段に腰を下ろした。
彼女はおいしそうに頬張り、一塊千切って俺にも渡した。ふわりと口に入れると甘さがふんわりと広がって、優しい味がした。
いつの間にか人の往来に酔ってしまったようだったけれど、その甘さに緊張が解れたような気がする。

「ちょっと人に酔ったみたいだ」

 彰奈に肩を預けて言った。
小さな声でそうだろうと思った、と彼女は呟いた。
彰奈は綿菓子を口に入れ、祭りを見ていた。
歩きまわっているときは意識しなかったけど、いつもまっすぐに下ろされた黒髪は涼しげに結われていた。
露わになったうなじを見ているとなんだか心臓がドキドキして、見てはいけないものを見てしまったような気がした。
別に恥ずかしいものというわけではない。なのに、普段見えないものが見えると意識してしまうのかもしれない。

 まだ薄明るかった空が紺色に覆われたのを見て、そろそろ行こうかと俺は彰奈に言い、またにぎやかな場所へと入って行った。
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